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第二章 ここから始まる四人の物語 D

 そして、ついに月の光が二人の影を地面に映し出す。


 恐竜はわずかに揺れていたその影に目ざとく気づくと、ゆっくりと二人のもとに歩み寄り始めた。


 シェリーの心臓が再び激しく動きだす。


 昇もその緊張を感じ取って、瞬時に足を止めた。しかし、たとえこのまま動きを止めていたとして、月の光の下で二度目が通用するのか?


 やがて、恐竜と二人との距離が、果てしなくゼロに近づこうとしたその時。


 拳くらいの大きさの石が、容赦のない速さで飛んできて恐竜の右の頬に直撃した。恐竜は唸り声をあげてブルブルと頭を振るうと、月明かりの中で飛び跳ねている少女の姿をその目ではっきりと捉える。


「ほーら、こっちこっち! あんた、悔しかったら、あたしと追いかけっこしなさい!」


 夏凛だった。彼女は無謀とはわかっていながらも、自らをおとりとすることによって昇とシェリーに逃げる隙を与えようと考えたのである。


 やがて、しばらくのあいだ静寂に包まれていた夜の森に、再びけたたましい鳴き声が響き渡る。


「一体どこまで時間を稼げるか分からないけど……!」


 走り出した夏凛を追跡して、恐竜の巨体が地響きをたてながら漆黒の森の中へと姿を消していった。


 あれでは、さすがの夏凛でもすぐに追いつかれてしまう。


 シェリーは夏凛に届くことはないとわかっていながら、それでもこみ上げる叫びを抑えることができなかった。


「夏凛さん! 嫌です! 待って下さい! 夏凛さぁぁん!」


 あまりにも悲痛なその叫び声に、昇も悔しさをこらえきれない。


「夏凛の奴、一人で格好つけやがって!」


 続いて、春樹がバスケットの中から声をあげる。


「くそ! あと少しだったのに!」


「何があと少しだ……? 春樹、お前今までどこで何をやっていやがった!?」


 額に血管が浮き出るほど大きな声で吼える昇。


 春樹は手に持っていたものを昇に投げ渡すと、バスケットの横に身を投げるようにして座りこんだ。


「そいつを探していたんだ」


「これは……俺がバルーンキラーに使った撹乱弾か」


「奴に対抗するには、やはりそれしかないと思ってな。だが、思ったより見つけ出すのに手間取っちまった。すまない……」


 それを聞いた昇は、うつむいたまま何も言えなくなってしまう。


 おそらく、いまごろ夏凛は……。




「で? あんたら、なーにをしんみりとしてくれちゃってるわけ?」


 突然耳をついた夏凛の声に、肩を落としていた三人は一斉に顔を上げた。まるでお化けでも見たような三人の顔を見回して、夏凛はこれ以上無い豪快な笑い声を彼らに浴びせる。


「嫌だわ、あたしを誰だと思っているのよ? こんなところで旅のヒロインが死ぬわけがないでしょう?」


 それを聞くと、シェリーは自分が腰を抜かしていたことも忘れたようにジタバタと手足を動かして夏凛の元へ近づいていった。


「夏凛さんの馬鹿ぁ! 勝手に身を投げるようなマネして、信じられませんっ!」


 シェリーがここまで腹を立てるのも、理解できなくはない。彼女からしてみれば、今の夏凛の行為は、一番足手まといな自分の身代りになったようなものだ。


「次にあんな無茶なマネをしたら、もう絶対に許しませんよ!」


「ごめんね、シェリー……。でもあたし、別に死ぬつもりなんてなかったのよ。ちゃんと作戦があったんだから」


「作戦……?」


「ええ。あの恐竜が口を開く瞬間を狙って、昇から貰った花火をぶちこんでやったのよ。花火って、こういう使い方もできるのね。助かったわ。昇、ありがとう」


 しかし、昇はこれを素直に喜んでいいものかどうか、複雑な心境だったようだ。


「え。あはは……。そ、そうだろそうだろ」


 思わず、笑顔が引きつる。


 花火を恐竜に食わせるなんて、そんな使い方ってありかよ。


「それで、あのデカブツは死んだのかよ?」


「まさか。口の中をステーキにされて少しひるんだだけよ。かなり怒ってたから、すぐにでも追って来るはずよ。後は頼んだわ」


「それじゃあ、今度は撹乱弾を使って徹底的にやるべきだな」


「もちろんだ! こうなりゃもう、あいつを今晩のメシにしてやろうせ!」


 すっかり明るい空気を取り戻した四人。


「次はこっちが攻める番だな」


 四人の心は一つになる。自分達が団結すれば、恐れるモノなど何もないのではないかと、誰もが思えた瞬間だった。


