強情で横暴
「サニーさん」
「っ! ……ああ、あんたか」
夕食後、一人静かに外に出たサニーの後を追った。彼女と話をしてからずっと難しい顔をしていた。食事中だって上の空だった。今も何か思い詰めた表情をしている。その証拠に物音にも足音にも遠くから声を掛けた時だって気づかなかった。触れて、ようやく外界に意識を向けたのだ。
「アタシに何か用か? 期限は明日までなんだろ?」
「はい。サニーさんのお手伝いをさせて頂こうとついてきました」
「は?」
意味が分からないと呆然としているサニーに小首を傾げる。
「行かれるのでしょう? あの者たちをやっつけに」
「な、んで……」
なんでそのことを、と言いたいのだろう。少し考えれば誰でも思い浮かぶことだ。多分レビィだって気づいていると思う。知ってて一夜しか与えなかったのはどうかと思うけど。
「サニーさんはお強い方です。すべて自分だけで解決しようとしていらっしゃいます。そして、今のあなたにはそれを可能にしてしまう力があります。大変不本意なことでしょうけど。あの時、もう一つ思い至ったはずです。この記憶がなくなれば力もなくなるのではないか、と」
「ああ、なんとなくだがな。抑えようとすれば力は弱くなるし、本能のままに動けば力は強くなる」
「だから力がある内にみなさんが安全に暮らせるようにあの者たちをどうにかしようとなさっているのでしょう?」
「そうだよ。アタシはあんたの強い意志に負けた。それに、これにはウンザリしてるってのはホントだからな。だから最後の大仕事をしようってこった」
「お一人で?」
「ああ。これは、アタシのケジメだからな。誰にも頼るわけにはいかねぇのさ」
自分の手を見つめて強く握り締める。けれどその手は震えていた。それもそうだ。これから行うのは明確な殺人だ。どんな大義名分があろうとも人を殺すということに違いはない。それも故意に行うのだ。ただの女の子が重責に感じないはずがない。
だって、昼間の時でさえ加減していたのだ。殺さないように注意を払っていた。それでも気を抜けば力は増して威力が出る。少し怪我を負わす程度にしようとも乱戦状態では気が回らなくなってしまう。表面では勝気に見せても内心ではとても焦っていた。あの場でも何人かは死んでしまっていた。そのことに悔やみ苦しんでいる。
本当にサニーは優しい人だ。継承されなければこんな重荷を背負うことはなかっただろう。こんなに苦しい思いをすることはなかっただろう。罪も重荷もぜんぶ背負って、弱音を吐かず、自分の足で踏ん張って立っている。頼ることも弱い姿を見せることもしないで一人で耐える。
傷つき悔やみ悩み迷いながら、それでも前を向く。みんなを守るために。自分ではない他人のために一歩を踏み出す。自己犠牲が悪いとは思わない。きっとサニーは守るべき人がいなかったら生きていけなかっただろう。その存在が彼女を強くして生きる活力になっていただろう。
「分かりました。では勝手についていきます」
震える拳を包みこむ。我ながら強情だと思う。初めからサニーの意見は聞いていないようなものだ。まあ、否定されてはいそうですかって身を引くようならそもそもここには来ていない。
「は、はぁ? 何言ってんだ敵地だぞ!? そんな危ないところに連れて行けるか。第一、あんた戦えないだろ?」
思った通り、彼女は反対する。まあ、戦えないのはその通りだけど。
「確かにサニーさんの言う通り、わたしに戦う力はありません。ですが、幸運なことにわたしは護衛のエクエスさんがいます。彼に守ってもらいますのでサニーさんの邪魔にはならないとお約束します」
後ろに控えているエクエスをチラッと見ると頷かれた。我ながら横暴だと思う。付き合わせられるエクエスには堪ったものではない。当然、後でちゃんと謝るつもりだ。多分こうなることは予知していたと思うけど。事後だけど。
サニーに視線を戻す。握った手は振りほどされない。
「なんで、そこまで……」
「サニーさんお一人で解決できることは分かっています。手助けが必要ないことも、わたしが足手まといになることも。実は、お助けしたいというのは本心ではありますが建前でもあります。……わたし、許せないんです。オカシラと呼ばれた男性のことを。あたかも主の御心に従っているかのように振る舞う様を見て、とても吐き気がしました」
想いを吐露する。心の底から湧き出る怒りが身を焦がす。これは決してサニーを助けたいという感情ではない。完全なる私情で単なるわがままでしかない。それにエクエスを巻き込むのは心苦しいけど、それ以上にあの男に対する恨みが勝った。
「主は人間の思いをすべてお知りになった上で交流をおゆるしくださいます。主の御心に沿った願いであれば、人間は何でも祈り求めることをおゆるしになられています。ですが、あの男は主の御心を偽証した。主は人間の奉仕を必要としません。何もせずとも裁きは下されることでしょう。ですが、それでもわたしは……誇れるわたしを主に捧げたい」
「お、おう。そうか……?」
サニーの戸惑う声に我に返る。思いのほか熱が入ってしまった。彼女の手を包んている手にも力が入って握り締めているみたいになってしまっていた。慌てて手を離して彼女の顔を仰ぎ見る。呆然と、いや若干引いている。意味の殆どを理解していないようだけど、わたしの熱意に引いている。
「つ、つまりですね! わたしはオカシラさんに用があるんです」
恥ずかしさを誤魔化すように捲し立てる。羞恥で顔に熱を持っているのが分かる。それでも後に引く気はないと意気込む。少し声が大きくなってしまったのは申し訳ない。夜だから迷惑だよね。少し離れているとはいえ静まり返った夜に話し声は響く。アジトまで届かなければいいけど。
「……そこまで言うなら、分かったよ。その代わり、ちゃんと自衛しろよ。怪我したら怒るからな」
「はい、ありがとうございます。エクエスさん付き合わせてごめんなさい」
「構いません」
「それじゃあさっさと行くか」
「おーもごっ」
「静かにしろ!」
大きく手を上げて返事をするとバシンと叩くように口を押えられた。そして器用に小声で怒鳴られる。気迫に圧されてコクコクと高速で頷いた。




