表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死に至る罪  作者: 猫蓮
憤怒編
16/61

E 巫女との出会い

 エクエス視点


 城の方がやけに騒がしい。今日は来賓やパーティーの予定は特になかったはずだ。何にせよ末端の一騎士である自分には関係のないことだ。


 雑念を払って鍛練に集中する。現在練武場にいるのは自分一人だ。誰か一人でも他に騎士が居てくれれば打ち合いができたのに、と少し恨めしく思う。が、ないものねだりをしても仕方がない。休息日にまで鍛練に励む騎士は自分以外に見た覚えはない。


「ッ!」


 殺気を感じて振り返る。目の前に迫ってきていたナニカを咄嗟に剣で防ぎ弾く。すぐさま後ろに下がって距離を離す。剣を構えて、そのナニカを捉えて脱力する。


「なっはっは! 腕を上げたなあエクエス!」

「……どういうつもりですか、団長」


 剣を肩に担いで腰に手を当て、大口開けて笑う男は自分が所属する第二師団の団長だった。

 彼が課す訓練は血を吐くほど厳しいもので、それ故に鬼団長の異名がつけられている。それを知った団長が「期待に応えねばな」と笑い、さらに訓練が過酷になったのは言うまでもない。さすがに、着の身着のまま森に放り込まれたときは死を覚悟した。


 団長は思いつきや勢い任せに動いていることが多いが、その実一人一人の器量をしっかり把握している。だからと言って毎度限界ギリギリまで追い込まれるのを良しとするわけではないが。

 俺もそうだが大半の団員は彼を慕っている。愚痴を零すことは多々あれど心から非難する人はいない。まあ、裸足で逃げ出した者は何人か見たけど。

 どれだけ厳しい訓練を課されようとも彼に付き従うのは彼自身も同じ、いやそれ以上に過酷な訓練をこなすからだ。しかも笑って。

 彼は決して口だけの人間ではないのだ。強靭な肉体と果てしない体力で剣の腕も立つ。人柄に難あれど彼の強さに尊敬しているし目標にもしている。まあ、少し、いやだいぶ自重してほしいと思っているが。


「よーし頑張り者のエクエスには特別な任務を与えてやろう! ってそんな嫌そうな顔すんなよ!」

「胸に手を当ててこれまでのご自分の行いを振り返ってください」

「んー?」


 言われた通りに胸に手を当てた団長は首を傾げる。その顔が何も思い当たる節がないと言っている。マジかこの人。切り替えるように咳払いをする。


「それはそうと団長。特別な任務と言うのは……?」

「おお、そうだった! 今日から護衛として姫さんの旅に随行するように。以上!」

「……は? え、ちょっ、団長!?」


 よろしく~と手を振って立ち去ろうとする団長の肩を掴んで押し止める。説明が足りないのは彼の悪い癖だ。しかもタチの悪いことに無理矢理にでも止めて問い質さねばそのまま話を進めてしまう。


「詳しく説明してください」

「つってもなぁ。オレも詳しくは知らねーんだわ」

「は?」

「そんな怖い顔すんなってー。 綺麗な顔が台無しだぞ」

「……」

「ジョーダンだジョーダン。冗談だからホントその顔ヤメテ、ね? ……コホン。ついさっき姫さんから真面目で腕の立つ騎士を一人選抜してほしいってお達しがあったんだ。旅に同行する巫女の護衛をさせるってな。それ以外は何も教えてくれやしねぇ」

「それで、俺が?」

「お誂え向きってぇほど条件に当てはまるしな。本音を言やあ休息日にも係わらず鍛練しちゃってるお前しか捕まらん」


 つまり都合がいいのが俺しかいなかったから消極的に俺が選ばれた、と。実力で選ばれなかったことに少しショックを受ける。……まさか腕が立つ基準がさっきの奇襲ってことはない、よな?

 思わずジトっとした目を向けると団長の目が高速で泳ぐ。有罪。


「と、とにかく! 頼んだぞーエクエス。これを機に鍛練以外の趣味や恋人の一人や二人ぐらい見つけてこい」

「独身で酒癖の悪い団長には言われたくありません」

「うぐぅ……オレだってお前みたいに顔が良かったら今頃女の一人二人三人……」

「浮気とは最低ですね」

「惚れられたこともねぇよ!!」


 気まずい空気が落ちる。あ、これは今日酒場行きだと察する。と言っても団長は殆ど毎日酒場に行ってることは知っている。これは自分がその席に連行されるかどうかの判断だ。誘われる(確定する)前に逃げるように練武場を後にした。