 するとそこへ、再びあの地鳴りのような足音が近づいてきた。どうやら、奴が帰ってきたらしい。


 昇はみんなの一歩前に踏み出て、お約束のようにあの悪どい顔でニタリとほくそ笑んでみせる。


「それじゃ、景気良く花火の嵐で歓迎してやるとするか! 火力最大だ! ミディアムステーキにしてやろうぜ! お前ら、準備はいいか!」


「はい!」「おう!」「まかせて!」


 そしていよいよ、ティラノサウルスが再来だ。


 と、思われた。誰もが、それを疑っていなかった。


 しかし、事態は誰も予想のしていなかった方向へ転がりだす。


「……!?」


 森の中から飛び出してきたのは、見るも無残な姿となったティラノサウルスの亡骸だった。自分たちの頭上を通り越えて激しく地面に転がり落ちたその死骸を見つめながら、四人の頭の中は困惑の二文字で埋め尽くされる。


「か、夏凛。あれもお前が?」


「馬鹿言わないで。あんなこと、何をどうやったらできるってのよ」


 さきほどまでの威勢もどこへやら。四人の頭には、既に最悪のシナリオがよぎりはじめていたのだった。


「ままままさか、この恐竜よりも遥かに強いモンスターが出てきたりは、しないですよね……?」


「残念だがありうる……。いや、むしろそうとしか考えられない」


 しんと静まり返った広場には、断続的に地響きが起きている。次第にその揺れが大きくなっていることは、誰の感覚にも明らかだった。


 春樹の頭によぎる、父の言葉。


『いいか春樹。この時代に復活を遂げた遠く古代の《恐竜》という連中は、確かに厄介だが、しかし我々が知っておくべき真の脅威とはまた違う。奴らは人間より遥かにこの世界を理解しており、そして世界から愛されている』


 後半部分の意味は未だに理解できないままだが、とにかく先ほどのティラノサウルスなど比にならないような怪物が出てくるのは確かだろう。だとしたら、一体今の自分たちに何ができる? どうすればいい? 


「来るぞ……!」


 そうしていよいよ、その未知のモンスターは闇を裂くようにして悠然と現れた。


 おそらく、この巨龍こそがこの森の主にして食物連鎖の頂点。ティラノサウルスのおよそ三倍はあるだろう体は、見る者全てを圧倒し、圧巻する。


「さながら、アンダーグラウンドの主ってところか……」


 ボロボロになった翼。古びた岩壁のような外皮。こべりついた苔。金色にぼやけた瞳。それらは、その龍が何百年もこの森に君臨し続けてきたことを象徴づけているかのようだった。


「こんな生き物が……この森に……」


 その圧倒的なスケールに、夏凛とシェリーは口を開いたまま閉じることができない。きっとこの龍からすれば、自分達など虫けらも同然の存在なのだろう。


 事実、その巨龍の注意は先ほどからティラノサウルスの死骸に向きっぱなしである。その様子から察するに、討ち取ったそいつをこれから捕食しようといったところだろうか。


「……待てよ。これは逆にラッキーだったんじゃねぇか?」


 予期せぬこの事態に、春樹は冷静に事の成り行きを見守るつもりだった。


「なんにしても、これで俺達が食われる心配はなくなったわけだ。こいつも食事が済めば満足してどっか行っちまうだろうし……。その上、食べ残しを失敬して焼肉パーティも夢じゃない」


 それを聞いた夏凛とシェリーは、ようやく緊張の糸がほどけたようだった。


「たしかに、こいつが私達を襲うようなことはまずないわよね」


「で、ですよね! たぶん私達のことなんて、全然気にしていませんよ!」


 よかった。これで、一往の危機は全て免れたのだ。


「よし。昇、今のうちに向こうのスペースに……って、あれ? 昇がいない?」


「そういえばそうね。あいつったら、またどこに行ったのかしら?」


「あ、あのぉ、もしかして、あれじゃないですか……?」


「え?」


 シェリーの指さした方を目で追っていって、春樹と夏凛は頭からサッと血の気が引いていくのを感じた。また何をやらかすつもりなのかは知らないが、昇は今しがた現れた巨龍の足をよじ登り、後頭部の辺りにしがみついていたのである。


 彼は右手に花火の筒を持っていた。


 よもや、あの巨龍を相手に何かするつもりじゃ……!


「昇! お前何を――」


 しかし、その春樹の声は昇の怒号によって見事にかき消される。


「この馬鹿野郎ぉぉぉ! この肉は、俺達が食おうとしてた肉なんだぞぉぉぉ!」


 どう考えても馬鹿野郎はお前の方だ!


