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死に至る罪  作者: 猫蓮
帰趣
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神の降臨

 神の墓。そこには昔、岩のドームが建てられていた。聖教会の中でも特別な意味を持つ聖堂と呼ばれていた建物だ。大まかな働きは他の教会と同じ。ただ一つだけ他の教会とは異なる部分があった。聖堂には神が住まう住居があった。


 しかし、神が討たれたと同時に聖堂は崩壊した。被害は聖堂だけに留まらず、辺り一帯にまで及んだ。

 緑豊かだったそこは神の血が流れ不毛の地になり果てた。草一本も生えぬ地には木も建物もなく障害物と言えるものがない更地になっていた。


 嫉妬なる者の根回しにより、呪われた大地として人が立ち入らないようにされていた。その一帯の地面が黒く染まっていたのも確固たる要因になった。


 神の墓はどの領地にも属さない。けれども大陸の中央に位置している影響で七つのどの領地にも隣接していた。国だった頃は物流の要だった場所だ。一転して物流は滞ることになった。最も重宝していたルートをすべて失ってしまったのだ。

 グラ領と正反対に位置するアバリティア領は飢饉が深刻になった。強欲なる者が穀物を需給するためにどうにかして神の墓を突破しようとしたが結果は不可能を突きつけられて終わった。重要な足である馬が呪われた大地に足を踏み入れることを拒んだ。どれほど利口な馬であっても近づくことを暴れるほど拒んだ。


 いつの時代でも恐れ知らずの愚か者は存在する。ダメと言われるほどしたくなる無謀者は一定数いるのだ。その者らは神の墓に行き、青ざめた顔で戻って来ては口を揃えて言った。「神に呪われる」と。その一定数の者らによって悪しき神に呪われた大地という説が有力になった。


 後継者の中でもこの地に足を踏み入れた者は嫉妬なる者しかいなかった。自分が平気だったことから神の『力』を有している者しか足を踏み入れるしかできないと思い至った。



 馬車が止まる。命令を下していても本能が拒むのだ。これは仕方のないことだ。足を踏み入れたら動物は壊れてしまうから。それを本能で察知しているから拒絶している。

 馬車から降りて馬を解放すると、逃げるよう走り去っていった。


 大きく深呼吸をしてから神の墓に足を踏み入れる。黒い地面の上を歩く。少し進んだところでナニカを引き摺ったような跡が現れる。これはモノリスが石碑を運ぶ時についた跡だ。重たい石碑を運ぶには引き摺るしかなかったから。けれど、逆に言えばこの線を辿れば石碑に辿り着くことになる。


「父は、わたしが自分の命を捨てるから、わたしを愛して下さるのである。命を捨てるのは、それを再び得るためである。だれかが、わたしからそれを取り去るのではない。わたしが、自分からそれを捨てるのである。わたしには、それを捨てる力があり、またそれを受ける力もある。これはわたしの父から授かった定めである」


 線に沿って歩きながら聖書に記されている内容を暗唱する。情けないほどに声が震えている。主が再び降臨なさるのが嬉しい反面とても恐ろしい。わたしには理解できない崇高なお考えがあっての事だろうが、それでもあのような事態を起こした一端はわたしにあるだろう。これはわたしの罪悪感からくる恐れだ。


 何もない大地にポツンと石碑が一つ置いてある。贖罪と戒めのためにモナリスが運んだ十字架の石碑だ。石碑にはレビィに語った内容が刻まれており、天辺には御髪が奉られている。

 ここは聖堂があった場所だ。七人の罪人によって主のお体が捕食された場所だ。モノリス(わたし)が生活した場所で、モノリス(わたし)が絶望した場所で、モノリス(わたし)が死んだ場所だ。


 石碑に刻まれた最後の一文を指でなぞる。復活した時にこれを見つけて、わたしはこれが主より授けられし使命だと思い込んだ。


 ――すべての終わりの始まり


 石碑の前で膝をつく。手を組み、頭を下げる。目を閉じて深く深呼吸をする。


「愛の源なる天主、主は限りなく愛すべき御者にましますが故に、われ、心を尽くし力を尽くし、深く主を愛し奉る。また主を愛するがために、人をもわが身の如く愛せんことを努め奉る」


