ヒト斬りに御用心 壱
「よろしく頼みます。私は意朴と申します」
朝日が昇り始めた頃、浮世寺の正面玄関に出ると、まさに護送対象であろう二足歩行の鹿の姿の怪人が俺を笑顔で歓迎してくれた。
「こちらこそよろしく。俺は薩井轟だ。あんたの護送をさせてもらう。」
挨拶を返し握手を交わすと、とこの鹿の怪人は「山の麓に荷車を置いているからそこまで来てください」とだけこちらに伝え、四足歩行になりとても俺には追いつけない速度で山を下りて行った。
「護送だっていうのに、守られる側のはずの怪人が先に行くのか……」
もうすでにこの仕事にうんざりしていた俺は、すこし早歩きで山を下り始めた。
長いこと浮世寺の中で人としか接していなかったから怪人と接するのは久々だ。頭の中でこの世界のことを思い出しつつ整理しながら歩こう。
俺がまさに今生きているこの、”渾然界”という世界では”人”と”怪人”が共存している。
”人”っていうのはまさに俺のように二足歩行で移動し、上半身についている二本の腕で道具を器用に扱うことができ、またそのほとんどが怪人よりも高度な知能を持った生き物の事だ。あと、人のほとんどが群れることを好む。
”怪人”ってのはさっきの鹿の姿の奴のように、上半身についている腕を足としても使うことができるような身体能力が人以上に高い生き物の事だ。こっちは人とは対照的に群れることを好まないやつが多い。
怪人は俺たち人とは容姿や能力、考え方が大きく異なり、分かり合えないことが今でも多々あるそうだが、先人たちが上手いこと共存するために奔走してくれたらしい。
そんな先人たちが作り上げたこの世界には、”人”と”怪人”以外に”獣”が存在する。
なぜ”獣”を”人”と”怪人”と同格に説明しなかったのかというと、この世界で最も地位の低い生き物であるからだ。
主に人と怪人に家畜として扱われる”動物”と、主に人や怪人にとって栄養を摂取するための食材として扱われる”植物”、そして主に人や怪人だけでなく動物と植物にも危害を及ぼし嫌われている”虫物”の三種の生き物を総称して、獣と呼ばれている。
獣の地位が最も低いのは、人と怪人が使うことのできる”言語”を扱うことができないからである。
ここまで、この世界に存在している三種の生き物について整理していたが、ここからはこの世界が抱える問題についての情報を整理する。
何度も言うようにこの世界には”人”、”怪人”、”獣”の三種類が存在しているが、この中で最も文明の発展に寄与してきたのは、知能が最も優れている”人”である。
そのため、人は他の二種を下に見ることが多くあり、実際に俺も怪人と獣が人と同格だと思ったことはない。怪人を獣と一緒くたにして考えるべきだと思う。
すなわち、怪人を淘汰すべきだという考え方が人には根付いている。
ではなぜ俺は今、下に見ているはずの怪人を護送しようとしているのだろうか?
なぜ怪人は人に護送を頼むのだろうか?
それは怪人には”怪能”と呼ばれる唯一無二の特殊な能力が備わっているからである。
それぞれの怪人ごとに怪能の内容は千差万別であり、そのほとんどが人が喉から手が出るほど欲しいと思うような能力である。
この怪能の存在によって我々”人”と”怪人”は同格という扱いをせざるを得ないのだ。
だからこそ、怪人も同格である人に護送を頼むことができ、人も仕事としてそれを受け入れるのである。
だからと言って異種間の争いがゼロなわけじゃない。ただ、争いが同種間でも起こりうるという厄介な事情がある。
……なんて考えていたら、荷車に腰かけている鹿の怪人が目の前に現れた。
ここでこの世界について考えるのはおしまいだが、そんなこんなで、この世界では人と怪人が共存しているということだ。
「すまない。待たせてしまったか。」
色々と考えながら歩いていたから遅れた、なんて言えば相手の怒りを買うことは避けられないだろうから、俺は開口一番に謝罪をした。
それでも怒号くらいは浴びせられるものだと思っていたが、目の前の怪人は柔らかく微笑み、
「いえ、こちらこそ護送をしていただいているのに先に行ってしまって大丈夫かと不安になっていたところです。薩井さんが無事に来てくれてとても安心しました」
と俺に伝えると、荷車を自分で引き始め、出発した。
「おい待ってくれ。なぜお前が荷車を引く。お前は俺に護送の依頼をした、この場では目上の存在になるんだぞ。」
俺が冷や汗をかきながら並走して問うと怪人は再び柔らかく微笑み、
「私は薩井さんに護送の依頼をしたんです。荷物を運んでほしいなんて言ってません。私のことを守ってくれる方にそれ以上の要求はできないですよ」
と言い捨て、驚き立ち止まる俺の方から顔を前に向け、変わらず荷車を引き、再度歩き始めた。
「まるで神様みたいなやつだな……俺たち人はお前たち怪人をよく思っていないんだぞ……」
信じられない目の前の状況に驚きながらも、護送するという唯一の仕事を全うするために俺は再び怪人に追いつき、並走して歩き始めた。
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