大きな魚
――とぷん。
と、不気味な音がどこからか聞こえた。
私達はすぐさまその音の方に顔を向けた。しかし、今回も少しばかり遅かったようだ。振り向いた先には何の姿も無く、水面には幾重もの波紋が整然と広がり続けているだけだった。
はぁ、まったく、何度目の事だろう。私達はこの音の正体が分からずにいる。
「魚、なのかなぁ」
「魚、なんだろうけどさ。全然跳ねる瞬間が見れないね」
「何言ってんのミア。跳ねる瞬間どころか、泳いでる影も見えないよ」
ノアは小舟から身を乗り出すようにして水面を覗きはじめた。
「危ないよ、ノア。大きな魚が出てきて、ぱくっと食べられたらどうするの」
「平気平気。逆にとっ捕まえて食べてあげる」
「やめてよ、私はやだよ。こんな変な所を泳いでる魚なんて、絶対食べたくないし」
見渡す限りの灰色の水面と灰色の空。まるで黒ごまプリンの中に閉じ込められたみたいだ。
「あーあ、黒ごまプリン食べたいなぁ」
私の心の中を読み取ったようにノアが言う。
ノアはそのまま灰色の水面に手を浸し、水を掬ってそれを観察し始めた。
「あれ、泥水かと思ったら、そうでもないんだ。見てよミア、ここの水って結構綺麗みたいだよ。飲めたりしないかなー」
「え、そうなの? うわっと……、おっとっと」
私がノアの座っている方へ体を動かすと、船体が少しばかり揺れた。
「ミアが動くと大変だー。ぷーくすくす」
「失礼なやつ」
私はさっきより慎重にゆっくりとノアの方へ体を寄せた。
「たしかに綺麗だね。水面は全然透き通って無いのに、変なの」
「ね、変だよね」
「ここは海になるのかな。それとも海だったのかな」
「さあね、どっちだろう」
私は再度、水面に目をやった。やっぱり、しっかり灰色に濁ってる。いやいや、それより、よくこんな得体も知れない水の中に手を突っ込む事ができるなぁ、ノアってば。
「くんくん、匂いも問題なさそうだし、飲んでみる?」
「やめときなよ。お腹壊すかもよ」
「うわ、しょっぱい! やっぱり海水だ! ぺっぺ!」
私の忠告も聞き入れず、ノアは舌先で水を舐めた後、ぎっと顔をしかめた。
「これは飲めないね。むしろ喉が渇いてくる」
「そりゃそうでしょ。それに飲めたとしても、こんな色の水をわざわざ飲もうとは思わないし」
「またミアはそんな事を言って、飲み水が無くなったらどうすんのさ」
「その時はー……。うーん……。また何か考えるよ」
――どぷん。
と、今度はさっきより濁った音が辺りに響いた。
私達は揃ってその音の方へ顔を向ける。しかし、やはり何の姿も捉えられない。ただ、水面には今しがたこの場所に存在した何らかの痕跡がありありと残っており、私達は途方に暮れたように顔を見合わせた。