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死に至る罪  作者: 猫蓮
嫉妬編
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レビィ

 今度こそ覚悟を決めたエクエスの鋭い眼差しが突き刺さる。厳しい顔でわたしを見つめ、剣の柄を握る手に力を込める。首に触れていた冷ややかな触感が無くなったのとわたしが剣に向かって手を伸ばしたのはほとんど同時だった。エクエスは剣を首から離してすぐに腕を切りつけようとした。しかし、刃は腕に届かず、グサリと手に食い込んで動きが止まった。


 驚いて目を見開いた彼は剣を手放した。その隙に距離を詰めて彼の頭を振り払う。吹き飛ぶ彼を一瞥もせずに手に刺さった剣を抜いて、今も自分の世界に入り込んでいる彼女の耳を塞ぐ。


「《止まれ》」


 辺りを見渡しながら声を発する。その瞬間、耳障りな声が止む。しんっと静まり返った場所には橋の下を流れる水流と、目の前でぶつぶつしているレビィの声だけが聞こえる。


 耳を塞いだ手を離してもう一度辺りを見渡す。レビィ以外の聖霊様は見えなかった。


 目を瞑って大きく息を吐き出す。

 真っ当に戦ってもエクエスには勝てない。それはグラ領で十分思い知らされた。だから、わざと自傷して隙を狙った。エクエスの気持ちを利用した。

 だけど、でも……それすらもエクエスは分かっていた。分かっていて、不自然にならないぐらいにわたしの思惑通りに動いた。


 剣を手離した後、エクエスは笑っていた。わたしを見て、笑みを浮かべていた。彼の眼には愛という想いが詰め込まれていた。言葉で言えないから、態度で示す。表情に出にくい彼は瞳に感情がよく表れる。


 胸が痛い。針で刺したような鋭い痛み。何本も突き刺さっているみたいだ。叫びたくなる。声にならない(意味が無い)声で、喉が枯れるまで、枯れてもなお叫び続けたい衝動に駆られる。なぜ。


 ――どうしてこんなにも苦しいのかが分からない


 頭を振る。涙を拭う。頬を叩く。

 切り替えろ。考えるな。迷うな。

 今は目の前の事だ。レビィに集中しろ。まだ、終わってないんだ。


 深呼吸をする。深く、長く。目を開けて、真っ黒な彼女を見る。よし、もう大丈夫。

 さて、それにしてもレビィはいつまで自分の世界に篭っているつもりのか。それほどわたしのことは記憶にも留まらないその他大勢だったのか。悲しい……わけではないが。うーん、何とも言い難い。


 ……と、そろそろ現実に戻ってきてもらおう。えーっと、注目を集めるには音、だっけ?

 レビィの眼の前で強く手を叩く。パンっと乾いた音が鳴った。意識が戻ったようで瞬きを繰り返す。


「思い出してくれましたか? エンヴィー。……まだみたいですね。それではヒントを提示します。レビィとして初めてあった時、あなたは何と言いましたか?」

「…………? あなたの力が必要と」

「その前です。自己紹介で言った言葉です」


 レビィは考えるように眉根を寄せる。あ、これも覚えていないみたい。溜息をつく。どうやらその場の思いつきで口に出したらしい。自分の発言くらいしっかり記憶していて欲しいものだ。それではいつか揚げ足取りに遭いますよ。そのいつかは今でしたね。


「『罪を贖う者』ですよ。わたしの正体に気づいているのかと思ってドキリとしました。ですが、名前どころか存在すら覚えていなかったとは……これは喜んでいいこと、でしょうか?」


 今もカンナギ(わたし)の名前すら憶えていない。本当にただの道具としか見ていない。まあ、それが好都合ではあったのだけど。

 後、わざとエンヴィーと呼んでいるのにそれすらも気づかないってどういうことでしょう?


