護衛の騎士
インビティア領が領都と呼ばれているのは昔の名残があるからだ。まだ一つの国だった時、この地は国の中心部、王都だった。当時のまま城は形を保ち、現在は領王が住んでいる。インビティア領は特別で、領主ではなく領王と呼ばれている。
三人を乗せた馬車は城の中へと入って行った。
「え?」
思わず声が漏れた。馬車は一度として止まることなく門をくぐった。僅かに見えた門番は動く気配が全くといっていいほどなかった。詳しくは知らないがこう、検問とかするのではないだろうか。仮にも城、領王が住まう地だ。警備が緩いとは到底考えれなかった。頭を悩ませている内に馬車が止まった。
ミレスが扉を開けて外に出る。レビィに先を促されたので馬車から出ると目の前には使用人たちがずらりと並んでいた。その光景はまさに圧巻だった。一斉に息の合った動きで頭を下げる。
「おかえりなさいませ王女様」
「え…………ええええぇぇぇぇ!!??」
わたしの悲鳴が天を切り裂くように響き渡った。驚いているわたしを気にも留めずに歩き出す二人が見えて、慌てて後に続こうとすると阻まれた。
「あなたはこちらです」
「……ひゃい」
とてもいい笑顔ですごまれる。反論は許さないという気迫を感じる。がっちりと肩を掴まれて言うこと聞けと圧を掛けられる。コクコクと頷くと後ろに控えていたメイド三人衆に連行された。助けを求めようにも既にレビィの姿は見当たらなかった。
「ま、待って下さ……わぷっ」
あれよあれよと運ばれて、部屋に入ったと思ったら服を脱がされた。華麗な手際で抵抗虚しく全裸にされた。驚いて固まっている隙に風呂に放り込まれる。
現在、三人のメイドによって体や髪を丹念に洗われている。確かに、汚れてるけど!
「わたし、自分で洗えますっ」
「……」
「無視ですか!?」
同性と言えど他人に裸を見られるのは恥ずかしい。ましてや洗われるなど!
――穴があったら入りたい。
どんなに抗議しても聞く耳を持たず、というか聞いてくれてるのかも怪しい。一言も発さないし。完全に職務と割り切っている感じだ。出来るメイドさんたちは態度こそ強引だけど仕事ぶりは丁寧だった。
痛くはない。どころか、気持ちいい。埃かぶりの汚れた体がみるみるきれいになっていく。最初の泥水の如く黒に染まった水が流れる様は絶句した。確かに地下にいたときは体を清潔にすることはなかった。つまり何日も洗っていないわけだけど、まさかここまでとは思ってもなかった。軽くショックを受けたよね。抵抗する気力を無くすぐらいには。
埃や塵が絡まって櫛を通さなかった灰色の髪も汚れが落とされさらさらになった。黒ずんだ肌も汚れ一つなくなった。さらにはマッサージまでしてくれた。その時にはもう恥はなくなり、ただただ身を任せていた。
――気持ちよさに溶けてしまいそう。
だらりと力を抜く。しまりのない顔をしている気がしないでもないがこの心地良さを前にすべてがどうでもいいと感じてしまう。極楽とはまさにこのことを言うのではないかと思ってしまえるほど、とても良かった。
「ありがとうございました」
火照った体のままお礼を言うと彼女たちは一礼して退室していった。結局、最後まで声を発することはなかった。私語厳禁なのだろうか?
特に指示もなかったので部屋の椅子に腰掛けているとレビィが入ってきた。服が変わっているし見るからに肌艶がきれいになっているから彼女も清潔にしてきたのは明白だった。暗い地下で見た時でさえ美しいと思ったが、改めて明るいところで見ると美しさが際立つ。容姿しかり所作しかり。完成された美を目の当たりにした。
すぐに紅茶が用意された。紅茶の爽やかな匂いが鼻を擽る。微妙な時間ということもあってお菓子と軽食も用意してくれた。
「それにしても驚きました。レビィは王女だったんですね。は! 数々の無礼を――」
「構いません。わたくしは王女としてではなく、同じ英雄の末裔としてあなたに会いに行ったに過ぎません。わたくしとあなたは対等な存在なのですからどうぞお気になさらずに」
「分かりました」
レビィは対等な存在と言うけれど、親しくなることはないなと心の中で溜息をつく。一つは理由はなんであれ助けてもらった恩があること。もう一つは今もレビィの後ろに控えているミレスの鋭い眼差しがビシバシと飛んでくること。少しでも目に余る行動をすれば飛ぶ鳥を落とす勢いで攻撃してきそうだ。冗談ではなく。馬車で手を払われたときは焦った。レビィの行動に驚いたのもあるけど、ミレスからの極寒零度の眼光に身を竦めて動けなかった。
「それにしても、王女なのによく旅に出る許可が下りましたね」
「わたくしの使命ですから。お父様も納得してくださっています。それどころか、惜しみない支援を約束していただきました。資金や馬車、騎士団までをも付けてくださいました。それもあってあなたにも安全で快適な旅を保証できます」
「そ、そうですか……」
想像より規模が大きそうだ。しかも王女の父親って領王だよね?
可愛い子には旅をさせよって言葉を聞いたことがあるけどそれにしては過保護ではないかと思わなくもない。まあ、こちらとしても有り難いので文句はないけど。
「そうでしたわ。あなたに合わせたい人がいます」
「わたしに?」
レビィが思い出したように手を叩く。入りなさいと声を掛けると部屋の扉が開かれ一人の男性が入ってきた。スラリとした体躯に精悍な顔。騎士の装いに腰には剣を携えている。空の青のような瞳が真っ直ぐこちらを見つめる。
「巫女様の護衛の任を賜りましたエクエスと申します。何なりとお申し付けください」
世俗に疎いがそれでも彼が美形の部類に入るということは理解できる。ニコリともせず媚びない様が質実剛健な印象を与える。真面目でいい騎士なのだろう。だからこそ自分には不相応な方だと思った。けれど、レビィの厚意を無下にすることもできない。まあ、拒否権はないけれど。
「カンナギです。よろしくお願いします、エクエスさん」
立ち上がって一礼する。うーん無表情!