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死に至る罪  作者: 猫蓮
帰趣
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罪とは何か

 見つめ合ってからどれほど時間が経っただろうか。長い時間が経過したようにも感じるし、一分にも満たない短い時間、はたまた一瞬のようにも感じる。時が止まっているような不思議な感覚。


 ――無音


 静かと呼ぶには音が無さすぎる。風が吹きすさび、雷鳴轟き、大地を鳴らすピュシスの脈動。脳裏を穿ち、身を蝕み、甘言嘯く悪魔どもの囁き。湧き出す生命の雫、擦り揺れる振動、脈々と打ち鳴らす鼓動。

 いずれの音もしない完全なる無音。すべてが止まったような――


 ……………………心臓も?



「ッ、ゲホっ!」


 吐血した。それと同時に止まった世界が動き出したように聞こえなかった音々が耳に入る。本当に、先程の感覚はなんだったのだろう。咳き込みながら考える。


「ふむ。まあ妥当か」


 いつの間にか腰を上げていたかの御方は静かに呟く。衝動が収まって顔を上げようとした時、頭の上に手を乗せられる。


「っぁああああ゛あ゛あ゛!!!!????」


 頭の中を、脳を揺さぶられているような強い刺激。引き受けた約二千年もの記憶が超高速で逆再生される。認識できないほどの速さ。脳がそれを処理しようとし、頭が熱を帯びる。膨らんではち切れるのではないかと錯覚するほどに苦しい。


 頭に手が乗せられている。たったそれだけなのに頭が動かせなかった。いや、もしかしたらほんの一瞬の出来事だったかもしれない。

 プツンと記憶が途切れると同時に支えを失ったかのように前に倒れる。地面に手をついて体を支え、右手で何ともない頭を押さえる。


 そう、なんともない。痛みも熱も。すべて幻だったかのように何ともなくなっていた。異変は脳内だけではなかった。身を蝕むかのような不快感もすべて消えていた。


 見開いた目のまま顔を上げ、かの御方を仰ぎ見る。


「いつまでも隔離して保管していたでな、均した。全く、おかしなところで器用な奴だ」


 何を仰っているのか分からな――


「分かるだろう。神子」

「っ!?」


 心を読まれたように言葉を発せられる。


 分かる。いや、知らされたと言うべきか。七つの『力』を身体に馴染ませ、さらに神に関する知識を入れられた。それによって目の前の神がこんな行動を取った真意を知ることになった。


 神はピュシス、この世界を創造した。光と闇、水と天、陸と植物、太陽と月と星、魚と鳥、獣と人間。そしてつくりたもうた世界をただ眺めていた。争い、捕食し、殺し合い、奪い合う様を。何があろうと何が起ころうと、ただただ傍観していた。


 不干渉を解いたのは御子(わたし)という異常個体が生まれたからだ。神の器なりえる性質を保有していた特殊個体。それは神さえも予想だにしなかったモノ。だからこそ、興味が湧いた。

 しかし、御子は空っぽだった。正しく器だった。意思のない人形のようなそれを神にしたところで()()()()()。だから()の力を与える前に中身(こころ)を形成させるように仕向けた。


 それが修道女としての道だった。教会の者に知識を教わり、訪れる信仰者の心に触れる。けれども御子は知識は吸収しても感情を理解できなかった。自我が芽生えても、自我は目覚めなかった。


 人間の自我には二つある。探求的知性の第一の自我と社会的知性の第二の自我だ。まず第一の自我が外に向かって表出する。それを他者が受け止めて切り返すことにとって第二の自我が形成される。それを繰り返し二つの自我がつながり統一することによって自己は決定する。

 しかし御子はその工程を無視した。第一の自我の前に第二の自我が誕生し、それだけが育った。主体性がなければ人形のままだ。


 神は自己形成を諦めた。だからこそ代用品を用意した。その最終仕上げが今、完了した。


「一つ、教えて頂けませんか? なぜ、心の基に罪人をお選びになられましたか」


 彼ら七人は十の戒律を犯した者。悪に染まりし罪人。経緯はどうあれ大罪人だ。心を形成させるための人選がなぜよりにもよって彼らだったのか。


「罪とはなんだ」

「主の御心に沿わない行為です」

「それは誰が決めた」

「御自らが……っ! ぁ……」


 違う。違う違う違う。違う!

 神は世界を創造してからは不干渉だった。世界に存在して、しかし世界に関与しなかった。だから、わたしの根底、聖書の内容はすべて人間の妄想でしかない。知らぬ神を想像して書いたに過ぎない。


 神は人を裁かない。裁く必要がないからだ。

 神は人を憐れまない。憐れむ必要がないからだ。

 神は人間を愛さない。人間に興味がないからだ。


 神は人間を創造した。しかし、創造しただけだ。人間が虫を見て虫と思うのと同じように、神は人間を人間としか見ていない。神にとっては光も闇も水も天も陸も植物も太陽も月も星も魚も鳥も獣も人間も同じだ。人間が勝手に特別視されていると勘違いしていたに過ぎない。


「何を想い何を感じようと今がすべてだ」


 何も答えずに頭を下げる。

 神として申し分ない自我、それは強い感情による自己主張。適した人物が大罪人だった。


 どれだけ過去を悔やみ歯噛みし惜しみ憤慨しようとも時間が巻き戻りはしない。やり直すことができなければなかったことすることもできない。


「わたしは主のお望みに叶いましたでしょうか」

「元から期待などしておらん。だが、なかなか楽しめたぞ」

「ありがたき幸せ」


 悲しい。モノリス(わたし)がすぐに行動に移せば被害者は数十人にも増えなかった。そうすればカンナギ(わたし)が、後継者たちが、末裔が悲観するほど苦しむことはなかった。神の器(わたし)が存在しなければ、ピュシスは修復不能になるほど壊れることはなかった。


 カンナギ(わたし)モノリス(わたし)をゆるせない。カンナギ(わたし)神の器(わたし)をゆるせない。しかしこれは知っているからそう思っていることであり、知ったからこその感情だ。モノリスだった頃は知らないかったし、神に至る前のカンナギだった頃も知らなかった。


 知る気はなくとも知ってしまった。神の器が無意識に中身を求めた。モノリスだけでは満たされず、数十にも及ぶ強い感情を持ってようやく器を満たすことができた。零れる前に神によって蓋をされて完全になった。

 存在は完全となったが寄せ集めの中身では果たして完全体と言えるだろうか。混ぜて合わせて一つにしたとしてもそれは純粋な「()」にはならない。


「ペシマムと名乗るが良い」

「御名を賜ります。我が父、ティア様」


 それは不完全な人間とどう違うのだろうか。しかし、わたしは神に至った。神になったのだ。

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