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死に至る罪  作者: 猫蓮
怠惰編
27/61

天の軌跡

 エクエスと話していたら眠気がやってきた。三日も寝ていたのにこの体はまだ睡眠を(ほっ)しているらしい。まあ、今は夜だから体内時計が正常なのは良いことではあ、る……。


「エクエスさん! 今ってまだグラ領ですか?」

「はい。広い領地ですからまだ数日ほど時間が掛かります」


 それがどうしたと訝しむエクエス。だがそれすらも気にならなかった。それよりも何よりも、一つの願望が頭の中を占める。居ても立っても居られず、立ち上がろうとするとエクエスに止められた。なぜ。


「巫女様?! お体に触りますからまだご安静になさってください。必要な物がおありなら仰ってくださればすぐに取ってまいります」

「止めないでくださいエクエスさん。わたしにはどうしてもやらねばならないことがあるんです」

「グラ領でのお役目は終わったはずでしょう? 王女様との面会をご希望なら私が話をつけてこちらに来て頂けるよう取り繕います」

「そんなことはどうでもいいです。わたしは今すぐにでも外に行かなければいけません。お願いしますエクエスさん! 少しの間でいいので外に行かせてください!」


 こればかりは退けない。傷が何だ。レビィが何だ。そんなものは後に回しても問題ない。

テントの外にあるというのだ。たった布切れ一枚挟んだ先に広がっているというのだ。数歩あるけばそこに在るというのだ。望んでいたものが期待していたものが見たかったものが!


「ダメだと言うのなら申し訳ありませんが無理矢理にでも行かせてもらいます。やぶさかで不本意で残念ではありますが仕方ありません。加減できるか分かりませんので痛かったらごめんなさい」


 ええ、むやみやたらに人を傷つけるつもりはありません。どのような理由があろうと人を害してならないと昔のわたしはそう思っていました。けれど、それはただのきれいごとに過ぎません。そう、きれいごとでしかない。こんな汚れた(残酷な)世界ではきれいな事柄は存在しない。同じくして汚れたわたしにはもう過去のきれいさはなくなった。


 わたしの体を押さえるエクエスの手首を掴む。しかし、わたしの手は虚空を掴み、すでに肩にかかっていた圧は消えていた。躱されたと思った時にはもうわたしの手は拘束されていた。片手でわたしの両手を封じ、もう片方の手で肩を押さえつけられる。気づいた時にはわたしは仰向けに倒されていた。

 んん、起き上がろうとしても全く動かない。腕全体でデコルテを押さえつけられている。手も動かない。力があっても活かせなければ意味がなかった。踏ん張るわたしをエクエスは涼しい顔で見下ろす。ふんぬー。


「まずご用件を仰ってください。一体どのような心残りがおありなのですか?」

「星空です!」

「…………は?」


間髪入れずに叫ぶように言った。するとエクエスはポカンと気の抜けた顔をする。なのに変わらず拘束は抜けれない。どうにもならないと悟ったわたしは自棄(やけ)になった。泣きそう。


「グラ領に入ってから、広大な畑風景を見てから、ずっっっと楽しみにしていました。空を遮る建物(もの)は一つもない。星を邪魔する灯り(もの)は一つもない。この地で見る星空はどれほどきれいなのか、ずっと楽しみにしていました!」


 一日目は雨で見れず、二日目は満月で見れず、三日目は満月に近いため見えず、四日目五日目六日目は眠っていたため見れず。これが不運と言わずしてなんと言うのか。

満月の夜から四日が経過しているのなら星は見れる。後は天候だが雨が降っていないのは音で分かってる。曇りだったらもうどうしようもないが確かめる前に諦めるのは早計だ。希望を捨てなければ、いつかは応えてくれる。それが今ならとても嬉しい。というか今であって。


「外に行かせて星を見させて! とってもとっても楽しみにしてたんです! このまま見られないなんて嫌です! ヤダヤダヤダー!!!」

「わっ、わかりました! というかそんなことなら先に言ってくださればこのような無意味な争いをせずに済みましたのに」

「ムッ。そんなことではありません。わたしにとってはとても大事なことです」

「大変失礼しました。巫女様の軽視するつもりは一切ありません」


拘束は解かれ、背中を支えて上体を起こさせてもらった。理不尽とも言えるようなわたしの暴挙にも真摯に対応する。しかも謝罪された。わあ、大人な対応だぁ……あれ?


