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死に至る罪  作者: 猫蓮
旅立ち
3/61

お別れの挨拶

 地下から出ると小部屋に案内された。机の上には誰かの荷物が置かれていた。


「服を用意しましたので着替えてください。わたくしたちは外で待っています。荷物はそのままで構いません」

「は、はい」


 それだけ言うと二人は部屋から出て行った。誰もいないが一言断りをいれてから荷物を解く。叶うなら体を清めてから真新しい服に着替えたかったが贅沢は言えない。待たせるのも気が引けるので素早く着替えて部屋を出る。


「お待たせしました」

「いえ。それでは行きましょうか」

「あ、あの! 司教は?」

「心配せずとも話はついています。鍵を渡したのもあの男ですから」


 それは薄々感づいていた。でなければ地下に入ることも枷を外すことも出来ないだろうから。それと同時に不思議に思う。どうやってあの司教を説得したのだろうか。きっと思いもしない取引があったのだろう。それを聞くのは野暮だと思った。だからその代わり、別のことを口にする。


「司教に挨拶をしたいのですが……ダメ、ですか?」

「本気?」

「お世話になりましたので別れの挨拶をと」


 驚いたように目を見開く。信じられないものを見るような目を向けられて首を傾げる。何か間違ったことを言っただろうか。レビィが深い、深ーい溜息を零す。


「まあ、少しならいいでしょう」

「ありがとうございます」


 居場所が分かるのか教会の中を迷わず進む。不思議に思ったがすぐに思い至った。話はつけたと言ったから実際に会って話をしたのだろう。それなら部屋の場所を知っていても何らおかしくはない。納得してうんうんと頷くと司教の部屋についた。


「ここで待っているから早く行きなさい。くれぐれも手短にね」

「はい」


 廊下を歩いている途中で今が夜だと気づいた。窓の外が暗いからね。地下では時間が全く分からないから少し懐かしい感覚がした。だいぶ毒されているらしい。心の中で苦笑を零し、ドアをノックする。


 入ってきた人物を見て大きく目を開く。いつも冷たい目しか向けられなかったから新鮮に感じた。ハッと我に返り表情を戻す。鋭い視線で睨め付ける。それでも焦りからか威圧感は小さい。


「何の用だ」

「お別れのご挨拶にと」

「結構だ」


 被せ気味に断る。まるで早く出て行って欲しいような焦りが見受けられる。フッと笑んで彼に近づく。予想外だったのか異様に目は移ろいで落ち着かない様子になる。


「今までありがとうございました」

「あ……ああ」


 姿勢を正して一礼する。拍子抜けしたような返答に笑みが零れる。下げた頭では司教から見えないだろうけど。全く何を想像したのだろうか。ただ、お礼をしに来ただけなのに。


「これまでの感謝を込めて一つ、お礼をさせてください。司教」

「なにを……ひぃぃ! く、来るなぁあ!!」


 机を回り込んで近づけば、彼は逃げるように椅子から転げ落ちる。床を這って距離を取ろうとするが普通に歩いているわたしの方が早い。さらには司教がいた部屋はそれほど広さはない。すぐに壁に当たり逃げ場を失う。


「ひっ……や、やめ……、ごめ、ごめんな――」


 イヤイヤ期の子供のように泣きながら首を振る。そこに司教の威厳などどこにもなかった。必死に来ないでと嘆願する彼に笑みが浮かぶ。これでは立場が逆転したみたいではないか。何も彼のように無理に働かせようとしているわけじゃないのに。これでは傍から見たらわたしが虐めているようではないか。


 司教の頭に手を乗せる。それだけで彼は黙ってしまった。白目を剝いて、口を開けて、驚愕な形相のまま固まったように動かなくなった。まるで時が止まってしまったかのよう。そんな彼の前に姿勢を正す。


「さようなら、司教」


 ニコリと笑って一礼する。顔を上げてすぐに体を翻す。物言わぬ男に背を向けた。


「お待たせしました。もう、思い残すことはありません」

「そうですか」


 パタンとドアを閉じる。廊下で待ってくれているレビィに声を掛けると今度こそ教会の外に出る。

 教会の前には馬車が用意されてあった。御者が帽子を掲げて頭を下げる。返すように頭を下げるとミレスから声を掛けられる。見るとレビィはすでに乗ったらしく姿は見られなかった。馬車の前に立つミレスが顎をしゃくり、乗るように促される。乗り込むとレビィが向かいに座るように勧められたので大人しく従う。ミレスも乗り込んで合図を送ると馬車が動き出す。


 ふかふかな座席に身を預ける。それでも汚さないようになるべく地肌が付かないように縮こまる。着替えてよかったと息をつく。安心したからかお腹が鳴った。それもなかなか大きな音で。もちろん音が聞こえただろう向かいに座るレビィが微笑む。


「ご、ごめん」


 おかしいな。地下に居た頃は一度もお腹が鳴らなかったのに。もう手遅れだろうけどお腹に力を入れる。恥ずかしくて顔が赤くなっているだろう。誤魔化すように俯く。


「食事を用意しておいて正解でしたね。隣に置いてあるバスケットの中から好きなだけ食べてください」

「これ?」


 馬車に入る時から気になってた端に置かれた四角いバスケット。蓋がされてあって中身は分からない。食事と聞いてまたお腹が鳴りそうになった。逸る気持ちとお腹を宥めてバスケットに手を伸ばす。蓋を取ると中には色とりどりな具材が挟まったサンドイッチが入っていた。


「美味しそう……」


 卵が挟まった物、お肉が挟まった物、野菜が挟まった物、クリームが挟まった物まである。一つ一つ具が違くてどれもこれも美味しそうだった。思わず唾を飲みこむ。食前の祈りをしてから喜々とバスケットの中に手を伸ばす。

 手に取ったのは野菜が挟まったサンドイッチだ。かぶりつくと目を見開く。


「んぃしい~!」


 口の中が美味しいで満たされる。夢中になって食べているとすぐになくなってしまった。すぐに次のに手を伸ばす。

 別に教会でもらった食事がまずかったわけではない。美味しいかと聞かれたら頷けはしないが決してまずいわけではない。少しでも食べれるだけマシというものだ。贅沢を言ってはいけない。まあ、とやかく言える立場ではなかったけど。


 二つ食べたところでお腹は満たされた。食後の祈りをしてバスケットを元に戻した。お腹が満たされると今度は眠気がやってくる。なんとも欲に忠実な体だろうかと思う。うつらうつらと頭が揺れる。ハッと気づいて眠気を覚ますようにぺちぺちと頬を叩く。何気に馬車の振動も心地いいから余計に眠りを誘う。


「お疲れでしょう眠って構いませんよ。着いたら起こします」

「そう? なら、言葉に、甘えて……」


 限界だったのか言い終わる前に眠りに落ちた。

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