花を咲かせる女たち
「さて、まずは自己紹介といこうか。アタシはサニー。あんたらは?」
彼女の名前を聞いて、名乗っていないことに気づいた。よく名前も知らないわたしたちを信用してくれたものだ。しかも助けてもらったどころかこうして拠点まで案内してもらった。
「カンナギと申します。助けて頂いてありがとうございました」
「わたくしはレビィ。早速で申し訳ありませんが、刻印を見せてもらえませんか?」
「あーそうだったね。ほら、これだろ?」
サニーはカズラを胸下まで捲し上げる。顕になった右腹部に逆さの五芒星が刻まれていた。これで彼女が憤怒の末裔だということが証明された。
それはそうとカズラの下はまさかの下着だった。カズラはゆるやかな広袖で膝下まであるが貫頭衣、つまり外套だ。通常着衣の上から着るものである。
「さ、サニーさんっ!」
「ん? 顔を赤くしてどーしたよ」
彼女に羞恥心はないのか、特に気にした様子はない。すぐに服を戻されたことにほっとするも気が気でなかった。だってこの場には騎士もいるんだ。もちろん四人ともいて、内三人は男性だ。横目で彼らを窺う。平常心だった。焦っているのはわたしだけのようだ。なぜ。
「それじゃあ早速本題に入らせてもらうよ。アタシに何の用だ?」
「わたしたちはサニーさんを助けるためにきました」
「アタシを? 何から?」
「苛める罪の記憶から」
勝気な表情が一転して鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。しばらく考えるように沈黙した後、閃いたように手を叩く。
「そっか、あーそぉーか。あんたらも同じだったっけな。そりゃこれにはウンザリしてっけどさ。それで? なにができんの?」
「彼女は他人の罪の記憶を奪うことができます。その力であなたを苦しみから解き放つことができる」
レビィの言葉にサニーは驚いたようにわたしを凝視する。口を開閉させてあえぐ様に呼吸をする。
「ほ、とうに……?」
奪うと言うのは語弊があるけど、間違いではない。力強く頷けば彼女は大きく目を開く。嬉しそうに口角を上げて、ぐしゃりと顔を歪ませた。
「待て、それじゃああんたは……」
彼女は賢い人だと思う。だからこそ、すぐに思い至った。自分のことだから、身に沁みて体感しているから、これがどんなに辛いかを知っている。絶えず頭の中に響く怨嗟の声。気を抜けば感情に飲み込まれる。記憶は頭を、感情は心を突き刺す。
彼女は優しい人だと思う。だからこそ、戸惑う。苦痛が解放されるのは願ってもないこと。けれど自分のせいで他人が苦しむことになるのは望んでいない。一つでも苦しいのに二つも、なんて想像を絶する。今しがた知りあったばかりの相手でも諸手を挙げて賛成することはできない。例え最初からその気だったとしても、躊躇う。
「大丈夫です」
泣きそうな、痛みを耐えるような表情を見せる彼女にもう一度、強く頷く。
わたしが決めたことだからあなたが罪悪感を感じる必要はない。わたしが勝手に言い出したことだからそんな苦しそうな顔はしなくていい。そう言っても思わずにはいられない。
だから、言葉の代わりに笑みを向ける。勝気な彼女が見せたような不敵な笑みを。
「…………強いな」
眩しいものを見るように目を細める。少し言葉を交わしただけでサニーが優しい人だとすぐに分かる。自分の身を鑑みずに助けに入ったのも、無事か心配して探してくれたのも優しさ故の行動だろう。
そして強い女性だ。なまじ憤怒の力があるから争い事でも後れを取らない。それでも倍以上の男を相手にするのはとても勇気がいることだ。強いからこそ救いの手を素直に掴むことができない。自分一人が耐えることで解決するのならそれを良しとしてしまう。自分が楽して他人が苦しむのは耐えられないのだろう。進んでイバラの道に足を踏み入れるような危うさがあった。
「少し、時間が欲しい。……考えさせてくれ」
