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死に至る罪  作者: 猫蓮
傲慢編
38/61

救いの手は果たして

 挨拶は大事。誠意を見せなければ信用は勝ち得ない。何より挨拶もなしに本題に入るのは大変失礼に値する。

 元気は大事。第一印象でほとんどすべてが決まる。笑顔で明るい声で話しかけられた方が安心される。


 そういうわけでシルファに自己紹介した。しかし返る言葉はない。

 不思議に思って彼女を見ると状況を飲み込めていないようで固まっている。司式者が倒れたことが瞬きも忘れるほどの衝撃だったようだ。つまり、挨拶は失敗した。


 それはともかくとして、いつまでも裸なのはよろしくない。サニーも下着はちゃんと着けていた……あ、そっか。

 倒れた司式者改め領主の身ぐるみを剝いでシルファに着させる。深紅のカズラを着たことで大事な部分が隠れた。うん、裸は目に毒だし何より寒いもんね。


 未だ固まっている彼女の手を引いてステージの奥の方に歩く。すると、信徒の一人が声を上げる。その声で他の信徒が意識を取り戻し同調する。やがて声は勢いを増し大きくなる。


「叛賊だ!」

「神が奪われた!」

「巫女をころっ……グァッ!」

「な、なにっギャァ!」


 領主が倒れたと同時に騎士が動き出した。迅速かつ静かに階段を駆け下り、がら空きの背後から強襲した。信徒たちは容赦なく斬られていく。

 元々戦う力を持たない信徒だ。いくら数が多くても対抗する力がなければただの的だ。例え正面からでも同じ結果になっていたことだろう。


「ご無事ですか、カンナギ様」

「はい、大丈夫です」


 エクエスは真っ先にわたしの元に駆けつけてくれた。袖に隠れてシルファを取り返そうとした信徒を斬り、周囲の安全を確保して話し掛ける。

 心配そうに見つめる彼を安心させるように笑みを浮かべる。正直とても気分が悪いけど、それは表に出さない。


 そこへ横からカチカチと音が聞こえた。音の発生源、シルファを見ると歯が振動して当たっている音みたいだ。目を瞠って震えている。白い顔がさらに血の気を失って紙のような白さになっている。刺激が強かったみたい。


「シルファさん。シルファさーん」


 返事がない。反応がない。うーん、困った。

 シルファがわたしに意識を向けてくれないと話もできない。終わるまで待つ? でも最後まで見てる必要はないし、それをしたら彼女の心は砕けてしまう。


 惨痛になる声を聞かせないようにシルファの両耳を塞ぐ。惨痛になる物を見せないようにシルファの視界をわたしでいっぱいになるように顔を近づける。

 意識がわたしに向かう。目が合ったのが分かったので安心させるように微笑む。杞憂だという思いを込めて。


「シルファさん、もう大丈夫です」

「ぁ……」

「わたしはシルファさんを虐げるすべてから助けにきました。あなたの味方です」

「あ、ぅあ……!」


 生気の宿った黒い瞳が輝く。瞬きをする度に眼には涙が溜まり、溢れて落ちる。堰を切ったように号泣する彼女の頭を胸に寄せて抱き締める。


「頑張りましたね。もう大丈夫ですよ」


 後頭部に手を添えて、背中を優しく撫でる。

 あんな儀式を何度も何度も強要されて平気でいられるわけがない。狂わないわけがない。その心はもうとっくに限界を迎えていた。感情を、心を殺して正気を失くすことで堪えていた。細く薄い線一つだけで繋がっていた。これが果たして無事だったと言えるだろうか。悲しいかな。


「ご主人様、ご主人様ぁ!」


 地上で待機していたはずのアンシラの声が聞こえた。ステージの中央で倒れている領主の体を揺すり呼びかけている。動かなくなった肉体を抱えて咽び泣く。

 その声がシルファにも聞こえたようだ。顔を上げて辺りを見渡す。


「アンシラ……?」

「っ! …………、シルファ様!」


 自分の名前を呼ぶ声にアンシラは頭をもたげる。ふらりと立ち上がって、こちらに駆けつけてくる。感動の再会のようだ。シルファも同じく駆け出そうとしたのを抱き締めることで制止する。わたしが体を離さないことにシルファは戸惑う。


