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死に至る罪  作者: 猫蓮
傲慢編
34/61

恵みの雨

「わぁ~見てくださいエクエスさん! 海ですよ、海! おっきいですね~」

「一応言っておきますが海の近くには行けません」

「分かってます。海の近くに行くとお歌が聞こえて緑のうねうねに足を搦め捕られて海に食べられてしまうのでしょう?」

「……」

「あっ! エクエスさんエクエスさん大変です! ナニカが海に流されてます!」

「ああ、あれは船と言って水上を移動する乗り物です」

「あれがあの船ですか?」

「……ちなみにですが『あの』の部分を教えて頂いても?」

「船に乗ると体の自由が奪われずっとその場でグルグル回り続けて二度と立てない足にされるという」

「いや…………はい」


 同僚から海のことを教わっていて良かったですね。さもなければわたしは海に食べられていたかもしれません。彼女のお陰でこうして危険を未然に回避できるので本当に感謝しかありません。彼女は誰かに命を狙われているらしく、外に出る度に「死ぬかと思った」と呟いていたので毎日心配だった。曰く、危険を鑑みずに好奇心に従うことこそ冒険者だとのこと。何度か連れて行って欲しいとお願いしたけど本人以外から猛反対されて結局ついて行くことは叶わなかった。


 スペルビア領ではレビィのお友達の邸宅に泊めてもらうらしい。とても大きな家で敷地も広かった。

 正直、レビィにお友達がいるのがとても意外だった。文通友達らしい。さすが貴族。

 挨拶してすぐにレビィは馬車に乗ってどこかに行った。英雄の証を持つ者の居場所に心当たりがあるとのことだ。どうやら今回はレビィがお膳立てしてくれるらしい。というわけで待っている間はエクエスと街中を散策することにした。


 スペルビア領は港街だ。白で統一された家々が軒を連ねている。建物の合間からは海が見え、白と青の対比が美しい。

 街中は高低差があり、坂と階段が入り組む。小路がいくつもあり道を複雑にさせている。まるで迷路に迷いこんだかのような錯覚を覚える。


 建物の壁や道が白いので鉢に植えられた緑や彩り豊かなドアや窓が目立つ。けれど主張しているわけでもないので風景に馴染んでいる。コロコロと表情を変えているみたいで歩いているだけで楽しい。


「わあ、とても高い建物がありますね」

「あれは展望台と言います。上に登ることができ、街を一望できます」

「本当ですか!? 行ってみましょうエクエスさん」


 どの建物よりも高いから視界を邪魔されずに遠くまで見渡せるのだと。それはぜひとも見てみたい。下からでも良く見えるので目印にもなる。

 いざ、展望台を目指してしゅっぱーつ!


 分岐している小路を展望台の方、展望台の方へと向かって進む。けれども一向に近づいている気がしない。これは思ったより大変そうだ。


 階段を上がると広場に出た。なんだか開けた場所に出るのが久しぶりに感じる。


「あれは、何をやってるのでしょう?」

「催し物ではなさそうですね」


 広場の一角では大勢の人が集まって人だかりができており、なにやら騒いでいた。異様なことにみな一様に床に這いつくばっていた。気になって近づいてみるとキランと光るナニカがその方から転がってきた。エクエスが拾い上げて見せてくれた。


「硬貨?」

「……見る限り本物のようです」


 エクエスが指で摘まんで何度か返しながら言う。本物って偽物もあるんですか?

 喧騒に耳を傾ければ自分の物だと誇示する声が多く行き交う。彼らの手元を凝視すれば同じく硬貨を握っていた。


 しばらく見ているとぽつぽつと人が立ち去っていく。その手には硬貨を握っていたり袋や帽子にいれていたりと様々だが、急ぐように足早に離れようとしている。ちょうどこちらに歩いてきた男性と目が合ったので声を掛ける。


「もし、少しよろしいでしょうか。先程は何をされていたのですか?」

「あんたら余所者か? これはな、シーフ様のお恵みを頂いていたんだ。シーフ様は時折さっきのように硬貨を恵んでくださるお方なんだよ」


 頂くと言うより取り合っていたように見えましたが、そこは触れない方がいいでしょう。見た感じ相当の量でしたけど、そのシーフ様という方は何者なのでしょうか。ちょっと気になります。