 件の巫女に会う前に王女様と面会し、詳しい話が伝えられた。


 巫女には他人の記憶を奪う力があること。

 その力を使って英雄の末裔を救う、これはその為の旅だということ。

 自分の任務は巫女の護衛と監視だということ。

 最後にこれは王命だということ。


 話を聞いた時点で逃げ道は塞がれていた。忠誠を誓った騎士にとって王命は絶対である。断るという選択肢は存在しない。


 騙し討ちのような内容に憤慨するが、思えば団長も似たようなものだ。一瞬にして気持ちが凪いだ。こんな形で訓練の経験が生かされるとか全く嬉しくない。


 鬱屈とした気持ちは巫女に会って振り払われた。

 一目惚れした。

 絹のような白銀の髪は光に反射して煌めく。少し力を入れたら折れそうなほど細い体。けれど出るところは出ている肉体美。大きな瞳で真っ直ぐ見つめて、花が開いたように微笑まれる。耳心地のいい声音はいつまでも聞いていたいと思ってしまった。天使が舞い降りたと錯覚するほどに彼女は美しかった。


 今まで異性に対して良い思い出はなかった。自分の顔が良いのは嫌でも知っている。知らない人に親しげに声をかけられ、許可も無くベタベタと体を触れられ、自分のモノだと牽制し合う。付き纏われることは一度や二度ではないし、話したこともないのに人の女を誘惑しただのと因縁付けられる。しまいには勝手に部屋に侵入しては裸になって襲い掛かってきたのには恐怖を感じた。それが決定打となって女性不信になった。だから騎士の生活はまさに天国だった。


 だからこそ、見惚れた自分に戸惑った。それと同時に吐き気がした。結局俺も彼女たちと同じ穴の狢なのだと分かってしまった。


 切り替えは早かった。感情を消して、心を殺して、任務に徹する。任務のことだけを考えて、無駄な交流を慎む。幸いだったのは彼女からは好意を感じなかったこと。そのことに残念がるも好ましく感じた俺はなんと浅ましいことかとさらに嫌悪を抱いた。


 その夜、団長に連行された。宿舎で待ち伏せされ抵抗空しく捕まった。待っている間に軽く飲んでいたらしくすでに酒気を帯びていた。

 酒場に着いてそうそう一気飲みをかまして上機嫌だ。


「おーう飲んでっかぁ~エクエスぅ~」

「そろそろお酒を控えてはどうです?」

「オレから酒を取ったら何も残らねぇだろ! ふざけんなっ!」


 溜息が出る。この人が酔い潰れることはない。自分の限界を把握してるし、羽目を外し過ぎない。意外にもしっかり自制している。しかし失態を晒すことはない代わりに鬱陶しいほど上機嫌に絡んでくる。いつも以上にだる絡みしてくるのでハッキリ言ってとても面倒くさい。大人しく寝落ちしてくれればいいものを。また溜息が出た。


「んでぇ? どぉーだったよぉ巫女って子はぁ。惚れた? ねぇ惚れちゃった?」

「巫女様は護衛対象です。それ以上でも以下でもありません」

「ついに、ついにエクエスにも春が……! くぅ~抜け駆けしやがってぇ! だが許ぅす! そうかぁ、堅物のお前にもようやくこれができたかぁ」


 ニマニマしながら小指をくいくいと動かす。イラっとしてその小指を掴んで折ろうとするも躱された。本当に面倒くさい。


「なあエクエス、無事に帰って来いよ」

「っ、なんですか改まって」


 揶揄ってきたと思えば急に真剣な顔してそんなことを言ってくる。珍しい。


「旅の間は何が起きてもオレが助けてやることができねぇ」

「……似たようなことは経験しましたが?」


 以前、団長の思い付きで六つの領地を巡ったことがある。外の世界を知り視野を広げろとそれらしいことを言っていたが蓋を開ければ他領の流通していない酒が目的だったと。確かに勉強にはなった。けれど、なんとも言い難い気持ちになったのもまた事実だ。


「きな臭いんだよ。底知れねぇナニカがあるように感じて仕方ねぇ。いいかエクエス。逃げるのは恥じゃねぇ。秩序も何も生きてなきゃ意味がねえ。死んじまったらそこですべてがパーだ。お前は騎士である前に一人の人間だ。それだけは忘れるな」

「……ご忠告、肝に銘じます」

「おう! 絶対に帰って来いよ。んでまた一緒に飲もうや」

「それは遠慮します」

「えぇ~なんでだよいいだろぉ? エクエスくんのいけずぅ~」


 真剣な雰囲気は打って変わってまたダル絡みに変わる。急な変わりように気が抜けて一層団長が鬱陶しくて仕方ない。

 新たに酒を注文しては豪快に飲み干すのを見て深く溜息を吐く。


 この時は、彼の言葉を軽くにしか考えていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