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死に至る罪  作者: 猫蓮
憤怒編
12/61

殴り込み

 サニーは以前、暴力集団を尾行して拠点の場所を突き止めていた。攻め入らなかったのは無益な争いを避けるためだった。というのも、今日まで表立って争うことはなかった。昼間のようなことは初めてだったらしい。故意に攻撃してくることはなかった。ただ性別男を筋肉という美の世界に誘惑していただけ。


 ではなぜサニーは彼らをやっつけるのかというと、街を元通りにしたいからだ。外部からやってきたオカシラと愉快な仲間たち(きんにく)によってイラ領は筋肉に魅入られし者(後の筋肉ダルマ)とそうでない者(女子供+α)とで二分されてしまった。

 今から行く敵の拠点には外部の連中が多く留まっており、元領民たちはまた別の場所に寝泊まりしているらしい。サニーも詳しく区分できていないのは見た目によるところが大きい。オカシラ以外は似たり寄ったりの容姿のため判断基準がとても困難な状況に陥っていた。

 兎にも角にも大元を断てば完全に元通りとはいかずとも協力し合うようになるのでは、との考えだ。女性陣が筋肉ダルマを許すか、などの問題は一旦置いておく。未来のことよりも現在(いま)


「あそこだ」


 壁から少し顔を出して指差された方を見て、固まる。

 指し示された建物は教会だった。扉や窓からは明かりが漏れ出し、耳を澄ませば微かに話し声が聞こえてくる。暗くて定かではないけれど新しいような印象を受ける。


 何となく、予想はしていた。思い過ごしであってくれと、外れてくれと願掛けまでした。現実は残酷だ。あの男はどれだけ喧嘩を売れば気が済むのだろうか。抑えていた怒りがフツフツと込み上げてくる。


「アタシは正面から入って暴れるから、あんたらは好きに動いて構わない。あそこに裏口があるのは確認したからそこから入るといい。頭領がどこにいるか分からないがあれは鍛えてないっぽいからな。きっと尻尾撒いて逃げるんじゃないか?」

「……分かりました。サニーさん、お気をつけて」

「? あんたらもな」


 満面の笑みを見せるわたしを不思議そうに見つめるがすぐに気持ちを切り替える。正面入口を蹴り飛ばして「たのもー!」と言いながら突っ込んでいった。わー豪快だー。一瞬の静寂の後、轟音が響く。建物が揺れたように見えたけど気の所為だよね?


「エクエスさん、わたしたちも行きましょう」


 エクエスに先導してもらって裏口に向かう。正面で暴れるサニーに注意が向けられているからか、そもそも用心していないのか、裏口付近には人がいなかった。因みに鍵も掛かっておらず簡単に開いた。

「離れないでください」と言って先行するエクエスの後を追う。後を追っていた、はずだった。


「え、エクエスさーん」


 小声で呼びかける。反応はない。うん、はぐれました。なぜでしょう。おかしいですね。しっかり後ろにくっついていたのに、いつの間にか姿が見えなくなっていた。迷子の二文字が頭に浮かぶ。


「ぃだっ、わっ…………てて」


 キョロキョロと見渡しながら歩いていると何かにぶつかった。その反動で後ろに倒れて尻もちつく。ぶつかった顔を押さえながら顔を上げると眼前に広がる筋肉!


「わあ」

「ごめんなさいね、怪我はない……ってあら?」

「あ、こんばんは」


 筋肉が隠れて――前かがみになったことで光の当たる場所が変わった――顔が露わになる。ランタンに照らされた男性の顔には見覚えがあった。それは相手も同じだったらしい。なんとも言えない空気が流れた。


「招いたアタシが言うのもなんだけど、知らない人にホイホイついてっちゃダメよ」


 小部屋に入って備え付けの明かりを灯す。椅子に横並びで座って体を捻って向かい合わせになる。それから、困ったような表情を浮かべて注意された。瞬きして、小首を傾げる。


「お昼に会いましたよ?」

「会った、というより見たの方が正しいと思うわ。第一、あの場には他にもたくさん人がいたわよ?」

「目が合ったのはあなただけですよ?」


 そう、この男性はあの時目が合ってポーズを取っていた方だ。笑顔が素敵で片目を閉じて投げキスするお茶目さがあって印象に残っていた。まあ、覚えていた理由はもう一つあるけれど。こうしてついていったのもそのことがあってだ。わたしだって危機回避能力は身についている。


