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死に至る罪  作者: 猫蓮
色欲編
42/61

花が意味するもの

「……て」


 緩やかに体を揺さぶられる。


「……起きて」


 声に誘われるようにうっすらと目を開く。ぼんやりとした視界に人影が映っている。わたしを覗き込んでいるのだろう。覚醒していない頭で目の前の人影を眺める。


「あ、やっと起きた。魘されていたけど、大丈夫?」


 子供特有の少し高い声。声が聞こえた方向は光源があるのか明るさがあった。だんだん意識がはっきりしてきた。それと同時に今の状況に不可解さが浮き彫りになる。自覚すると、一気に眠気が覚めた。


 勢いよく上体を起こす。その折に隣から子供の驚く声が聞こえる。声の方を向くと、大きく目を開いて驚いている少年がいた。フォルティスと同じくらいの年だろう男の子。声変わりはまだのようだ。


 辺りを見渡す。どこかの宿だろうか。部屋の中には現在座っているベッドと少年の後ろにある簡易な机以外なかった。後はドアと窓だけ。小さな窓を見る。下の方は明るくて上の方は暗い。

 えっと、西教会に着いたのが宵の口から少し時間が経った頃。だとすると、今は夜半前くらい?


「もし、エクエスさんを呼んでいただけますか?」

「エクエスさんってだれ?」

「青い髪の騎士さんです」

「知らない」


 二人して首を傾げる。

 うーん、困った。エクエスはわたしがいつ起きるか把握しているだろうから顔を見に来ると思ったけど、過信だっただろうか。西教会がどうなったのかとか、今がどの辺りかとか知りたかったけど。まあ、それは明日の朝会った時でもいいか。


 考え事をしていたら、同じく頭を捻っていた少年が思い出したように声を上げる。


「もしかしてあなたを売った人の名前? ごめんね。素性は教えられていないから分からないんだ」


 苦笑交じりの声が発した言葉に思考が停止する。なんだか認識に齟齬が生じているような気がする。それも、とても重大な部類の。


「ここは宿屋ではありませんか?」

「ここは娼館だよ。ルクリア領一の高級娼館」

「うそ……」

「本当だよ」


 わたしの問いに彼は少し目を瞠り、悲しそうな微笑を浮かべて答える。その目には哀れみを抱いていた。


「嘘、嘘です」

「残念だけどこれが現実だよ」


 とても困惑していた。意味が分からなかった。だって、だって――


「お花畑じゃない……!」

「そう……え?」


 頭を抱えたわたしの耳に素っ頓狂な声が聞こえてきた。


 昔、自他共に認める良い趣味をしている同僚がいた。彼は空が暮れ始めた頃から気がそぞろになり、晩の祈りを終えると颯爽と外に出て行く。曰く、夜は花を愛でるので忙しいとのこと。そしてある日、彼は強い匂いを纏っていた。

 そこでわたしは思い至った。彼はお花畑に行っていると。星空に見下ろされながら、野に咲く色とりどりの花々を愛でているのではないか。なるほど、確かに素敵な趣味だ。

 しかし、残念なことに連れて行って欲しいとお願いしても崇高な行為なので一人で行かなければならないと素気無く断られてしまった。さらには娼館は男のみが行くことを許された神聖な場所だと言われた。ズルい。


「えっと、何て言われて連れてこられたのかは知らないけど、多分あなたが思っている花畑じゃないと思うよ。花を手折るって行為は間違ってないけど」

「花を手折る? お花屋さんですか?」

「まあうん。……うん? 待って、多分、いや絶対勘違いしてる!」


 なるほど、と納得していると少年が慌てて否定する。なぜ。


 それから少年に娼館とは何で誰が何をする場所なのかを懇切丁寧に教えてもらった。わたしが正しく理解したところで少年は疲れた様に椅子に体重を掛けて姿勢を崩す。わたしはというと、両手で顔を覆って赤面していた。


 ルクリア領は別名眠らない街とも呼ばれている。名前の通りここでは夜でも人の賑わいが絶えない。夜間でも日中と変わらず街が機能している。それどころか夜間の方が人が多いという他に類を見ない街だ。街を照らす灯りは昼のように明るく、大通りを歩く人の姿がなくなることもない。

 それは子供であっても例外ではないらしい。この少年がいい例だ。しかし、みんないつ寝ているのだろうか。体調が心配だ。


 少年、ゲンはこの高級娼館で下働きをしているそうだ。子供であっても男である彼はこの時間、客が出入りする表を出歩くことが出来ない。それでも完全に閉じこもってなくてはいけないわけではなく、客が入ってこられない生活区域内なら比較的自由に行動が許されている。

 そんなわけでこの時間に仕事がないゲンが、わたしの世話役を命じられた。


 わたしが娼館に連れてこられたのは今日の夕方前とのことだ。ゲンは館主に夜半頃に目が覚めるから世話するようにと言付けられた。


「はい、水。ずっと寝てたけどお腹空いている? 何か軽食でも持ってこようか?」

「ありがとうございます。お願いしてもいいですか?」

「うん。あ、この部屋から出ちゃダメだよ」

「分かりました」


 机に置かれた水差しからコップに水を注いで手渡すと、ゲンは人差し指を立てて言い付ける。素直に頷くと、彼は部屋を出る……前にまた言われた。そんなに信用ないのか。悲しい。


 束の間の一人の時間。水を飲んで一息つく。


 西教会はスペルビア領の端、ルクリア領側にあった。馬車で向かったのはシルファを助けてからそのままルクリア領に向かうためだ。

 売られた云々は一先ず置いておく。レビィのことだから色欲の末裔はここにいるのだろう。しかし、そうだとしても何も寝ている間に放り込まなくてもいいのではないだろうか。というより他にもっといいやり方があったのではないかと思わなくもない。身請けするとか乗り込むとか。


 娼館がどういう施設なのか知った今、ゲンがわたしに哀れみの目を向けた意味を理解した。

 不意にエクエスの顔が脳裏をよぎった。彼は大丈夫だろうか。何事もなければいいのだけど。


 ゲンが戻り、持ってきてくれたご飯を食べながら娼館について、今度は生活部分のことを教えてくれた。

 娼婦は日が暮れる辺りから起きて準備を始める。空が暗くなった頃に開館する。客の指名、または要望や金額によって娼館側が相手する娼婦を決める。娼婦は指定された時間まで共に過ごし、それを明け方まで繰り返す。夜が明けると閉館し、娼婦は寝れる。


 全くの昼夜逆転なんだと感心して聞いていると、はたと思い返す。話によれば娼婦に自由な時間は殆どないらしい。娼婦同士の接点もあまりないのだとか。

 それは困る。非常に困る。


 末裔が娼館(ここ)にいるというからには娼婦として働いているのだろう。そして女であるわたしがここに入れられて何をするのかは想像に容易い。


 娼婦は基本出歩かない。気軽に出歩くことができない。外に出るには申請しなければいけないし、監視が必ず付く。これは脱走や誘拐を視野に入れている。

 表玄関にも裏玄関にも番犬と呼ばれる男たちが控えており、許可のない者は通れないし強行突破も現実的ではない。外出申請は三月勤めてようやく権利を与えられる。文も同様だ。知人に会いたいのなら客として来てもらわなければ会うことすら叶わない。それも男性限定の話だ。


「ふんふん」

「取り敢えずこんなところかな。何か聞きたいことはある? というか理解できてる?」

「できてますよ? わたし、物覚えが良いんです」


 胸に手を当て、鼻高々に言い切る。するとゲンは溜息をついて頭を押さえた。ダメだこれって信じられていない。なぜ。

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