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死に至る罪  作者: 猫蓮
憤怒編
14/61

サニー

 教会から出ると外は僅かに明るくなっていた。それでも少し薄暗いほどで、夜のように見えないほどではないが、日中のようにはっきりと見えるほどでもない。暁と呼ばれる時間帯だ。

 疲れた様子のサニーを心配して肩を貸そうかと尋ねたら胡乱な目を向けられた。しかも間髪入れずに突っぱねられた。なぜ。


 アジトに着いた頃には日が昇っていた。ちょうどドアを開けて外に出てきたフォルティスとばったり会う。


「サニー姐!?」

「よーフォルティス。随分早起きなんだな」

「こんな時間までどこ行ってたんだよ。それに、血が?!」

「しぃー、みんなが起きちまうだろ。これは、その……野暮用だよ。少しはしゃいじまっただけさ。服に着いてるのは返り血。アタシはどこも怪我してないさ」


 飄々とするサニーに尚も疑いの目を向ける。やれやれと肩を落として、カズラを脱ぎだす。


「サニーさん!?」

「サニー姐!?」


 ギョッと目を剥く二人を他所に下着姿となったサニーはほれっと見やすいように体を開く。くるりとその場で回る。彼女が言った通り体のどこにも傷はなかった。


「わ、分かった! 分かったから早く服を着ろ!」

「なぁに赤くなってんだよフォルティス〜」

「ちょ、バカ! こっち来るなー!」


 真っ赤な顔と凝視してしまう目を隠すように手で覆う。そんなフォルティスをサニーはニヤニヤしながら揶揄う。指の隙間から覗いていたフォルティスは遠慮なく近づいてくるサニーから逃げる。もちろんサニーは後を追いかける。

 逃げるフォルティスは顔どころか耳や首まで真っ赤になっている。家族のような関係だとしても育ち盛りの少年に女性――しかも密かに好意を寄せてる――の下着姿は刺激が強かったようだ。


「サニーさんに元気が戻って良かったですねエクエスさん」


 追いかけっこをしている二人を眺めつつエクエスに耳打ちする。いつもの世間話程度の軽い気持ちだった。相槌か、何の反応も返ってこないだろうと思っていた。

 だから、嫌そうな顔をされるとは露ほども思っていないわけで、反応が反応なだけに逆にこちらが慌ててしまう。何か間違ったことを言ってしまっただろうか。それとも先の一件で嫌われてしまったのだろうか。思い当たる節があるせいで後者が濃厚に思えてしまう。


「エクエ……」

「騒がしいわね……え?」


 関係が悪化してしまえば気まずくなる。それは避けなければならない。だって彼は護衛だ。この旅の間はほとんど一緒に行動するし、馬車では二人っきりなのだ。これまずいと言い募ろうと名前を呼ぶ。

 同じタイミグで玄関が開いて年配女性の一人が眠気眼で出てきた。そして目の前の状況を見て固まる。そして体が小刻みに震えている。日陰にいるのもあって表情は伺えない。


 四人の視線を一身に受けて驚いたのか。注目されていることに恥ずかしくなったのか。立ち寝という高等技術により寝落ちてしまったのか。否否否、否である。


「コラァーーーーーーーーー!!!!!!!!!」


 気持ちのいい朝に雷が落ちた。一歩踏み出す。日陰から出てきて顕になった彼女の顔は鬼のような形相を感じさせる。固まる四人――エクエスは平常っぽい――。サニーとフォルティスの元にズンズンと歩き出す。鬼の如き気迫に二人は揃って青ざめる。ガタガタと震えて手を合わせる。「いや」とか「その」とか言い訳を連ねようとするも二の句がつげない。そして、眼前に立ち塞がった。


「サニーちゃん正座しなさい」

「ッ、はいっ!」

「フォルティスくんは替えの服を持ってきて」

「は、はい」


 口を開いた彼女の声に怒気はない。けれどそれが逆にとても恐ろしく感じた。逆らうことは許さないというオーラが放たれていた。

 そして、サニーは説教を受けた。フォルティスが替えの服を持ってきて、それを着させて、それでもなお説教は終わらない。こってりたっぷり絞られたサニーは意気消沈していた。


