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死に至る罪  作者: 猫蓮
傲慢編
35/61

誓いは胸に

 夕食を済まして部屋でのんびりしているとレビィが帰ってきたようで呼び出された。


「少々厄介なことになりました」

「厄介?」


 神妙な顔をした様子のレビィに場に緊張感が漂う。


「スペルビア領領主の娘が傲慢の末裔でした。しかし、彼女は今囚われの身になっています」

「え!? それじゃあ早く助けにいかないとっ。居場所は分かりますか?」


 囚われの身とは物騒な話だ。きっと心細いことだろう。早く助けに行かなければと気が急ぐ。


「場所は郊外にある教会」

「教会……」


 なんだか聞いたことのある話だ。地下に閉じ込められてたりするのだろうか。


「特別な力を授かった英雄、そしてその力を引き継ぐ末裔を神と崇める教会です。そして、明日の夜そこで集会が執り行われることが分かりました」

「は……」


 言葉が出なかった。レビィの言葉に耳を疑った。


「明日の夕刻ここを出立します。傲慢を回収した後、そのままルクリア領に向かいます」


 気づいたらわたしに宛がわれた部屋に戻っていた。部屋に一人。わたしは何をするでもなく立ち竦んでいた。


 異端者。聖書の内容のみを正統とし、誤った解釈を奉じる信徒。あるいは悪魔憑き。異端と断定されれば信徒とは認められず教会から破門、追放される。


 愚かなことだ。今の教会もスロウス(あの男)によって変えられてしまった異端であるのに、さらにその異端とは。すべてマガイモノでしかないのに。

 本当に愚かなことだ。人間如きが神になり変わろうとするなんて不可能なのに。どうして分からないのだろうか。思うことすら無意味なことだと。


 最後まで付き合おうと思ってた。けれど、これは度を越している。一体どれほど、わたしを怒らせれば気が済む。どうしてこうも的確に突いてくるのだろうか。もう、いいだろうか。今すぐにでも――


 いや、まだダメだ。傲慢も色欲も()()なんだ。今、感情に身を任せるわけにはいかない。


 手を組む。無意識に拳を強く握っていたらしい。手から血が流れていた。ふっと自虐的な笑みが零れる。目を閉じて。頭を垂れる。


「主よ、我、罪人を憐れみ給え」



 翌日、出立までは自由時間だと伝えられた。が、今は呑気に外を出歩く気分にはなれなかった。時間まで部屋に籠っていよう。そう思って朝食(タベモノ)を体内に詰め込んで早々にダイニングを出た。

 部屋に戻る道中、廊下を歩いていると腕を掴まれた。緩慢に首だけで振り向くと白……エクエスだった。


「巫女様、外に出ませんか」

「……今は気分ではありません。一人にしてください」

「お傍を離れることはできません」

「ならば静かにしていてください。いつものように」

「それもできません」


 何だ、何なんだ。言われた通り言葉ではっきりと伝えた! どうして分かってくれない。どうして諦めてくれない。どうしてっ……こんなわたしなんかを抱えるの。


「あなたの任務は護衛です。わたしとあなたは護衛対象と護衛騎士であってそれ以上でも以下でもありません。話し相手になる必要はありません」

「巫女様の仰る通りです。ですので、これは()の私情に過ぎません。俺がカンナギ様を一人にさせたくない」


 目を瞠る。これまでもエクエスが感情的になったことは少なからずあった。護衛だから、では説明つかないような行動もあった。

 けれど表面上はわたしの引いた一線は保たれていた。その線引きを今、彼は超えた。自らの意思で、明確に示して、超えてしまった。


「カンナギ様、俺とデートしてください」

「はい?」

「ありがとうございます」

「え、わあ、待ってくださ……」


 掴んだ腕をそのまま引かれて、強引に外に連れ出された。抗議の声はすべて無視されている。前を歩くエクエスはずっと無言で、一切わたしを見ない。強引なのに腕を掴む手は痛くなくて、歩幅はわたしに合わせてくれている。


「着きました」


 ようやく発したエクエスの声にのろのろと頭を上げる。大きくそびえ立つ建物に目を開く。それは昨日、目指していた展望台だった。


「カンナギ様がお望みでしたので」


 本当の願いは聞いてくれないのに。その言葉は彼がわたしに向ける微笑によって封じられた。


 中は壁沿いに螺旋階段が続く。上まで突き抜けている空間はこのまま天まで行けるのではと思わせるほど果てしない。


 自らの意思で足を動かして階段を上っていく。掴んでいた腕は離され、エクエスは前ではなく隣を歩く。

 左手は手すりを、右手はエクエスの手に重ねて一段一段上がっていく。長い多い遠い。永遠に続くのではないかと思ってしまうほどに。

 息が切れて呼吸が荒くなる。それでも足を動かした。足取りはどんどん重くなっていく。一段上がる時間も長くなる。それでもエクエスは何も言わずにわたしに合わせてくれる。わたしの意志を尊重してくれる。