 たぶん、誰もがそう叫びたかったことだろう。が、時すでに遅し。彼が巨龍の耳元で放ったその雄叫びは、少なからず巨龍を興奮させてしまったようだ。


 大きく首を振り、昇を振り落とそうとする巨龍。


 昇もそこで大人しく吹き飛んでしまえば良かったのに、彼はここにきて本日最大の気合を発揮した。


「うがぁぁ! 負けねぇぞ! これでも食らえ!」


 昇は導火線をジーンズの裾にこすりつける。それが彼独特の着火の方法だった。


「おい、やめろ昇!」


 そしてついに、彼の手からあの撹乱弾が発射されてしまう。この最悪の事態に、他三人はもう真っ青。


 しかし、ここでさらに予想だにしなかった出来事が起こった。


 バクリ。


「え? えぇぇぇ!?」


 目の前に飛び込んできた光の玉を、巨龍はまるでキャンディーでもほおばるようにして口の中へ頬り込んだのである。


 どうなる? これはさすがに不発か……?


 とにかく、三人は「これ以上厄介な状況にだけはならないでくれ」と祈るしかなかった。


 だが、次の瞬間。


 巨龍の目や鼻、耳から、凄まじい量の光と音が溢れだした。どうやら、巨龍の口の中で、あの撹乱弾が炸裂したようだ。その衝撃は春樹達の元にもかなりの重圧となって届いてくる。


「う……! なんて強烈な……!」


 そして、沈黙。


 巨龍はそれからしばらく、ピクリとも動く様子を見せなかった。


「どうなった……?」


 春樹が息をのんで見つめるその視線の先では、既に勝った気になっていた昇が大騒ぎを始めている。


「どうだ! やってやったぜ! ざまぁ見やがれ!」


 だが、本当にこんなあっけなく、この森の支配者が死ぬだろうか。


 やがて春樹は、その巨龍の静かなる息遣いを聞きとって、背中に大きな悪寒が走るのを感じた。そこに潜んでいたのは、昇に対する鮮烈な殺意と憎悪。


「……まずい! おい昇! 今すぐそいつの頭から――」


 しかし、春樹のこの言葉は、その巨龍によってことごとく遮られることとなる。


 まず、巨龍は月に向かって地が裂けるような鳴き声をあげると、次にその長い尾を暴れさせて次々と周囲の木々をへし折っていった。なんという絶対的な破壊力。木々と一言で言っても、一本あたり直径十メートル以上はある大木の数々だ。それを一度になぎ倒すとは、もし直撃すれば人間など形も残らない。


「昇くん!」


 刹那。シェリーは大きく揺れ動く大地に足を取られながらも、空高く放りあげられた昇の姿をその瞳に映した。その落下していく先に目を移せば、あの巨龍が鋭い牙を立てながら待ち構えているではないか。


 このままでは、昇くんが死んでしまう。いくら自業自得とは言え、彼はこんなところで死んでいいような人間ではないはずだ。


 自分も、いつかこうして外の世界に旅立つことを夢見ていた。彼と同じように、自分のやりたいことを貫き通すことができればどれだけ幸せだろうと思っていた。


 だからこそ、わかる。


 私達は、今ここで彼を失ってはいけない。こんな運命的な旅路へと招待してくれた彼を、見失ってはいけない。


 しかし、昇の体はみるみるうちに落下速度を増し、まるで巨龍の口へと吸い込まれるようにぐいぐい引き寄せられていく。


「昇くん……!」


 誰でもいい。この危機を乗り切るために、力を貸してほしい。






 

「助太刀しよう」






 それは、一瞬のできごとだった。




 動体視力のいい夏凛や春樹ですら、何が起きたのか理解するのには苦労した。


 突如、風を切るような速さで暗闇の中から颯爽と現れたマント姿の謎の男。彼は背中にくくりつけた鞘から赤光りする大剣を引き抜くと、その刃にさっと布を走らせて巨龍の首を一突きにしたのだった。


 身の丈ほどもあろうかという巨大な剣を扱っているというのに、その動きには隙など全く無いように思える。彼はその大きな背中に昇を乗せると、驚くほど綺麗な着地を決めてみせた。


 一方、突然の強襲になす術も無い巨龍は、その致命的な一撃に大きくよろめく。やがて、どうにか足を踏ん張って態勢を維持しようとしていた巨龍は、春樹達のいる場所から少し外れた岩肌に顔面を激突させた。


 巨龍はそれから二度と動くことはなかった。それが、この森の主の本当の最期だったのだ。


「……猛毒を首に叩きこんだのだ。いくら《亀龍》と言えども、これには耐え切れん」


 返り血を浴びないようにゆっくりと剣を引き抜く渋声のハットマン。


 昇は彼の背中から降りると、輝かしい視線を彼へと注ぎっぱなしだった。


「か……かっけぇ!」


 しかし、これと対照的に春樹は正体不明の男に対して警戒を解こうとはしていない。


「何者だ」


 剣を鞘に収めて帽子のつばを軽く持ち上げた茶色いヒゲの男は、そのヒゲの奥に意味深な微笑みを浮かべた。彼は堀の深い目で春樹の顔をじっと見つめると、ただ名乗るのではなく、次のように答える。




「単なる、通りすがりの老兵さ」





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