「捕らえてください」

「「……え?」」


 駆け寄るアンシラが地に伏せた。うつ伏せにさせられた彼女を上からエクエスが押さえつけている。エクエスに命令したわたしもあまりの手早さに驚きを隠せない。すごい。


 何が起きたのか理解できないでいるアンシラとシルファから呆けたような情けない声が漏れる。ギギギっと音が鳴るような動きでアンシラがわたしに顔を向ける。


「な……なぜです巫女。どうして、このようなことをっ……?」

「あの、アンシラは教会と関係ありません。彼女は味方です」


 口々に言い連ねる。わたしは静かにアンシラを見下ろしていた。危機を感じて焦燥している彼女を。


「なぜ、ですか? それはあなたも同種だからです、アンシラさん。領主とは随分仲がよろしかったようですね」

「っ!? な、んのことでしょう……」


 わたしの言葉の意味を理解した彼女の顔が驚愕に満ちる。シルファは何のことか分からず眉を顰めている。


 領主の館で働いていた彼女が雇い主である領主と仲が良いのは何も不思議ではない。貴族によっては使用人と親し気に接する人もいると聞いたことがある。それだけであれば何も問題はなかった。


「シルファさん、確かにあなたの言う通り彼女は教会とは無関係です。けれど西教会の主教であるあなたの父と裏で結託していました。彼女もまた、私利私欲のためにあなたを生命(いのち)ある道具として扱っていました。父はムチを、彼女はアメを与えることで均衡を保たたせ、永く生かし支配していました」

「そっ、んな……! 違う。違うわ。アンシラ違うよね? あたくしとアンシラは友達だって、っ姉妹のように仲良しで……っ」


 シルファの言葉にアンシラが哄笑する。そこには侮蔑の色を含んでいた。


「ハッ、友達? 姉妹? 誰と、誰かが!? アハハッ! お嬢様って本当バカだよねぇ。いつまでも疑わずに馬鹿の一つ覚えみたいに信じちゃってさぁ。笑いをこらえるのが大変だったわ。一番はあれよ、シーフ様? だったかしら。アッハハハ! いつ聞いても笑っちゃうわ」

「ぁあ、ぃや……っ」

「義賊の真似事までしてさぁ何様のつもり? 罪滅ぼしだかなんだか知らないけどさぁ何をしたって、あんたは何も変えられないのよ。あんたの手は血で汚れてる罪人なの。何人の子供を殺してきたのかしら! 何人の人間の人生を狂わせてきたのかしら! 知らないようだから教えてあげる。シーフ様が現れてから仕事を辞める人が増えたのよ! だって、何もしなくても金が手に入るもの。働くだけ無駄じゃない。街では人殺しが増えたわ! だって、すぐそこに大金があるのよ。奪い合うに決まっているじゃない。あんたは何をやっても同じなの。神と言われようが、救世主と言われようが、やっていることはただの――」


 罵声を吐き散らすアンシラに堪らずエクエスが首を切り落とした。背中を掴み上げて無防備な首を両断。目を開け口を開けた頭が落ち、血の線を引きながら転がって、止まる。


「申し訳ありませんカンナギ様。私情を挟み、ご命令前に手を出してしまいました」

「構いませんエクエスさん。わたしも、これ以上は聞きたくありませんでしたから」


 一番に信じていた人物の裏切りと自らの行いが過ちだったことを知ったシルファは痙攣するように震える。瞳孔が開いて過呼吸を起こしている。力が入らないのか倒れそうになった彼女をしっかり支える。


「シルファさん!」


 彼女が繋ぎ止めていた糸が切れそうになっていた。捕まえるんじゃなくてバシッと最初っからやってもらえば良かった。何も知らないままなのは不憫と思ってのことだけど、知らないままの方が幸せだったかもしれない。どちらが良いかは本人次第だけど、どちらが良いとも判別できないのが辛い所だ。

 結局、ないものねだりになってしまう。知らないから知りたい。けれど知ってしまったら知らなかった頃には戻れない。それが自分にとって好いことでも悪いことでも。

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