「そのシーフ様はどちらにおられますか?」

「さあな。居場所どころか姿も見たことないんだ。いつも突然空から硬貨が降ってくるからな。会えるもんならぜひとも会いたいさ」

「そうですか。教えて下さりありがとうございます」


 お礼を言うと彼はお恵み頂いた硬貨を大事そうに、あるいは取り落とさないように抱えて足早に去っていった。

 会いたいと言った彼の頭の中は欲に塗れていた。シーフ様に会えば大量の硬貨が手に入ると。なんと欲深いことだろうか。けれど一つ納得のいくことがあった。


「だから外にいる人が多いのですね」

「硬貨欲しさに街を彷徨いているのでしょう」


 ここに来るまでの間に多くの人とすれ違った。慌てるように足早に通り過ぎる彼らの行動に疑問を抱いていた。何かを探しているように必死の形相をしていた。それが一人や二人なら気にならないが見かけた人の大半がそうであれば気にするなという方が無理な話だ。


「シーフ様、お会いしてみたいです」

「失礼ですが巫女様、これは義賊の仕業かと思います」

「義賊?」

「権力者から金を強奪して民衆にばら撒く反逆者のことです。そこにどのような思惑や意図があろうともやっていることはただの犯罪です。民衆にとっては正義だろうと悪行を敷いているのなら罪人であることに違いありません。ただの自己満足でしかない」


 エクエスが憤りを露わにして吐き捨てるように言う。彼の言葉に返す言葉が見当たらなかった。

 自己満足。シーフ様に言っていると分かってても胸に刺さった。痛む胸をそっと押さえる。それはまるで自分に言われているように感じた。


 硬貨というのは無限に湧き出る物では無い。しかし、あるところには大量にある物だ。金持ちの道楽であればわざわざ姿を隠してまで行う必要は無いだろう。

 頻度は分からないが毎回大量にとなると確かに怪しい。あくどい方法で入手したと考えるのが道理だ。そうして手に入れた硬貨を手放すのも理解しがたい。なるほどだから()賊なのか。

 仮に盗みを働いているのだとしたらそれはゆるされざる行いだ。けれども誰かを救っているのもまた事実だった。


「違う! シーフ様は罪人なんかじゃない」


 物思いにふけていたら子供の叫ぶような声が聞こえた。背後を振り返ると一人の少年がエクエスに睨めつけていた。どうやらわたしたちの会話が聞こえていたみたいだ。


「シーフ様はぼくらの救世主様だ。救世主様を悪く言うな」

「こ、こらやめなさい。申し訳ありません」


 威嚇する少年を母親らしき女性が止める。彼女は慌てて立ち去ろうとするが少年は引かなかった。

 そこへ、同じくわたしたちの様子を見ていたらしい二人組の男が吹き出すように笑いだした。


「救世主様、だってよー」

「ひー腹痛てぇ」

「なっ、笑うな!」

「そりゃあ無理な話だボウズ。あんな偽善者を『救世主様だ!』なんて言われちゃあ、なあ」


 少年の矛先が男たちに向かう。怒り心頭で周りが見えなくなっている。女性は酷く青ざめて少年を引っ張るが抗って引かない。


 嘲笑う男と涙を溜めて反論する少年。どちらも間違ったことは言っていない。結局、第三者の意見でしかない。どう捉えるかは個々人の勝手だし意見が異なるのは当然である。

 それは構わない。しかし、だからと言って揶揄うのは間違っている。それは少年に対する侮辱だ。


 エクエスに視線を向けると頷かれた。わたしは少年を庇うように間に入って二人組に目を向ける。

 元を正せばわたしたちが引き金になってしまったのもある。ここは迅速に対処してしまおう。


「善を行う者はいません。ただのひとりもいません。けれど正しい者になりたい、正しいことをしたいという意思を持つ義人を笑うことはわたしがゆるしません」

「『ゆるしません』だってよー。お前にゆるしてほしいなんて思ってねぇよ!」

「もーダメ。限界っ」

「少なくとも、恩恵を享受しているあなたたちはシーフ様にも劣る存在だということが理解できませんか」

「あ? んだとこの(アマ)ァ!」

「調子に乗るのもいい加減にしやがれ!」


 侮辱されたと知って顔を赤くした男たちが怒りを露わにして向かってくる。けれどもエクエスが圧倒してすぐに伸してしまった。倒れた拍子に彼らが持っていた硬貨が転がり出る。野次たちがその硬貨に群がり奪い合う。

 その隙に小路に入り、騒動から離れる。


「そろそろ日が暮れます。展望台は諦めて戻りましょう」

「そうですね。遅くなっては迷惑になります。それよりエクエスさん。帰り道って分かります?」


 街全体が迷路のようなもの。どこから来たのかすら分からないので当然帰り道など分かるはずもなく。展望台を目指していたのになかなか近づけなかったのがいい例だ。さらに言えば邸宅がどこにあって、今街のどの辺にいて、どれほど距離が離れているのかも分からない。


「街の構造は記憶しておりますのでご安心下さい」


 そう言ったエクエスは迷わず突き進む。そして、夜の帳が降りる前に見事邸宅に到着したのだった。護衛ってすごい。

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