「サニーさんのお父さんですよね」

「な、んで……」


 確信を持って聞けば彼の顔は驚愕に満ちる。その顔も、口から零れた言葉も、サニーによく似ていた。


「あの子が、話したの? ……いいえ、それはあり得ないわ」

「あり得ない、ですか?」

「ええ。だってアタシ、あの子と面と向かって話したことないもの。アタシは家族を捨てて筋肉に魅入られた愚か者よ。こんなんじゃ、父親失格よ」


 悲しそうに笑う顔もやっぱりサニーによく似ていた。不器用な性格までそっくりで、血の繋がりを感じた。家族を捨ててしまった負い目を感じて戻るに戻れなくて、それでもサニーのことが心配で、ちょくちょく陰に隠れて見守っているらしい。昼間だって喧騒とは距離を置いたところでサニーのことを心配しながらも勇猛な姿に涙ぐんでいた。軽々と大男を飛ばす怪力に多少の戸惑いはあるけれど、立派に成長した姿を純粋に喜んでいた。


「妻がなくなったのを知って目が覚めたの。でも今さらどの面下げて会えばいいのか分からないの。情けない話よね。今思えば、どうしてあんなに筋肉に夢中になったのかも、分かんないの」


 傍から見ても狂気的な状況に思う。殆どの男性が取りつかれたように筋肉に固執する。それも今までの生活を捨てて。病的な依存とでも言おうか。これではまるで――


「洗脳……」

「洗脳とは言葉が悪い」

「「!」」


 突如聞こえた第三の声に反射的に振り向く。いつ入ってきたのか、全く気づかなかった。黒に鮮やかなバラ色が差し込む。遠目では分からなかったが溢れんばかりの贅肉がカソックを内側から押して張り詰めていた。朗らかな笑みを浮かべている男を睨め付ける。


「お会いしたかったです、巫女」


 ギリィと歯軋りする。心の奥底に沈む黒溜まりが急激に膨れ上がるのを感じる。視界の端にわたしを見てギョッと目を瞠るサニーの父が見えた。それもすぐに黒く塗りつぶされる。視野が狭まり目の前の男しか見えなくなった。


「おお怖い。巫女がそのような顔をしてはいけませんよ」

「聖職者のつもり?」

「いいえ、つもりではありませんよ。私は司祭……おっと、今は司教でした」

「はっ、冗談」


 格好だけ見ればその通りだ。外面だけ見れば明るく穏やかな聖職者。けれど、その禿げ散らかしてる頭の中身は歪み切っている。


「愉快犯の間違いでしょう。主の御心を自分本位の事柄に変換して好き放題して。私利私欲に塗れた下衆が」

「それはあなたも同じではありませんか。巫女、今ご自分がどんな顔をしているか分かっていますか? ……とても、楽しそうに笑ってらっしゃる」

「は」


 男の言葉を聞いて固まる。小刻みに震える手で自分の顔を触れる。口角が吊り上がり弧を描いていた。


 ――違う、違う違う違う!


 わたしは主の御心に従っている。わたしは主のお告げを賜った。わたしは事代。わたしの行動は主が何でもおゆるしになされる。こんな奴とは違う!


 両手で顔を押さえる。荒くなった息を吐いて、感情ごと吐き出して、落ち着かせる。ドクドクと速く脈打つ心音が収まっていくのが分かる。暗闇の中で平常心を取り戻す。

 ふーっと息を吐いたと同時に近くで男の呻き声が聴こえた。次いでドサリと重たいものが落ちる音にカチンと金属が当たる音。足音が近づいてくる。


「お傍を離れてしまい申し訳ありませんでした。お怪我はありませんか」


 静かな声が部屋に落ちる。硬質で淡々と紡がれた声がすっと耳に入ってくる。手はそのままに俯いていた顔をゆっくり上げる。目の前には片膝ついたエクエスの姿があった。


「実力不足により巫女様を危険に晒してしまいました。どのような罰も受ける所存です」

「……ぃえ、いいえ。わたしにはあなたを罰する理由がありません。助けていただきありがとうございます」


 震えそうになる声を抑えて舌を動かす。彼が頭を下げたことによって彼の後ろにあるものに目が向いてしまった。赤い血を流してうつ伏せに倒れる二つの人影。小さく「あっ」と声が漏れた。たった一音の小さな声。けれどもその声は酷く掠れていた。静かな空間で距離も離れていない。きっとエクエスにも聞こえていただろう。けれども彼は反応しなかった。深く頭を下げていて、顔が見えなくて良かったと心の底から感謝した。

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