「カンナギちゃん、エクエスくんも、ここに座しなさい」


 一部始終を見ていたわたしとエクエスも説教された。どうやら止めなかったのがいけないらしい。

 母――因みに二人とは血縁関係なし――強しとはこの事かと噛みしめていた。その心情を敏感に察知したのか鋭い視線を飛ばされた。どうやら火に油を注いでしまったようだ。さらに激情したのは言うまでもない。


「怒られてるよ」

「怒られてるね」

「いけないことした?」

「やんちゃした?」

「「どうなのフォルティスお兄ちゃん?」」

「んぇっ! ささささー? おおおおれは、なにも見てねぇし?」

「お顔まっかー」

「まっかっかー」


 起きてきた子供たちが家の中からひょっこりと覗き見る。顔を合わせて首を傾げ、近くにいたフォルティスに話を振る。

 呆けていた彼は突然話を振られたことで慌てる。被害者であり、いまだ記憶が鮮明に刻まれている羞恥やらで落ち着いていない。当然、彼にはあれやこれやを話す度胸はなかった。声は裏返り目も泳いでいる。これで知らないとはとてもでないが隠し通せない反応をしていた。


 内緒話という声量でないので子供たち声はわたしたちにも聞こえている。説教の効果もあってかサニーがきまり悪そうに体を捻る。彼女が視線を彷徨わせてたことでサニーを見ていたわたしと目が合った。どちらからともなく笑った。


 朝食を食べ終わった後は自由時間だ。と言ってもサニーは見回り、年配女性の二人は内職、子供たちは家の中もしくは家の周辺で仲良く遊ぶとやる事は決まっている。

 しかし今日は違った。例の集団が壊滅したことにより街の中を歩き回っても問題なかろうと子供たちを別拠点に遊びに行かせることになった。お守りはもちろんフォルティスだ。伝令も兼ねている。年配女性たちも乗り気で旧友に会いに行こうと街に繰り出る。


 今日にはここを去ると昨日言っていたので朝食時に別れの挨拶を済ました。そしてこの家にはサニーとわたしたちしか居なくなった。部屋の一室でサニーと向かい合う。少し離れたところにレビィと護衛の二人が見守っている。あとの騎士二人は廊下に控えている。


「それでは始めます」

「あ、ああ」

「緊張しなくて大丈夫です。前にも言いましたが、わたしはサニーさんを傷つけることは致しません」


 優しく声を掛けながらサニーの両手を合わせて握る。罪の意識からの解放や力を失うことへの期待や緊張が手から伝わってくる。額を寄せて、合わせる。


「カンナギ。その……ありがとな」


 蚊のなくような小さくてか細い声。超至近距離にいるわたしにしか聞こえない声量。慣れてないと、小恥ずかしそうに頬を赤く染めながら、それでも真っ直ぐ目を見て告げる。額をくっつけた体勢だったから上目遣いのようになっていた。言葉の代わりに笑む。返ってきた反応に安心したのか、サニーは目を閉じて身を任せるように力を抜いた。


 目を閉じる。ドクドクと心臓が鳴り、逸る気持ちを落ち着かせる。乾いた喉を唾で潤して、意識を集中させる。


「罪の悔悛を、ゆるしをあなたに」


 触れ合う額から熱を感じる。額を通してサニーから莫大な記憶と感情の波が押し寄せる。驚くように強張った彼女を宥めるように、あるいは情報量に耐えるように手に力が篭る。

 尽きることのない怒りと深く癒えることのない悲しみ。全身が怒りの炎に燃やされているように熱いのに、体内に無理やり氷を押し入れられているように芯が冷える。熱に浮かされたような頭に殴られたような痛みが走る。


 プツンと流れ込む記憶が止まり、わたしは意識を手放した。

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