 とても長い時間を掛けて最後の一段を上り、頂上に到達した。足が震えてる。目の前には外に出れるドアがある。エクエスがドアを開けると強風が吹きつける。言葉も疲れも忘れて柵まで駆け寄り、眼前に広がる光景に目を大きく開く。


「ぅ、わぁぁぁ……!」


 眼下に広がる白い建物、彼方まで続く青い海。一線引かれて空の青と白い雲。映し鏡のような光景。二つの空に瞬きを忘れて魅入る。


「見てくださいエクエスさん! 空が二つもありますよ」


 ()()()のように指を差して彼を見る。わたしを見ていた彼とすぐに目が合う。口角が少し上がって目が細められる。それはわたしと目が合ったことに喜んでいるように感じた。

 なぜかその視線に気恥ずかしさを感じる。逃げたくなるような居心地の悪さを感じる。喉が詰まって声が出ない。なぜ。


 わたしを見つめる視線から逃げるように再び風景に視線を移す。移そうとして、エクエスがわたしの手を掴んで跪くから彼に目を向けるしかなかった。


「え、エクエスさっ!」


 片膝を地面につき、身を屈めて、わたしの手を引く。普段は見上げている彼を今は反対に見下ろしている。わたしのきれいな手の甲に彼は唇を落とし、触れたままわたしを見上げる。

 それを身動き一つ、声も瞬きもなく見入っていた。


 ぶわわーっと一気に顔が熱くなる。顔だけじゃない、全身が熱を持つ。あっつい!

 うわー。わああーー!!

 手に意識が集中する。柔らかい、し、息、息が掛かって……!


「不肖エクエス、命に代えてもカンナギ様をお守りします」

「ダメです!」


 叫ぶように出した声はとても大きかった。彼を見ないよう目を強く瞑る。何も考えられない。初めて聖書を読んだ時みたいに頭の中がぐらぐらする。


 強風が吹いてわたしの熱くなった体を冷ましてくれる。涼しいー! 大きく息を吐いて熱の放出を促進する。


「……カンナギ様?」


 とエクエスの戸惑う声が耳に入る。目を開けると傷ついたような顔をしている。なぜ。


 瞬く。

 考える。

 騎士の誓いを拒絶された?

 ………………あ。


 再び目を閉じる。

 どどどどどどどーしましょー!?!?!?

 これ、前回の比じゃないやらかしです。とても大変なことになりました!


 お、落ち着きましょう。

 そうです。彼女も言ってました。やってしまったのは仕方ないと。人生緊急事態(ヤバヤバ)お役立ち講座其の三、人心掌握感情論。それらしいことを()も当然かのように堂々と言う。意外にも物事の大半は勢いで乗り切れる。なるようになる。いや、なるようにする。

 よし、とゆっくりと目を開けて、威張るように見下ろす。


「みだりに命を粗末にしてはいけません。護衛としての任務と存じていますが、わたしのせいでエクエスさんが命を落としてしまうのは嫌です」

「……尽力致します」


 よーしよし。上手くいった! 心の中でグッと拳を握って安堵する。

 それでも、手に負えないと判断しても、エクエスは迷いなく命を懸けることを良しとするだろう。だってあなたは騎士だから。領王に忠誠を誓い、剣と命を捧げた騎士なのだから。


「……守ると言ってくださったこと、嬉しかったです。さ、立ってください。一緒に戻りますよエクエスさん」

「はい」


 重ねていた手を両手で掴んで立ち上がるように引っ張る。促されるままに立ち上がった彼はまだ寂しそうな顔をしている。


 ごめんなさい。例え命を賭けなくてもわたしはあなたを受け入れることはできない。わたしは誰彼に誓われていいような人間ではない。エクエスが誓うべき相手ではない。


 あなたが線を超えてもわたしはまた線を引く。近づいた分だけ距離を離す。

 だから笑う。いつも通りに、初めて会ったと同じように、何事もなかったかのように、わたしは振る舞う。


 大丈夫、大丈夫。これでいいんだ。これは正しいことなんだ。だから、泣きたくなるこの胸の痛みは錯覚なんだ。

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