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死に至る罪  作者: 猫蓮
旅立ち
2/61

闇を照らす光

 牢に戻ると食事が置かれている。トレーには拳ぐらいのパンと具のないスープのみ。机もないから床に直置き。一日に用意されるのはこの一食だけだ。仕事が終わったタイミングでしか食べることができない。

 簡素に食前の祈りをして頂く。本当はゆっくりと咀嚼したいけれど時間をかけると無理矢理持っていかれてしまうので急いで食べる。空になったトレーを屈強な男が持って牢から出る。司教が鍵を掛けて二人は立ち去った。

 足音が完全に聴こえなくなってようやく息を深く吐き出せる。張り詰めていた緊張感を弛緩させる。


 牢の中は何もない。机もなければベッドもない。毛布もなければ寝床とする空間もない。牢の中だろうと鎖はそのままだ。ここに入れられてから一度も外されたことがない。牢の真ん中で横になって丸まる。寒さに堪えるよう縮こまって静かに眠るのだ。


 微睡みの中でいつもとは違う足音が地下に反響している。ここに来るのは決まってあの二人しかいない。歩幅が狭いのか音の間隔が短い。足音は二つあるがそのどちらもいつもの二人とは違う。司教が交代したのだろうかと、この時はぼんやりと考えていた。


 僅かに鍵を開けるのに手こずっている音。いつもよりゆっくりとドアが開かれる。いつまで経っても声が掛けられないのを不思議に思って瞼を上げる。ゆらゆら揺れるたいまつの火に反射された人物に大きく目を開く。そこに司教と屈強な男の姿はなかった。


 冷たく寒い地下牢には似合わないほどの美しい女性が立っていた。細くしなやかな体にドレスを纏う。さらりとした金の髪が風になびく。ピアスやネックレスの宝石が明かりに反射して煌めく。彼女の背後には騎士服を纏う女性がランタンを掲げていた。慣れない光に目を細める。強くはないだろうが暗闇に慣れていた目には眩しい。


 丸まっていた体を起こす。観察する視線が左手の甲で止まったのを感じた。見上げると視線がかち合いニコリと微笑まれる。笑みを向けられたのはここでは初めてのことだった。だからか、少し戸惑った。なんとも不釣り合いな状況だと心の中で冷笑する。


「初めまして巫女。わたくしはレビィ。あなたと同じ罪を贖う者です」


 優しい声音が女性の口から発せられる。その言葉に目を見開く。驚いて固まっている内にレビィが目の前まで近づいた。床に手をついて上半身だけ起こしているわたしと視線を合わせるように膝を曲げる。ドレスの裾が地面につかないかと下を向いていた視線が彼女の手によって誘導される。胸元に視線が注がれているのを確認して左胸の部分を捲った。

 暗くて分かりずらかったが露わになった雫の刻印が刻まれているのが見えた。チラッと見せてすぐに戻すと彼女は立ち上がった。ドレスを軽く叩くとわたしに手を差し出す。綺麗な手だった。細くて汚れのない美しい手。差し出された手から彼女の顔へと視線を移す。


「あなたの力が必要なのです。わたくしと共に来てください」


 ああ、と声が漏れる。彼女が地獄から救い出してくれる存在だと理解した。わたしはあなたを待っていた。暗闇を照らす光。騎士が持っているランタンの光によってレビィから後光が差しているように見える。歓喜に打ち震える。嬉しくて目を細める。笑みが浮かんでいるのが分かった。


 差し出された手を取ろうとして手を動かす。けれど自分の汚れた手に目がいって重ねる前に止まる。汚してしまうと懸念して引っ込めようとした手を掴まれる。


「っ、汚れ――」

「構いません」


 真っ直ぐ注がれる眼差しに言葉が出なくなった。汚れることも厭わずに強く手を取ってくれた。触れた手から温もりが伝わる。それは冷えた体と心を温めるには十分だった。ここに入れられて、初めて触れた他者の温もりはとても温かく感じた。


「あれ? えっと、どうして……」

「気が済むまで泣いていいですよ。苦しかったですね。もう大丈夫ですよ」


 泣くつもりはなかった。涙はとっくの昔に枯れたと思っていた。拭ったそばから次々と涙が出てくる。顔が手が濡れている。レビィはわたしの隣に移動して構わず抱きしめてくれた。綺麗なドレスが汚れるのも涙で濡れるのにも構わず頭を抱き寄せてくれた。堰き止めていたものが決壊したかのように涙が出るのが止まらなかった。嬉しいと涙が出ることを初めて知った。


「ぐすっ……ごめんなさい。もう、大丈夫です。その、ありがとう、ございます。それと、ドレスも、ごめんなさい」

「わたくしが勝手に行動した事ですのでお気になさらず。それでは参りましょうか。いつまでもここにいては体に悪いですから」


 わたしのせいでドレスが汚れてしまったのに、気にもせずに優しく微笑む。


「……と、そうでした。ミレス」

「ここに」


 思い出したようにレビィは控えていた騎士、ミレスに声を掛ける。何かを受け取ってこちらに向き直る。


「後ろを向いてください」

「え、は、はい」


 言われた通りに後ろを向く。正座してピシっと背筋を伸ばす。背後からクスクスとレビィの笑い声が聞こえてこそばゆい気持ちになる。恥ずかしくて俯いていると髪を触れられる。驚いて肩がはねる。


「れ、レビィ? …………!」


 カチッと鍵が開けられた音とともに首が軽くなる。首枷が外れた。そう思った瞬間、足に衝撃が走る。


「~~っ!」


 外れた枷は支えを失い重力に従って落ちた。落下した先は太ももだった。ごつい見た目の枷はそのまま重さがあった。それが足に直撃した。不意打ちだったからかとても痛かった。痛みに呻き、体を丸める。意味を成さないと分かっていてもじんじんと熱を持った場所を手で押さえる。


「ごめんなさいね。さ、こちらを向いて手を出して」


 喜ぶ暇もなく痛みに悶える。軽い態度で謝った彼女は次を催促してくる。つい恨みがましい目を向けてしまったのは許して欲しい。深く息を吐いて痛みを逃す。今度は落ちることを考慮して手を目一杯伸ばす。少しへっぴり腰になっているのは見逃して欲しい。


「――っ。ありがとう、ございます! 本当に……」


 手枷が地面に落ちた。自分を縛っていた物がなくなった。手が自由に動く。首を触っても何もない。なにより、体が軽い。何度も何度も枷があった首回りと手首を擦る。


「礼には及びません。さ、早くこの場から出ましょう」


 外れた枷を見下ろしていると声がかかる。顔を上げると二人はすでに牢から出ていた。鉄格子越しに動かないわたしを見ている。

 牢から出る。自分の意志で。自由な体で。牢から出る時はいつも憂鬱な気持ちだったのに今は幸福を感じている。嬉しいが身を包み、寒さを感じさせない。足取りが軽い。今なら空を飛べる。そんな気がした。

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