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死に至る罪  作者: 猫蓮
憤怒編
13/61

力の暴走

 バチンと自分の頬を叩く。鬱屈した自分を追い出して切り替える。わたしが心を塞ぐのは間違っている。こうなることは予想できた。悲観に暮れるのも悔やむのも、エクエスに対して失礼に値する行為だ。彼はわたしの代わりをしてくれたのだから。


「サニーの元へ行きましょう!」


 じっと見つめる青い瞳を向かって笑いかける。もう大丈夫だよと言外に伝える。エクエスは何も言わず、静かに頷いて了承を示した。

 去り際にサニーの父を見やる。彼が亡くなったのはわたしの落ち度だ。不甲斐ないせいで不要な血が流れてしまった。心の中で謝罪すると同時に事実を真摯に受け止める。忘れることはしない。己の戒めとして胸に刻む。


 今度ははぐれないようにとサニーの父が持っていたランタンを拝借して静かな廊下を進む。潜り込んだ時は怒号が響いていた。部屋に入ったらその声は聞こえなくなったから頭から抜けていた。だから、静かになったことの意味に気づくまでに少し時間が掛かった。きっとサニーも上手くいったのだろう。


 エクエスの案内の元、大広間に辿り着く。きれいに並んでいたはずの椅子は原形もとどめてないほどに壊れていた。四方八方に散らばっている筋肉は動かない。

 広く開け放れた空間の中央にサニーは立っていた。緑色のカズラには赤い血が付着していた。


「サニーさん!」


 大きな声で彼女を呼ぶ。それは反射的な行動だったのだろう。グリンという音が聞こえてくるほど勢いよく振り向いた彼女は殺気を向けていた。けれど、すぐにわたしたちだと気がついて警戒を緩める。緩慢な動きで体を戻す。


「……っ! ぁあ、無事だったか。……そうだ、頭領の姿が見えないんだが知らないか」

「彼なら私が」

「そっか」

「どこを怪我しました?! すぐに手当てしないとっ」


 近くに駆け寄ってサニーへ手を伸ばした。触れる前にバチンッと大きな音を立てて手を払われた。あまりの痛さに声すら出なかった。生理的な涙で視界が滲む。手が取れてしまったような感覚に陥った。反対の手で触れて、存在を確認して安堵する。良かった、取れていない。だけど、払われた方の手の感覚がなくなっていた。


 ヒュッと喉が引き攣る音が聞こえた。片目を開けて顔を上げると、酷く青ざめて大きく目を開いているサニーが見えた。力なく首を横に振りながら一歩、また一歩後退する。振り払っただろう手をもう片方の手で押さえるように握りしめている。


「サニーさ……」

「来るなっ! た、頼む……。アタシに、近づかないでくれ」

「わたしはサニーさんの味方です。誓ってあなたを傷つけることはしません」


 頭を抱えて異常なまでに怯える彼女を落ち着かせようと努めて優しい声で話し掛ける。痛みも呻き声も悟らせないように飲み込んで、何事もなかったように声を出す。

 痛くない、痛くないと自分に暗示を掛けるように頭の中で繰り返し呟く。歯を食いしばるな、体を動かすな、呼吸を乱すな。静かな空間では微かな音でも届いてしまう。彼女の刺激になりえる要因はすべてなくせ。


「そんなの分かってる! アタシが恐れているのは、アタシ自身なんだ。この惨状を見ろ! 全部、全部アタシがやったんだ」

「はい、サニーさんはお強いですね」

「そうじゃない! そうじゃ、ないんだ……。あそこの鉄パイプが曲がってるだろ。あそこの人間はへこんでいるだろ。アタシが、やったんだ。アタシが……殴っただけで、こんなになっちまったんだよ」


 指を差して視線を誘導させる。けれどわたしは視線を動かさない。一挙一動も見逃さないとサニーに固定する。


 彼女の目から涙が落ちる。声は震え、掠れている。それでも言葉を紡ぐのは、わたしに対してではなく自分に言い聞かせているように見える。

 己の過ちを自覚させるように。現実から目を逸らさないように。そして、自分の言葉で傷つく。


 サニーが近くにあった椅子を掴む。大きな音を立てて椅子が壊れた。見えやすいよう少し浮かしてから手が開かれると、掴んだ破片がパラパラと落ちた。

 わたしの目からは椅子を軽く掴んだだけに見えた。椅子を引くような、そんな軽い力。けれど結果は粉砕。力が強いだけでは説明できないほどの怪力だった。


「これがアタシの力さ。触れた物全部、壊しちまう」


 悲しい声で呟かれる。とめどなく流れる涙を拭うことすらしない。


「だんだん制御ができなくなっていた。今じゃもう、抑える方法が見当もつかない。だから、アタシに近づかないでくれ」

「それが子供たちに触らなかった理由ですか?」


 アジトに案内された時、サニーは子供たちに抱き着かれていた。彼女は子供たちの好きにさせていたけど、決して自分から触れることはなかった。一回だけ手が動いたけれど、行き場を失くしたように宙に留まって力なく下げられた。触ろうとして、けれど諦めたように見えた。