「改めまして元国王エンヴィー、わたしはあなた方に誑かされた修道女モナリスでした。……思い出してくれましたか?」


 胸に手を当てて仰々しく頭を下げる。顔を上げ、口の端を上げる。

 ようやく思い当たる節を見つけれたみたいだ。大きく目を開いてわたしを凝視する。いや、今の顔を見てもあの頃とは容姿は違いますよ。あ、そこまで覚えていないんでしたっけ。


「クソっ何が望みだ。金か? 地位か? 欲しければなんでもくれてやる。だからさっさと力を渡せ。おれは神になるんだ。邪魔をするな!」

「お金も地位も必要ありません。欲しいのはあなたの『力』だけです。許可が頂けて嬉しいです」


 軽々しくなんでもとは言ってはいけませんよ。その言葉は禁句と教えてもらいましたので、わたしは危険性を十分理解しています。


「なっ、ふざけるなよ!」

「ふざけているのはあなたの方です。ただの人間如きが神になろうなどと、無知も甚だしい。主は唯一にして無二の存在。替えも代わりも存在しない」


 人差し指を天に向かって立てる。するとレビィは不敵に笑う。


「お前こそ忘れたのか? 神は死んだ。おれが殺したんだ。今や髪しか残っていない。その人間如きに殺された神を未だに信仰しているとは馬鹿な奴だ。……っ、何がおかしい!」


 クスクスと笑うわたしを怯えた目で睨めつける。

 おかしい。ああ、おかしいよ。

 笑みを浮かべた顔から表情が抜け落ちる。目を大きく開いてエンヴィーを見つめる。ずっと不思議だった。


「どうして主が人間と同じだと思っているのです? どうして主を人間の尺度で推し量るのです? どうして主は死んだと言い切れるのです?」


 その自信はどこからやってくるのか。死んだという証拠は何一つないのに。殺せるわけがないのに。姿が見えないことが当たり前なのに。


「ヒィ!」

「どうしてかような戯れをなさったのかは一介の人間如きわたしでは推し量ることもできません。主の崇高なお考えを理解するのは不可能ですから。――さて、主が今なお存在している理由をお話ししましょう」


 見やすい様に彼女の前に指を一本立てる。


「先ず一つ目。七人の罪人は主を捕食して『力』を得ました。経口摂取が条件であるなら『力』の継承は同じく、罪人を捕食しないと辻褄が合いません」

「次に二つ目。不毛の地となった神の墓には『力』を持つ者以外が足を踏み入れることができないとされています。原理は分かりませんが世界を創造した主であればこの程度のことは造作もないことでしょう。どうしてこのような土地ができたのか、疑問に思いませんでしたか?」

「それは……?」


 そういうものではないのか、と特に疑問には思わなかったようだ。不可解なことはそのまま受け入れるから成長しないんですよ。

 そして、三本目の指を立てる。


「そして三つ目。わたしが確信したのは神の墓にある石碑です。あれはモナリスが己の戒めとして真実を刻みましたが、わたしが刻んだのは『御髪を霊璽と祀りここに眠らん。』までです。わたしが復活した時には石碑に一文増えていました」

「あれはお前の仕業だったのか。最後……『大罪人の魂を捧げる時、神は汝に応えよう。』……ってまさか!?」


 ここまで誘導すれば無知でも理解する。わたしはこの一文を己の使命とした。


「もう一つ、特別に教えてあげましょう。わたしは継承者ではありません。本来の強欲の末裔はマームという少女でした。そして強欲の力は相手の思考を読むことです」

「は、図ったなぁあああああ!?!?」


 怒りを滲ませた怨嗟を前に殊勝な笑みを向ける。


「そもそも、絶対の存在である主のお力の一部が他者ありきな力であるはずがないじゃないですか。少し考えれば思い至ることです」


 するりと頬を撫でて目を細める。頭突きのように勢いつけて額を合わせる。


「死に至る罪に、つぐないを」


 触れ合う額から熱を感じる。額を通してレビィから莫大な記憶と感情の波が押し寄せる。恐怖に塗れた顔を見納めて、目を閉じる。

 鳥籠の中にいた。渇望して止まない頂きに手を伸ばすも決して掴むことはできない。辿りつけない高みなら壊して堕として手に入れる。破壊の刃を振り下ろし、鳥籠を自らの手で壊し出た。口から出た妬みが嫉みとなって己の首を絞めつける。


 プツンと流れ込む記憶が止まり、わたしは息を吐き出した。

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