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死に至る罪  作者: 猫蓮
傲慢編
39/61

シルファ

「カンナギ様、制圧が完了しました。一先ず地上に戻りましょう」

「分かりました。動けますか? シルファさん。ゆっくりでいいですからね」


 アンシラに構っている間にこの場に居た信徒は粛清された。周りを見ればすでに騎士は撤退を開始していた。


 錯乱状態に陥ったシルファを支えながら歩こうとする。が、ここでちょっと問題があった。

 シルファは自分で歩くことができない。脱力した状態と言えばいいだろうか。そしてわたしは憤怒の力がある。抱えることは可能なのだが、何分体力がない。多分、持ってステージを下りるまでだろう。


 ――とってもがんばって、だよ……


 なので肩を貸して歩こうとすればこれまた難しい。あれは本人に少なからず歩く意思があるからできるわけで、抱えるのと差異はない。ちなみに脇の下に手を差し入れて引き摺るのも同じだ。

 後、力が強くてうっかりと言うのもないことではない。というより、それが一番危惧していることだ。悲しいかな制御ができない。単純な動作ならまだしもちょっと複雑というか手いっぱいになると途端にダメになる。


 まごついていたわたしを見かねたエクエスがシルファを抱き抱える。先を歩く彼の後に続いて階段を上る。数段上ったところで後ろを振り向く。死屍累々。


 誰一人として聖霊様は見られなかった。なるほど、聖霊様も帰天されるのか。いや、考えなくとも当然か。人格は魂に付随する。切っても切り離すことはできない関係なのだから。


 近くにあったろうそくを掴んで彼らの方へと投げる。ろうそくは火を灯したまま地面に落ちる。火が近くにある布を燃やし、一気に範囲を広げて燃焼する。


 さて、わたしが居た正教会は石造であったがここ西教会は木造である。恐らく教会を建築するに当たって伐採した木材を再利用でもしたのだろう。そして、地下も同じく木造である。


 わたしは階段を上りながら目につくろうそくを次々倒していった。するとどうだろうか。地下は黒煙が充満し、火の手が上がる。それはそのまま階段を地上までをも燃やし尽くしてくれるだろう。


 信徒の肉体は燃え、灰になる。これでは仮に復活の機会を与えられても魂が入る肉体はなくなる。

 いけない、口元が緩んでしまう。躍り上がって喜びを表現したい気持ちを抑える。これはさすがにやってはいけないことだ。例え相手がどれほど憎かろうと、死を喜ぶ姿を見せてはいけない。


 エクエスが先を歩いてくれて良かった。こんな顔を見たら驚かれてしまうだろう。足取り軽く階段を駆け上がった。疲れてすぐにスピードを落とした。


 地上に上がるとエクエスはシルファを椅子に座らせた。力が抜けた様にぐったりとしている彼女の顔は絶望していた。僅かに残っていた白が黒に飲み込まれそうになっていた。


「シルファさん」


 目の前で跪き彼女の手を握る。下から覗き込むように彼女の目を見る。


「あたくしはどこで間違えた? ただお父様に褒めて欲しかった。あたくしを見て欲しかった。やりたくないけど捨てられる方が嫌だった。あたくしは神になりたくなかった。シーラは、あたくしが奪ってしまった子たちの償いのつもりだった。それも、意味はなかった。……アンシラはあたくしを、シルファを見てくれてると思ってた。でも違った。悲しかった。痛かった。でも、違うの。あたくし、あたくしは……一番にやっぱりって思ってしまったの。友達だと、姉妹だと言って、本当は信じていなかったの……!」


 シルファは独白のようにポツリポツリと言葉を吐き出す。自分の身一つだけでは抱えきれなくなって外に吐き捨てるように見えた。口を挟まず黙って聞く。


 シルファは教団での行為の罪滅ぼしでシーラとして義賊のような活動をしていた。硬貨は信徒が献上した物だった。父の管理下に置かれたそれを盗んでは街の民草に配っていた。

 実際は神であるシルファに差し出された物で、領主はそれを横領していた。シルファは自分の所有物を取り返して使っただけなので悪いことは一切していない。ただまあ、市井に流れた硬貨を信徒が巻き上げ教会に献上すると言う悪循環ができていた。領主が黙認していたのは単純に彼自身にも利益があったからだ。一つはシルファを永く使うため。もう一つは街が潤えば領主である自分の懐も潤うから。


 シルファは親に抗うことができず、心を完全に殺すことも自分の手で終わらせることもできず、シーフとして贖うことで許しを乞うてきた。

 アンシラは弱い心を慰め癒してくれた。それすらも領主の掌の上だと気づかずに。永く刷り込まれた教えは思考を封じ自由を封じた。彼女は本当の外を知らない。いつだって西教会(この場所)に囚われていた。


「お願い……あたくしを裁いて。あたくしもみんなと同じ、ううん、あそこに居る誰よりも一番重い罪を犯したわ。もう、いいの。もう、疲れたわ」

「申し訳ありませんがわたしがあなたを裁くことはできません」

「っ、どうして!?」


 シルファがわたしの目を睨めつける。そのために来たのではないかと暗に言っている。確かにわたしは最初に彼女を虐げるすべてから助けると言った。それを彼女は自分を許せないシルファ(自分自身)をも排除してくれると思った。

 いや、それは完全に間違いではないのだけど、彼女は重大な思い違いをしている。


「シルファさん、人を裁くのは人ではありません。善である主によって人は裁かれます。わたしはシルファさんのすべてを知りません。すべてを知らないわたしにはシルファを裁く権利を持ちません。あなたを裁くこと、それは高慢な行為に値します。ですが、主はすべてを知っておられます。故に、裁きとは主にのみゆるされた至善なのです」

「しゅ……?」

「この世界とその中の生きとし生けるものすべての偉大なる創造主であり、全知全能で最も愛に満ちたお方です」

「…………かみ、さま?」


 大きく頷く。


 ……と、ちょっと大変なことになってきました。火ってこんなに早く燃え広がるんですね。いえ、学がないのでどれほどかの想像すらできてませんが。うーん、焦げ臭い。


「わたしはシルファさんを裁くために来たのではなく、助けに来たのです。わたしにあなたを助けさせてください」


 冷えきった手を温めるように包み、安心させるように微笑みかける。グッと耐える表情を浮かべた後、わたしに倣うように笑みを浮かべた。

 額を合わせると彼女は身を任せるように目を閉ざした。


「ありがとう、カンナギ様」


 光を見た。罪の意識に覆われ、心を疲弊し絶望しても、失うことのなかった輝き。それはどんな逆境にも耐える強い心の表れだった。

 目を閉じる。高鳴る鼓動を落ち着かせ、意識を集中させる。


「罪の悔悛を、ゆるしをあなたに」


 触れ合う額から熱を感じる。額を通してシルファから莫大な記憶と感情の波が押し寄せる。彼女からくる重みを一身に受け止める。

 暗いそこに何もない。光を見つけて手を伸ばしても、何も掴めずまた暗くなる。走って駆けて、拾い上げたものは砂のように崩れ去る。冷たい風が身を凍らせ、天を仰げば嘲笑われる。崩れる足場を蹴り上げ手を伸ばせば、光なき深い底に堕ちていく。


 プツンと流れ込む記憶が止まり、わたしは意識を手放した。

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