頭を押さえたサニーが掠れた声で言う。もちろんだと肯定しそうになって、口を噤む。それを決めるのはわたしではない。決定権はレビィにあってわたしはただの実行役。変に出しゃばって彼女の意思に背くことは避けたい。わたしの力を必要とする以上、わたしに危害を加えることはしないだろう。けれど、わたし以外ならその限りではない。そしてそれは恐らく、わたしにとっては看過できない状況になる。
だから口を噤んでレビィを見る。温情をどうかと目で訴えかける。知ってか知らずか彼女は鷹揚に頷く。
「明日、わたくしたちはここを去ります。それまでに意志を固めてください」
「ああ、十分だ。ありがとう」
短い気がしなくもないがとりあえずホッと息をつく。ひとまず猶予はもらえた。後は彼女が頷いてくれるように説得ないし未練の解消のお手伝いをしよう。ヨシっと心の中で息巻く。
サニーとの話し合いの後、明日までアジトの滞在を許可してくれた。幸いなことに住民に対して部屋数の方が多く、子供はまとまって寝ると言うこともあって部屋があり余っているとのこと。有り難く部屋を借りることにした。
このアジトにはサニーの他に四人の子供と二人の年配女性が暮らしている。街中にはここと似たような住居が点在しているそうだ。そこであの集団に見つからないようにほそぼそと暮らしているらしい。
因みに、大半の男たちはあの集団に取り込まれてしまったそうだ。だから残っているのは数少ない男性――線が細くて頼りなくて軟弱――と女子供だけ。今は定期的にサニーが住処の橋渡し役として見回りをしている。加えて集団に対する牽制や街中に迷子民がいないかと目を光らせている。
「男たちはみーんな筋肉ダルマになってしまってねぇ」
「見てるだけでむさくるしくてやんなっちゃうわ。男手が欲しいけどあれは……ねえ」
夕食の準備をする年配女性二人の手伝いをしながら会話に耳を傾ける。最初はこの街のことを教えてもらっていたが、だんだん男たちの愚痴に話が逸れてしまっている。
「あたしの旦那もいつのまにかのめり込んじまってねぇ。筋肉こそすべて! 筋肉が俺を待っているーって出て行っちまったのさ」
「うちもよ。子供もほったらかして筋肉筋肉って。馬鹿の一つ覚えみたいに口を開けば筋肉。やれ食事がどうの、やれ時間がどうのって五月蠅いったら!」
「あの集団ができたのは最近の話ですか?」
「そうねぇ……二十年くらい前だったかしら?」
「あら、もうそんなに経ったの? 早いわねぇ」
「早いって言えばフォルティスくん! 随分大きくなったと思わない?」
「ねー! 子供たちの面倒見もいいし、気遣いも出来る。あれは将来いい男になるわよ」
「サニーちゃんともラブよ! まあ、肝心のサニーちゃんは気づいていないけど。二人にはくっついてほしいもの。そのためには、何としても筋肉に染まらないようにフォルティスくんを死守しなければ」
「ええ。筋肉だけはダメよ。フォルティスくんが筋肉ダルマになるなんて嫌よ」
話が二転三転するのは女の性だろうか。しかし楽しそうに話しながらも手元は疎かにならなっていない。通じ合っているのか掛け声もなしに息の合った動きをしている。これが熟年の技というものだろうか。
「そ、れ、よ、り~。カンナギちゃんはどうなの?」
「わたしですか?」
「んもうやあねぇ。言わせないでちょうだい! あの騎士様との関係よ」
こそっと小声で耳打ちされたものだから同じように小声で話す。あの騎士っと入り口の横で控えているエクエスを視線で指す。
「エクエスさんは護衛ですよ?」
「んまっ、好きになったりしないの? あたしは一目惚れしちゃったわよ。とってもカッコいいもの」
「あれは好きになった相手を一途に愛するタイプと見たわ。浮気しなさそうだし騎士で将来有望だしめちゃめちゃ優良物件じゃない。何よりカッコいいし」
「「で、どうなの?」」
二人から迫られて苦笑を零す。胸を張って言えることではないが、実は一度も恋愛感情を抱いたことはない。だからこの手の質問をされると困ってしまう。どうしようかと答えあぐねているとご飯の匂いに釣られた子供たちが来たのでこれ幸いとうやむやにして追及を逃れた。夕食時の二人から視線が少し怖かった。