 これはモナリスの時に毎日神に捧げた祈り言。最後に「アーメン」と言い締める。


 辺りに漂う空気が変わった。重苦しい重圧感が身を苛める。一陣の冷風と共に雷鳴がする。目を閉じてなおも強い光を感じた。


「面を上げよ」


 頭上より無機質な声が落ちる。感情のない冷たく突き放すような声。それでいて威圧は感じられない。声に従うようにゆっくりと頭を上げて目を開ける。石碑に座りし御方を仰ぎ見て――


「…………」


 そっと視線を逸らす。


 沈黙が流れる。き、気まずい。いえ、しかし! これは不可抗力。そう、不可抗力なのです!


「なにゆえ視線を逸らす」

「……」

「どうした? 顔が赤いぞ?」


 揶揄うような声。お、面白がっていらっしゃる。絶対分かってらっしゃる。確信犯です。だってわたしは頭を下げている。顔なんて見れるはずがない。

 ああ、しまった。つい人間の尺度で考えてしまった。嫉妬なる者に教えたばかりなのに、これでは人のことを言えない。

 ……と、現実逃避はこの辺にしよう。


「失礼ながら申し上げます。何かお召し物をお纏い下さい」

「……ふむ」


 息が止まるほどに美しい精緻なご尊顔。流れるような白金の髪に、細められた同じ色の眼。僅かに上げられた口角が笑みを形作る。女性のように細く滑らかな首筋の下には、男性のようにしなやかな筋肉が見られる。足を組み膝に手を乗せる御姿に後光が差す。彫刻のように完成された美の象徴。


 ただ一つ問題があるとするならば、かの御方は裸だった。


 体勢と角度的に見えなかったから良かった? ものの目に毒だ。服を着てもらったところで何かが変わるのかと言えば大して変わりはしない。ただの布切れ一枚程度でご尊厳が失われたりはしない。

 が、それでもわたしの心の安静のためには畏れ多くも進言しなければならない。でなければ目を開けられない。頭を下げながら会話するのと目を瞑ったまま会話するのとでは全然違う。最初の御言葉に従うにもぜひとも隠してもらわねば!


「これで良いか?」


 先程より近い距離で声が聞こえるなと思いながら顔を上げようとして、距離を取った。ちょっと自分でもどう動いたのか分からないけど、後ろに後退った。目の前におみ足が見えたら反射的に動いてた。


 改めて前を向く。かの御方は石碑から降りていらっしゃった。わたしが先程いた場所の目の前にお立ちになられていた。

 白い布を斜め掛けに羽織られていたので大事な部分は隠されていたのは良かったがそれでも人間離れした美貌を隠せない。それが突然目の前に差し出されては距離を取ってしまうのは仕方のないことだ。そう、仕方のないことである。


「なにゆえ逃げる」

「ひゃい?! お、お許しを」


 ガシッと後頭部を押さえられ、顔を覗き込まれる。距離を離したのに一瞬で近くに参られた。鼻先が触れてしまいそうなほど距離が近く、すぐ目の前に白金の瞳がある。

 覗く白金の瞳には真っ赤に染まった間抜け顔のわたしが映っている。手で顔を覆い隠そうとすれば先んじて組んでいた手を掴まれ封じられる。飲み込まれそうなほどの美貌に目が回りそうになっていると前方からクックッと喉を鳴らすような笑い声が聞こえる。それに一層羞恥を覚える。


「お戯れはおやめください!」


 叫んだ。それはもう大きな声で。ギュッと目を瞑って腹の底から声を出した。


 後頭部に添えられた手の感覚が無くなったので内心ホッとして目を開ける。安易に開けてしまった。

 間近にある白金の瞳が嬉しそうに細められる。


「~~~~!!??」


 不意打ちだ。完全に気を抜いていた。手を離したからって体を離したとは限らないのに。


 全身が熱を持っているかってぐらい熱くなっているのを自覚する。ごまかしようのないほど真っ赤になっているのは見なくても分かる。

 それなのに動けない。もうどこも触れられていないのに見えないナニカで拘束されてるみたいに動けなかった。

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