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ヒト斬り侍の"怪"護譚  作者: 琴璃ぴぃ
ヒト斬りに御用心
3/7

ヒト斬りに御用心 弐

 気付けば歩き始めて三時間ほどが経過していた。


 俺の横で荷車を引いている意朴という鹿の姿の怪人(もののけ)を、ここから三つ山を越えた先にあるコグレという町まで護送するという仕事を俺は行っているはずだが、この三時間の間に俺がこの怪人を護る、いやそもそも俺たちの歩行の速度が変わるような些細な出来事すら何一つ起こらなかった。


 ただ三時間ずっとこの世界の近頃の世間話をしていただけだ。

 まぁ俺はつい昨日まで俗世間から離れた浮世寺で過ごしていたから、この怪人の言っていることが八割分からなかったが。


 そんなごく普通の日常、散歩のような感じさえしたこの護送中のこのタイミングでなぜ俺はこの状況を整理し始めたのか、それはこの直後にこの状況が一変すると確信していたからである。


 

「おい怪人、止まれ。近くに何かがいる」


 俺が直前までとは打って変わって冷静な、殺気さえ感じさせる声を怪人に掛けると、すぐに怪人は足を止め自分の身を護るためにわずかに俺の方へと体を動かした。


 俺もこの怪人を護るため、向かってくる敵に迎撃するために腰についた紫色の鞘に手を掛けると、辺りに吹いていた微小な風が止み、静寂が訪れた。


――何かが……来るッ!


 俺の左で隠れるように身を小さく屈めている怪人の位置とは正反対、右側の茂みから姿を現した存在に対して俺は刀を抜き……かけた。


「こいつは……猪? いや、それにしては小さい……」


「うり坊だ!」


 俺の後ろに隠れていた怪人が安堵と驚きの混じった声で叫んだ。


「うり坊……子猪か。紛らわしいな」

 

「うり坊はこっちに危害を加えてきませんからね。可愛いなぁ……」


 安堵し、完全に危機が去ったと感じた怪人が俺の後ろから出てきて、目の前で俺たちを不思議そうに見つめるうり坊へと手を伸ばそうとしたその時。


「っ危ないっ!」


 咄嗟に俺は叫びながら怪人を両手で抱き寄せるように掴みながら倒れた。


「他にいたのか……怪我はないか?」


「あぁ私は大丈夫です……それよりもうり坊は、あ……」

 

 怪人と同時に頭を起こしてうり坊の方を見ると、クナイのようなものが突き刺さった状態で横たわっていた。


「うり坊……!」


 横たわっているうり坊の安否を確認するために体を起こそうとする怪人の腕を俺は掴み、


「待て。お前は動くな。そいつがそんなに大事だったのなら、そいつの命を無駄にするな」


 と言い放って自分の体だけを起こし、再び鞘に手を掛けた。


 そうして茂みの方を凝視すると、”何か”と目があったことに気が付いた。


「……は……斬り……?」


 そして微かに言葉のようなものが聞こえてきた。


「そこにいるのは誰だ!」


 俺が鞘に手を掛けたまま”何か”の方へ動き出すと、瞬く間にその”何か”は足音を立てながら到底追いつけないような速度で離れていった。


「逃げ足が速いな……」


 ”何か”を追いかけるのを諦めた俺は、後ろで未だ体を伏せている怪人を起こし、共にうり坊の様子を確認した。


「うり坊……お前は悪くないのに……ううっ」


「まだ死んだと決まったわけじゃない。当たり所によってはまだ可能性はある」


 未だ息があるかどうかの確認すらしていないのに早とちりをする怪人を落ち着かせながら、俺はうり坊の心臓があると思わしき位置に手を置いた。


――ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ


「心臓が……動いている?」


 俺もすでにこのうり坊は絶命ないしは瀕死の状態だと思っていたが、意外にも命の危機にあることを感じさせないほどに活発な鼓動を感じ取った。


「え! それじゃあこの子は生きているんですか?」


「あぁ、少なくとも死んではいないことは確かだ」


 安堵の表情を見せ肩の力を抜く怪人を尻目に、俺はうり坊の体に突き刺さっているクナイのような銀色の刃物を抜き取った。


「先端についているこれは……針?」


 抜き取ったクナイの先端には針のようなものが取り付けられており、その針には透明の液体が付着していた。


「それを触るな!」


 何の液体かを触って確かめようとした俺は怪人の強い言葉に驚き、動きを止めた。


「触るな、ってお前これが何なのか知っているのか?」


「それは麻酔ですよ。それも相当強力なね」


「麻酔……? 何故そんなことをお前は知ってるんだ?」


 怪人の口から出てきた思いもよらない言葉に俺は少し困惑していた。

 俺が疑いの目を向けると、怪人にこれまでの温和な様子はなく、真剣なまなざしでこちらを見ていた。



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