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ヒト斬り侍の"怪"護譚  作者: 琴璃ぴぃ
ヒト斬りに御用心
1/7

ヒト斬りに御用心 序

「ホーホーホッホ」


 木々が生い茂りながらも鳥の鳴き声が鮮明に響き渡るまさに大自然と呼ぶべき山々の一つ、無明山(むみょうざん)の頂上にひっそりと浮世寺(うきよでら)と呼ばれる寺が存在している。


 ここでは俗世間との繋がりを絶った、または絶たれた者のみが身を置いており、そんな者たちの中でも誰とも群れることなくただ独りで何度も同じ本を読み続けている侍がいた。


「おい、またあいつ同じ本読んでるぜ」

「まともな奴らがいねぇこの寺で変人扱いされてるって相当だよな。ハハッ気持ち悪ぃ」


 たとえ周りから侮辱的な言葉が飛んで来ようとも、侍は微動だにすることなくただその本を読み続ける。侍を笑っていた者たちも興味を無くし、いつもと同じように侍は完全に独りになった。


 そんな浮世寺の”いつも通り”は、脳内に叫びこんでいるかと勘違いするほどの寺中に響き渡る大きな声で様相を変えた。


「俗世間から切り離された者たちよ、おはよう。突然だが、君たちの中にとある怪人(もののけ)の護送を頼まれてくれる人はいないかな? もちろん報酬は弾む」


 この声の主は、浮世寺の長を務める老人のものであった。

 最後の言葉を聞いた寺の内外にいた者たちが、長の居る部屋へと雪崩のように駆け始めた。

 

 ただ一人、変わらず本を読み続ける侍を除いては。


「護送なら俺に任せろ! 力には自信があるんだ」

「俺だって土地勘ならだれにも負けねぇ!」

「報酬がもらえる機会があるのに逃してたまるかよ!」


 皆、飢えた猛獣のように報酬を求めて駆けていたが、再び先ほどと同じ長の声で


「一応言っておくが、命の保証はしない。そして護送に就けるのは一人だけだ」


という留意事項が寺中に伝えられると、猛獣たちはもれなく全員踵を返して部屋から遠ざかっていった。




 長の大きな声で一時は自然の中にひっそりと存在していることを忘れているかの様子を見せた浮世寺は、数分も経たないうちにそれぞれが寺の内外に散らばり”いつも通り”に戻っていた。


 こうして誰もが長の話していた内容を忘れようとし始めた時、再び長の大きな声が響き渡った。


「未だ誰も私のところに来ていないから言っておこう。護送に就けるのは一人だけだが、護送に誰も就けないという選択肢はないよ。自発的に引き受けてくれる者がいないのなら、こちらから強制的に選ばせてもらう」


 命を懸けることを拒んだ者たちは、「強制」という言葉に驚き悩み始めた。

 そして彼らの結論は「本を読み続けている侍を取り囲む」というものに行きついた。


 取り囲んでいるうちの一人が引き受けさせるために、侍に対してお前が行けよ、と言いながら強引に本を奪い取ると、振り向いてきた侍の顔を見て驚きながら口角を上げた。


「お前……その顔、(ひと)斬り侍じゃねえか! 街で見ねえと思ったらここにいたのかよ! こんな危険な奴がここにいて言い訳ねぇ! お前らもそうだろ?」


 侍を取り囲む者たちは皆、首を縦に振り侍を拘束して部屋へと連行した。




「おぉ、自発的に来てくれるとはうれしいな」


 長い白髪と白髭を生やし瘦せこけた体を白い絹装束一枚で包む老人、この浮世寺の長が侍を部屋に迎え入れた。


 木製の角ばった椅子にお互いが座り、まるで医者から問診を受けるかのように護送の内容についての話が始まった。


「君は……ほう。人斬りの異名で恐れられているのに、護送に就くのかい。面白い挑戦をするね。歓迎するよ」


「……」


「あまり触れないほうが良かったかな。まあそんなことより内容を簡潔に伝えよう……」


 侍に伝えられた内容は、この寺に訪れる意朴(いぼく)という怪人を無明山から三つ山を越えた先のコグレという町まで護送するというものであった。


 伝え終わった長は侍の腰についた刀を見ながら、


「護送は明日の朝からだ。しっかり眠るんだよ」


とだけ伝え、部屋から侍を退室させた。

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