もしかしてもしかしなくてもわたし、やらかした?


一瞬で冷静になった頭が先程のやり取りを思い起こさせる。うーわー。なにこれなにこれ大変!


「ぁ、いえっ、わたしもムキになってしまってごめんなさい……」

「ぜひとも今後はちゃんと、言葉にして伝えてください。仰って下さらなければ分かりません。行動するよりもまず報告・連絡・相談。いいですね?」

「はい……」


 肩を落とす。これを言われたのは二回目だ。一回目は先生。もちろんその時も叱られた。しかもその時は取り返しのつかない事をしてしまった後だ。後悔先に立たずとはよく言ったものだ。気を付けていたのにあれから成長していないらしい。ショックだ。


「今に始まったことではありませんが」


 すでに前科があったらしい。いつだろう。……あ、サニーの時か。がーん。


「不動の心とはいったい……」


 落ち込んでいたわたしにはエクエスの呟きは聞こえなかった。


 うう、不甲斐ないです。考えれば人の心の内を読むことはできないとすぐに分かることなのに、失念してた。これまでエクエスがわたしの行動を察することができたのは判断材料が揃っていたからに過ぎない。


 わたしが星空が好きだと彼は知らない。深く情を抱かせないように線引きして、互いの身の内は知らせないようにしたのはわたしだ。どうやらそれも手遅れのようですけど。ままならないものだ。全く。


「巫女様、巫女様? ……失礼します」

「うひょわ!」


 考え事をしていたら突然浮遊感に襲われる。驚いて咄嗟にナニカに掴まる。

 どうやらわたしはエクエスに横抱きされたみたいだ。掴んだものは彼の肩だった。


「~~っ、エクエスさんこそ報告・連絡・相談をっ」

「呼びかけましたが一向に反応がございませんでした。それより、星空はよろしいのですか?」

「ハッ、そうでした! 早く外に行きましょう!」


 大事なことを忘れるとは何たる失態。こうしてはいられません。エクエスを急かして外に出るよう促す。早く早くと気持ちが急いているわたしとは真逆にエクエスの歩行はゆったりしている。

テントの中は広くない。出入口までは数歩しかない。しかし、今はその数歩すらもどかしい思いだ。


 テントから出た瞬間、わたしは大きく目を開いて感嘆の声を漏らした。眼前に広がる満点の星に開いた口が塞がらない。瞬きすることすら惜しいと思わせる絶景が頭上にあった。


「見てくださいエクエスさん! こんなにもたくさんの星が夜空に瞬いていますよ」

「危ないので暴れないでください」

「きれい……」

「本当に、きれいですね」


 途切れることのない空にはどこを見ても星々が煌めいていた。想像以上の幻想的な光景に胸の高まりが止まない。念願の星空を見れて今、ものすごく興奮している。それはもう子供みたいに大はしゃぎだ。エクエスに抱えられていなければ今頃飛び跳ねていただろう。

 ……そう言えばどうしてエクエスに横抱きに運ばれているのだろうか。


「どうしてわたしは抱えられているのでしょうか?」

「今更ですか……。まだ傷が治っておられませんので無理はさせれません」


 疑問に思って星からエクエスに視線を移すとすぐに目が合った。そこでテントに出てから初めて地上に目を向けたわけだけど、周りにはテントやわたしたち以外の人がいなかった。野営地から離れたところまで移動してくれていたらしい。なんとも気の利くお人だ。


 エクエスの顔を見ながら感心していると視界の端で何か動いた。気になって再び空を見上げる。少しして夜空に一筋の光の線が見えた。


「わぁ、流れ星ですよ! 神秘的な瞬間を見られるなんて、嬉しい……」


 天に煌めき星々はシェオル――死者が行く場所――に留まる帰天の魂。流れ星は救い(復活)の機会を与えられし者の魂だ。

 シェオルにて裁きを受け、ゆるされし魂は天国にて永遠の命を約束される。しかし、ゆるされなければゲヘナにて永遠の炎に焼かれて永遠に苦しむことになる。


 帰天した魂は主の審判により行く先を決められる。そっと首に触れる。見てはないけどここには王冠の刻印が刻まれているだろう。

 ベルは天国に行けるだろうか。それとも、コレのせいでゲヘナに連れられるのだろうか。それを決めるのは主で、どんな決定だろうと異論はない。けれど、天国ならいいなと思わずにはいられなかった。

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