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第二章 ここから始まる四人の物語 B


 四人が話し合って決めたことは、だいたい次のことである。まず、陸に降りるのは一日三回。日の出前、正午、夕方、である。これはモンスターの生態に詳しい春樹の提案であり、モンスターの集中力が最も鈍る時間を狙って定められたものだった。


 夜の見張りは共同で行うことになったが、夏凛の攻めに押されて男子の仕事量は女子の二倍となった。これにはさすがの春樹も渋い表情をみせたが、夏凛を納得させるための代償と思って仕方なく妥協したらしい。


 そして、一番重要なのが次の目的地のことなのだが、実はこれがはっきりしていない。昇の証言では、「南に向かって一週間程度で着く」らしいのだが、正しい情報なのかどうかもわからない。これには他の三人も不安の色を隠しきれないようだ。


 しかし、とうの本人は相変わらずマイペースで、明日の心配よりは今日食べる分の食料の心配の方が大きいらしい。


「あーあ。どう考えてもこれだけじゃ足りねぇよなぁ」


 彼の奔放さにいい加減苛立ちを感じ始めていた春樹は、これに素っ気なく返事をする。


「仕方無ぇだろ。お前が何も用意してこなかったんだからな」


「だってよぉ、森に入れば食えそうなもんはいくらでもあるじゃねぇか。よし、下に降りて何か探そう」


「おい。お前はさっきの話し合いで何を聞いていたんだ? 地上に降りるのはまだ先だ」


「はいはい、わーってますよ。……あ、そうだ。いいこと思いついた」


「ん? なんだ?」


「これを使うんだよ、これを」


「……ほう。なかなか使えそうなものを持ってきたじゃないか」


 春樹が珍しく昇に感心した理由、それは彼がおもむろに取り出した釣竿のことだった。文字通りサバイバルとなる今回の旅路で、釣竿を使う機会は多くあるはずだ。なんだかんだ言っても、メシの心配だけは一人前の昇なわけである。


 ちなみに、今回春樹はほとんど手ぶらで旅にでることになってしまったわけだが、これは本人も後悔していることだった。どうやら彼は、本当に昇が気球をのっとってしまうとは考えていなかったらしい。


「まったく、みせてくれるよな……」


 せっせと釣竿を組み立てる昇に遠い視線を向けながら、春樹は小さくぼやいてやった。


 首に巻かれたアフガンストールが、風になびいて少し乱れる。


「……」


 この咲花昇という同級生には、一体どれほどの潜在能力が秘められているのだろうか。自分は、今までにこんなにも他人に心を揺さぶられたことはない。


 もしかしたら、自分は昇に嫉妬しているのかもしれない。いや、しかし、それは決して、昇の内に秘められたポテンシャルのことをうらめしく思っているからではないだろう。


 なら、一体俺はこいつの何に対してこんなにも心を揺さぶられている?


 やがて。


「いっくぜぇ!」


 やかましいくらい元気な昇のかけ声に、春樹は現実へと引き戻された。見れば、昇は食料の中から独自にエサを用意して、虚空に釣り糸を垂らし始めるところだった。


「なにしてんだ、お前?」


 せざるをえない質問が、春樹の口をついて出る。


「は? バカだなぁお前。見ればわかるだろ。釣りだよ釣り。見てろよ、今からこれででっけぇ鳥を釣るんだ」


「とりあえず、『バカはお前だろ。』とだけ言っておこうか」


 春樹のツッコミも何のその。昇は鼻歌を歌いながら釣糸が引かれるのを待ち続けた。


 するとそこに、意外な人物が声をかける。


「釣れますか?」


 シェリーは知っていた。釣りをしている人を見かけたら、まずはこの決まり文句で会話を始めるのだ。少なくとも、彼女が今までに読んできた小説の中では、これは暗黙の了解だった。


