どーんとよろしく
喧騒から離れて、崩落する危険のなさそうな建物に身を潜める。一時の安全を確保してようやく息がつけた。安心したら力が抜けて座り込む。気づかぬうちに肩肘を張っていたみたい。安心するにはまだ早いと分かっていても一度抜けた気はすぐには立て直さない。気遣わし気な眼差しのエクエスにふにゃりと笑いかける。
「エクエスさんありがとうございます。お手を煩わせてしまってごめんなさい」
「いえ」
「姫様、大事はありませんか?」
「ええ、大丈夫よ。ありがとうミレス」
声が聞こえてチラリとレビィを見る。彼女に疲れた様子はない。それも当然で、何故なら彼女は走っていない。走り出すと同時にミレスがレビィを抱えたのだ。
人一人抱えているのにわたしと遜色ない、というより速かったのには驚きだ。因みに息が上がって減速しだしたわたしも途中からエクエスによって抱え運ばれた。本当にお荷物だったよ。自慢じゃないが体力はない。走ったのだっていつぶりだろうというぐらい昔のことだ。
息を整えながら先程の女性を思い浮かべる。カズラを着ていたから体の線ははっきり見えないけど、動きに合わせて垣間見えた腕は筋肉とは無縁の細さだった。いやまあ筋肉があったとして、それでも男女の差は段違いだ。どれほど力をつけたところで男と女では軍配は男に上がる。しかも相手は鍛え上げた筋肉の持ち主。力も重さも並ではない。
「レビィ、あの人ってもしかして」
「……確証はありませんが憤怒の末裔とみていいでしょう」
意見が一致する。確証と言うのは刻印を指している。体のどこかに刻まれる刻印。わたしのように見えやすいところにあればレビィのように服に隠れてしまうところにも刻まれる。体のどこかに刻まれるとしか分かっていなく、どこにという情報はない。まあ、見えやすいと言っても手袋とかで隠すことは可能だ。
十分に休憩をしたら捜索を再開する。目的の人物に会えたけれどすぐに離れることになったので振り出しに戻ったような状況だ。考えたくはないけど最悪は、ってこともあり得る。勝手に想像して青ざめる。思考を追い払うようにかぶりを振った。視線を感じて顔を上げるとなんとも言えない微妙な顔をしたエクエスと目が合う。あ、無表情に戻った。なんとなく気恥ずかしさを感じて、誤魔化すように顔を背けて辺りを見渡す。
すると、ちょうど細い路地から出てきた女性と目が合った。印象的な赤色の目が大きく開かれる。多分同じように驚いた顔をしていると思う。
「ヨッ!」
けれどすぐに屈託のない笑みに変わる。軽く手を上げて挨拶してきた。見たところ怪我した様子はなく、心の中で安堵の息を零す。
「先程は助けて頂きありがとうございました」
「いーってことよ。困った時はお互い様ってな。無事で何よりだよ。それよりあんたら余所者だろ? なんだってこの街に来たんだ。見て分かる通りここは危ない場所さ。用がないんなら早く出て行くことをオススメするよ」
快活に笑った彼女は、しかし明るい雰囲気は鳴りを潜めて鋭い眼差しを向ける。助けはしたけど警戒していないわけではない。現に一定の距離から近づかないしすぐに動けるように少し腰を低くしている。けれど突き放す言葉の裏に優しさを感じる。心配、してくれてるんだと思う。
レビィが前に出たのを見て、彼女は構える。それにミレスが反応したのをレビィが手で制す。
「わたくしたちはあなたに会いに来ました。英雄の末裔であるあなたに」
訝しむように顔を顰める。理解できないと言ったような表情だ。レビィが二の句をつげないのを察して助け船を出す。
「あなたの体にこのような刻印が刻まれてませんか? 模様は異なると思いますが……」
左手の甲を見せる。真似するようにレビィも少し服をずらして同じく刻印を見せる。視線が二つの刻印を行き来する。腹の内を探るように鋭い眼差しに緊張感が走る。ゴクリと唾を飲みこむ。
考えるように目を閉じた彼女は大きく息を吐いた。少し前屈みになって乱雑に頭を掻く。切りっぱなしで不揃いの赤髪が揺れる。顔を上げた彼女からは厳しさがなくなり、脱力気味に表情を緩めていた。
「うし、分かった。アタシらのアジトに案内するよ。詳しい話はそこで」
「ありがとうございます」
彼女の提案に胸をなでおろす。周囲を警戒しながら突き進む彼女の後を追いかけた。
「ようこそ、ここがアタシらのアジトさ。最高だろ?」
細い路地を抜けた先には隠れるように佇む大きな家があった。今まで見てきた中で一番きれいな状態に見える。所々崩れはいるが経年劣化と言える範囲に収まっているように思う。さらには修復したような跡も見られた。
玄関を開けて中に入ると両手を広げた彼女が明るく言った。外観と違って中は古びた様子がなかった。掃除が行き届いているのか埃っぽくないし、物が整頓して置かれている。人がいるからか彼女がいるからか、寂しさを感じなかった。
奥からドタドタと慌ただしい音がする。部屋の奥から現れたのは小さな子供たちだった。
「ほらー、サニーお姉ちゃんだよ!」
「サニーお姉ちゃんおかえりー!」
「どーん」
「おーただいま! みんな大人しく留守番してたか?」
「「「してたー!」」」
彼女の姿を見るや満開の笑顔を咲かせて走り寄る。そのままの勢いで跳びかかるように抱きついた。子供たちを軽々と受け止めて優しく微笑む。問いかけに大きく手を上げて答える子供たちの可愛さに顔が綻ぶ。
無邪気な笑み、あどけない表情、少し舌ったらずな返事。明るい子供に癒されて疲れが吹き飛んだ。仲睦まじい様子に心が温まる。
「サニー姐おかえり……っ、誰だよお前ら! どうしてここにっ!」
先の子たちより少し大きい男の子が現れて、彼女たちを庇うように前に出て両手を広げる。鋭い眼力でこちらを睨む。
「あー、いーのいーの。そいつらはアタシが連れて来たんだ。ちょっと込み入った話がしたいからガキどもを頼むよ」
「それならオレも」
「大丈夫だって。任せたよフォルティス」
「…………わかった」
自分の胸を叩き少年に向かって明るく笑って見せた。まだなにか言いたそうな顔をするもグッと飲み込んで苦虫を嚙み潰したような表情で頷いた。わたしたちを忌々し気に睨め付けた後、子供たちを連れて奥に戻って行った。
「悪いな、こんな状況だもんで神経質になっちまってんだ。悪気があるわけじゃねぇから大目に見てくれ」
「仲間想いの優しい子ですね」
「だろ?」
申し訳なさそうに謝罪する。その目は子供たちがの後を追い、哀愁を漂わせる。しんみりした空気が落ちて、悲しそうな彼女を元気づけたくて、声を掛けると誇らしそうに笑った。