旅は道連れ
目が覚めてパチパチと瞬く。飛び込んだ光景にはてなが浮かぶ。寝起きの頭を働かせてああ、と思い出す。地下、というか教会から出たんだった。
「よく眠れましたか」
「はい、それはもうぐっすりと」
目の前に座るレビィと目が合うと微笑まれる。寝顔を見られた恥ずかしさを隠するように頬を掻きながら答える。
座り直してふと外を見ると日が昇っていた。外の景色は街中ではなく街道だった。
「もしかして、ずっと走ってました?」
「ええ、夜通し走り続けてもらってます。それでも少しは休息していますよ。昼には領都に着くのでもう少しの辛抱です」
ふうんと相槌を打つ。実は地理に詳しくないのでよく分かっていない。どこにいてどこに向かっているのかは分からない。領都と言うからには栄えているところだろうか。
二人はすでに朝食を済ませたらしく、昨日の残りのサンドイッチを頂く。相変わらず美味しい。だんだんと頭が冴えてきて疑問をぶつける。
「力が必要って言っていたけど、何をすればいいですか?」
「そうですね。今のうちに話しておきましょう。改めて、わたくしはレビィ。七英雄の一人、嫉妬の末裔よ。彼女は護衛のミレス」
「わたしはカンナギ。……その、七英雄って何です?」
首を傾げるとレビィは目を瞬いた。
「英雄譚を聞いたことない?」
頷くとレビィが英雄譚を聞かせてくれた。
その昔、この世界には悪しき神がいた。その神は植物を枯らし、川を汚し、人々の心に陰を落とした。大地は荒れて作物は育たず食糧難に陥った。街では絶えず暴動が起きた。次第に人々は疲弊していった。空は分厚い雲が太陽を隠し陽の光すら奪われた。地上は昏く陰鬱とした空気で満たされた。
そんな中、国を救うべく七人の勇者が立ち上がった。彼らは苦難の果て、ついに神を討ち滅ぼすことに成功した。たちまち天が開き光が注がれる。大地と人々に元気が戻った。七人の勇者は七英雄と称えられた。国は七つの領地に分けられ、それぞれを英雄が統治し繁栄させた。
「七英雄はそれぞれ特別な力を持っています。彼らが亡くなった後、その力は後継者に引き継がれています。体に刻まれた刻印が英雄の力の証です。領主は代々刻印を持つ者が治めるようにと決められていました」
左手の甲にある刻印をまじまじと見る。英雄の力の証。確かにこの刻印が刻まれてから変化が生じた。けれど同時に首を傾げる。領主とかけ離れたような環境に居たけれど。
「ここからが本題です。長い年月が経て世界はとても豊かになりました。慣習は風化され、領主は相応しい者が就くようになりました。英雄の力に頼る必要が無くなったのです。しかし、今でも力は継承されています。あなたのように利用されたり、過ぎたる力に苦しまれています。わたくしは彼女たちを救いたい。そのために、あなたの力が必要です」
「わたしの力……?」
「あなたがいた教会では罪人の更生が行われていました。罪の意識に苦しむ犯罪者は教会に赴き、告解を受けます。部屋から出た彼らは一様に罪を犯したときの記憶を失っていました。あなたが彼らから記憶を奪ったのではないですか?」
レビィの推測に顔を顰める。彼女の言う通り何人もの記憶を奪った。どれもこれも苦しい記憶だ。恐れ絶望し、はたまた悲しみ愉悦に満ちた感情。あそこでは巫女と呼ばれた。神に代わり罪をゆるし救いを与える巫女。穢れを浄化させ清らかな心身へと癒す巫女。
意味なんてないのに、と心の中で卑下する。例え忘れたとしても完全になかったことにはできない。犯した罪が消えることはない。罪を犯せば裁きが下る。そこに例外はない。必ず、だ。
「あなたにはわたくしと共に各領を巡る旅に同行してもらいます。その先々で末裔たちを救っていただきたいのです。あなたの強欲の力を使って」
「強欲……?」
「便宜上そう呼んでいます。ミレス、地図を」
ミレスが地図を広げる。
「あなたがいたアバリティア領は強欲。これから向かう領都インビティア領は嫉妬。イラ領憤怒、グラ領暴食、ピグリティア領怠惰、スペルビア領傲慢、ルクリア領色欲。とこのように左回りで回る予定です」
レビィが指で指し示しながら説明する。
「もちろん移動はすべて馬車で回ります。食事や宿もすべてこちらで用意します。あなたは末裔を救うことに集中してください」
「……分かりました。これからよろしくお願いしますレビィ」
返答に満足気に頷く。助けてもらった時点で決定事項ではあったものの、協力的の方が喜ばしいいことだろう。彼女に笑い返してそっと窓の外を見る。話していたらだいぶ時間が過ぎていたらしく街が見えてきた。あれが領都なのだろう。
窓に手を伸ばすと刻印が目に入る。二重丸の刻印。心の奥底に沈む記憶とともに体に刻まれた印。ふと浮かんだ疑問を口に出す。
「レビィも苦しいですか?」
「ええ、とても」
忌々しいと言わんばかりに吐き出す。憎悪に満ちた表情をしている彼女に手を伸ばすとパシンッと払われる。レビィはハッと我に返ってすぐに笑みを作った。
「驚いてしまって、痛くはない?」
「い、いえ……大丈夫です。わたしこそ、突然ごめんなさい」
「わたくしは最後にお願いするわ。この目で見届けたいの。その代わりと言っては何だけど、その時はわたくしのお願いを聞いていただけるかしら」
「どんなお願いですか?」
「その時になったらお話します」
「……分かりました。レビィのお願いならわたし頑張ります」
「ありがとう。あなたにしか頼めないことだから嬉しいわ」
剣呑な雰囲気はすぐに鳴りを潜めて元の和やかで静かな空気に戻る。そうこうしている内に街に入った。馬車の中からでも街の賑やかさが耳に届く。窓の外に目を向けると、道行く人々は顔を上げて楽しそうに笑っていた。それは今日より明日がいい日になると信じている幸せな風景だった。