「おう、シェリー。これから、でっけぇ鳥を釣ってみせるから、よーく見とけよ。それが今日のごちそうになるんだ」


「わぁ、すごい! 楽しみです!」


 始めのうち、春樹はシェリーが冗談で昇に付き合ってやっているものかと思っていた。しかし、彼女は本気でその期待に満ちた眼差しを釣竿に向けているようにも見える。


「……あれ? だんだんと自信がなくなってきたんだが、おかしいのは俺じゃなくてコイツらの方だよな?」


 これに応えたのが夏凛である。


「ええ、あんたは至って正常よ。春樹」


 彼女はバスケットの淵にひじをついて呆れ顔でその茶番を観察していた。


 これで何か釣れた日には、さすがの自分も昇の持つ奇跡的な力を信じざるをえない。


 いやまさか……。そんな馬鹿なことがあるはずがない。


 しかし、そんなことを考えていた矢先、彼女はある異変に気づく。


「ねぇ? 気のせいかしら? 微妙に糸が引いてるような気がするんだけど……」


「なにっ!」


 昇は釣竿の先にぐいっと顔を近づけて目を細める。


 するとどうだろう。確かに、微かだが竿の先が揺れているではないか。


「きたきたきたきたぁぁぁ! 上げるぜ!」


「昇くん、頑張ってください!」


 昇が神業とも言えるスピードでリールを回し始めると、釣り糸の引きが明らかに強くなっていることがわかった。


 この事態に、春樹は「うそだろ……」とつぶやきながら呆気にとられている。


「おい! こいつはなかなか活きのいい獲物がかかったぜ!」


 みるみるうちに縮んでいく糸の長さ。


 昇はリールから火が噴き出そうな勢いで手を動かす。


「っしゃあ! あがれぇぇ!」


 その場にいた誰もが、舞い上がった釣り糸の先に釘付けとなった瞬間だった。


   §§§


 それから少しして。


「なんでだよ! どうして食っちゃいけないんだよ!」


 カラッと晴れた空に、昇のわめき散らす声が響き渡っていた。


 吊り上げられたのは、一羽の青い鳥だった。今は昇から放たれるおぞましい殺気に、シェリーの腕の中でガタガタと震えている。


 しかし、夏凛は断固として昇に青い鳥を引き渡そうとはしなかった。彼女は今にも自分たちのバスケットに飛び移らんとする昇を妨害するようにしてバスケットの淵に立ちふさがると、昇に叱責をあびせる。


「当たり前よ! あんたにはあの鳥の貴重さがわからないの? 青い鳩よ青い鳩! 突然変異だかなんだか知らないけど、平和と幸運の象徴じゃないの!」


 夏凛は始め、運悪く糸に絡まって吊り上げられたその鳥が何なのか判断がつかなかった。鳩のような姿はしているものの、全体的に色が青い。なんとも奇妙なその鳥は、鳴き声を聞けばやはり鳩っぽい。


 しかし、黒い鳩と白い鳩なら稀に目にすることもあるが、青い鳩というのは見たことどころか聞いたことさえない。これには、さすがの物知りシェリーもお手上げのようで、腕の中で震える得体の知れない生物に少々困惑気味である。


「鳩だからって食えないわけじゃあるまいし! じゃあ、百歩譲って片足だけでいいからさ、な?」


「な? じゃないでしょ! あんたねぇ、片足だけって……それならいっそ全部食べてあげなさいよ!」


「おっ! なんだ! 食っていいのか!」


「駄目だっつってんだろ!」


 昇と話しをしていては、脳細胞に酸素がいかなくなりそうだ。


 夏凛は息を荒くしながら春樹に援護を求める。


「春樹からも何とか言ってやんなさいよ。あんたはこの鳥を殺すことに賛成なの? 反対なの?」


 一応、話は聞いていたものの、内心どうでもいいと思っていた春樹である。とりあえず、最もらしいことを言ってその場をやりすごすことにした。


「どちらかと言えば、俺は反対の立場だ。何事も、縁起を担ぐに越したことはない。これから危険な旅が始まろうって時に、わざわざ自分から厄災を買うような真似は避けるべきだ」


「ちえー。面白くないこと言いやがって」


「ほら。やっぱり殺すべきじゃないのよ。今回は諦めて、また別のやつを釣りあげればいいじゃない」


 しかし、春樹の話しはまだ終わってはいないらしかった。


「だが……俺達の命に関わるような事態になれば、そいつを食うことも考えなければならない。せっかくだから、非常食としてとっておこう」


 これを聞いて、夏凛は狐につままれたような心持ちで声をあげる。


「は? なによそれ?」


「いやーい、ほらみろ。どっちにしてもその鳩が丸焼きになるのは時間の問題だな」


 形勢逆転のチャンスが到来したことに歓喜する昇。


 しかし、ここでこの論争に加わってきたのが、三人のやりとりを聞きながらずっと鳩を撫で続けていたシェリーだった。


「あのぉ」


「?」


 三人の視線が、シェリーへと注がれる。


 シェリーは困ったように眉を寄せると、うつむき加減のまま恥ずかしそうに提案した。


「この子、私たちで飼うわけにはいきませんかね……」


 すると彼女のこの質問に、男子二人は声を合わせて即答した。


「「うん、非常食としてなら」」


「そ、そんな……」


「あんたら、シェリーに謝んなさい」


 しかし、シェリーの提案はそれで終わりというわけではないらしい。


「ええと……昇さんがこの子を捕まえたというのは、紛れもない事実です! ですから、もちろんこの子の所有権は昇さんにあって、それを私達がどうこう言うことはできません」


「さっすがはシェリーだぜ! 話がわかる!」


「ちょ……! シェリー、あんたはそれでいいわけ!?」


「……。そこで提案なのですが、私がこの子を立派な伝書鳩に育てあげて、今後の旅に役立つ仲間に変身させるというのはどうでしょう。ただし、この場合、この子の所有権は私に移ります。もちろん、非常食として殺すことも禁じられます」