 それと道中でわたしが大声を出してしまった時。口を押えられる直前、エクエスに体を引かれて少し後ろに下げられた。そのお陰で威力が抑えられたかもしれないけれど、それでもとても痛かった。多分、この後のことに対する緊張や焦りで気が回らなかったのかもしれない。

 夜で良かったと思った。熱を孕んだ口周りは赤くなっていたであろうから。明るければその事が日の目を浴びてしまう。見たらきっと彼女は傷つくだろう。自分を責めていただろう。完全にわたしの自業自得なんだけどね。


「ああ、そうだよ。アタシが触っちまったらガキどもを壊してしまうじゃないかって思うと怖いんだ。息が詰まって呼吸ができなくなる。情けねえだろ? あんたらの話を聞いたときは心の底から喜んださ。この忌々しい力から解放されるって分かって、すげー嬉しかった。恐れることなくガキどもを抱き締めてやれるってな」


 手を見つめて自虐するように笑む。手を伸ばせば届く距離にいるのに触れることができない。相手が小さいからこそ余計に恐れている。人間とは非常に脆く壊れやすいから。


 力を使うのも、力を失くしたい理由も自分ではない誰かのため。見返りを求めていない、本当の親切心からの行動だからこそ真心は伝わり、みんなから慕われる今がある。領主という明確な地位でなくとも、イラ領を支えているのは間違いなく彼女だ。


「あの子たちはサニーさんのことを正義のヒーローだと言っていました」

「ハッ、正義のヒーロー? そんな大層なもんじゃねぇよ。こんなの、力に溺れた破壊者だ」

「それは違います。というより、そのようなことを言ってはいけません。価値観は人それぞれです。あなたがその力を破壊と決めたように、あの子たちは正義と決めました。それを否定することはあの子たち自身を否定することと同意です」


 罪人でも改心すると信じて寄り添うか、変わることはないと切り捨てるか。殺害は何か理由があってのことと推測するか最初から否定して断罪するかで大きく変わる。物の見方、考え方、関係性、要因は様々あるから全く同じ価値観を持つこと自体、不可能と言っても過言では無い。


「…………あんたは、アタシが正義のヒーローに見える?」


 小さい声で問いかけられる。叱られた子供のように俯き、陰を落とす。もう、サニーに取り繕う余裕はない。明るく振る舞って、笑って誤魔化すこともできなくなっていた。


「んーどうでしょう?」


 処罰を言い渡される罪人のような重苦しい心持ちで言葉を待っていたサニーは呆気を取られて思わず顔を上げた。だって、さっきまで深刻な話をしていたんだ。それが突然明るい声で能天気な言葉を投げかけられたら混乱するのは致し方ないだろう。

 後ろにいるエクエスだって驚いたような反応を零した程だ。そんな二人の視線を受けてもケロりと笑う。


 無責任に言ってるわけじゃない。けれど正直な話、誰に対しても返す言葉はただ一つ『分からない』と答える。この手の問いかけは相手に同意を求めていないと思っている。もう何もかもどうでも良くて、だから他人に任せているのだ。自分の生き方や存在意義を決めてもらう。それは逃げているとも言える。

 わたしに言わせればとことん悩んでしまえばいい。悩めるだけの時間と選択肢があるのは恵まれている証だ。だから悩んで悩んで、自分で答えを見つめるべきだとわたしは思う。


「わたしの意見を言わせてもらえば、サニーさんが正義のヒーローでも破壊者でも、どちらでもいいです。枠組みがなんであれ、サニーさんはサニーさんです。それ以外に言葉はいりますか? 人間という生物はとても複雑なのです。性格や心情をすべて言葉にするのは不可能と言ってもいいでしょう。たった一面だけを見て、型にはめてしまうのは非常にもったないと思います」


 大きく目が開かれる。青天の霹靂というような驚き具合だ。固定概念というのは厄介なもので、無意識の内に選択肢を狭めてしまう。常識や普通という言葉がそれに当たる。


 サニーは固まってしまった。全く思いもしなかった考え方に触れて、頭が真っ白になった。

 もう、大丈夫そうだ。今度こそ駆け寄って、サニーを優しく抱き締める。ぎくりと体が強ばったのが触れ合った肌から感じる。宥めるように背中を撫でる。


「大丈夫ですサニーさん。大丈夫。間違ってもいいのです。あなたが正しいと思った事をすればいいのです。誰もあなたを否定する資格も権利も有していません。それに、サニーさんは一人ではありませんよ。彼らは頼りないですか? 彼らでは支えになりませんか? 困ったときはお互い様、なんでしょう?」

「……ああ。ああ、そうだな!」


 少し体を離して顔を合わせる。わたしを見つめる赤い瞳に向かって得意げに笑う。大きく開いて、眩しそうに目を細めた。少し潤んだ目で彼女は屈託なく笑った。その笑顔はとても輝いて見えた。

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