 なるほど、そうきたか。


 春樹は素直に感心していた。一つ隣のバスケットに乗っている天然少女が、突然化けたように思えたのだ。そこはさすがに学校一の秀才といったところだろうか。交渉の仕方も、なかなか悪くないものだ。


 そして何より、これをすぐに却下するかと思われた昇も、「旅に役立つ仲間」というフレーズに心を掴まれたようである。


 しかし、提案自体はかなり良いと思っていた夏凛も、その提案が実現可能なものなのかどうか心配しているようだった。


「シェリー、それは本当にあんたにできることなの?」


「ええ、問題ありません。これでも私、家では伝書鳩の世話もしていたんですよ。しつけ方はだいたい知ってますから」


「へぇ、やっぱりシェリーはすごいわねぇ。それなら私は賛成。春樹は?」


「……確かに、伝書鳩がいればもし俺たちがバラバラになったとしても心配が少ないだろうな。意外に必要な逸材かもしれない」


 とそこへ、三人の会話を聞いていた昇がついに決断を下す時がきた。


「んんんんんん……わかった! そいつを仲間にいれよう! シェリー、面倒は任せたぞ」


「あ……ありがとうございます!」


 シェリーは、思わずクルクルと回って踊り出すほど嬉しかったようだ。彼女は鳩が目を回していることにもお構いなしで、楽しげに笑っていた。


「本当によかったです! これで食べられずに済みますね!」


 その幸せそうな表情ときたら、あの春樹ですら口元に微笑みを浮かべるほどだ。


 まぁ、こういう心の余裕は大切にしておくにこしたことはない。


 春樹たちが見守る中、やがてシェリーはその鳩を荷物の上にのせてその体を優しく撫で始めた。そうしている限りは、誰もが彼女のことを「まるで本物の天使のようだ」と思っていられたのかもしれない。


 しかし、彼女が次に口にしたその鳩の呼び名らしきものは、その場の空気をまるで震撼させてしまうほど奇抜で大胆なものだった。


「さ、これから一緒に頑張りましょうね、パトラッシュ」


「……!?」


 シェ、シェリーさん……? つかぬことをお聞きするようですが、それはもしかして、言わずと知れたあの名作に登場するあの犬の名前では……?


 三人はシェリーの口から当たり前のように出たその呼び名に衝撃を受け、少なくとも数秒間は動きを止めていた。


 やがて、夏凛がありったけの勇気を振り絞ってシェリーに尋ねる。


「シェリー、まさかそれ、その鳩の名前にするんじゃ……」


「そうですよ」


 しかして、即答するシェリー。


「えへへ。私、この名前が大好きなんです。なんていうか、すごく慈愛に満ちた響きがするといいますか……とっても温かい匂いがするんですよねぇ」


「……そうね」


 気球は進む。最初の町を目指して。


   §§§


 記念すべき旅の第一日目は、割と順調に飛行距離を伸ばせたのではなかろうか。


 やがて空の色が茜色に染まる頃になると、いよいよ無事に一日を過ごすことができたような安心感がそれぞれの心の中に芽生えてくる。


 しかし、まるで溶けてゆくアイスクリームを観察するような、そんな気だるい平和は、いつまでも続いてくれはしなかった。それは、四人が夕方の定時着陸の準備を各バスケットの中で進めていたとき、突如として空の彼方からやってきたのだ。


「ん? 何だありゃ?」


 最初に異変に気づいたのは、手持ち無沙汰を持て余して縄梯子に寝転んでいた昇だった。彼はボーっとしながら遠くの山肌の合間に消えていく夕日を見つめていたのだが、その彼方から、妙な形の物体が近づいてきているのを察知した。


「鳥、なのか……?」


 それは、鳥であるのかどうかさえ疑わしい姿をしていた。


 針のように尖ったクチバシに、それに添うように細くしなやかに伸びた体。放たれた矢のように果てしなく直線的なその動きは、見ていてとても気味が悪い。


「おい、何か変なのが近づいてくるぞ?」


 そのあまりに奇妙な姿に、さすがの昇も気持ちが落ち着かなくなって春樹に声をかけた。春樹はちょうどバーナーの調節にとりかかろうと思っていたところだったが、昇の様子がいつになく不安げなので、彼の指が示す方角へ双眼鏡をかまえてみた。


「あれは、まさか……」


 嘘だろ? と、思わず心の声がもれる。


「まだ初日だぞ? いきなり奴が出てくるなんて、ツイていないのにもほどがあるだろ!」


 春樹は己の見たものが嘘であって欲しいと願って、もう一度だけ双眼鏡に目を通し直した。しかし彼は結局、現実として迫りくる危機が本物であることを思い知らされただけだった。


「おい、お前ら……《バルーンキラー》がくるぞ……!」




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