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白銀怠惰戦士  作者:
4/4

使い魔





そこは夢の中。幻想的とも現実的とも言えない混濁した空間。雪緋の目の前には銀髪紅眼の自分がいる。


「そろそろアカも使いこなせてきたじゃねえか。まぁ発動キーが無きゃ使えねぇんじゃ使えてるとは言わねぇが」


発動キー。魔法や魔術を発動する際に使う言葉。これを必要とするのは十分にその方や術を使えていない、叉は熟練していても無ければ使えない程威力が高い物に使う。後者の場合、無くても発動は出来るが威力が高い分制御が不安定になりやすい。それを補うために用いるのだ。


「発動キー…か。緋は魔術の類ではなく純粋な魔力だろう?それに必要となると厳しいな……」


「分かってるじゃねえか」



言下。夢ははれていった




        ″ ″ ″





日光が照りつけ、寒風が肌を刺激する。部屋の日当たりは随分とよく、電気を一切使用していないにも関わらず明るい。しかし前述の通り部屋には寒風があり寒い。


そんな中には二人の男女がおり、女子は布団で暖かく、男子はソファーで寒そうに寝ている。


「あぁ~。寒い。」


男子…不知火雪緋は情けない声を発しながらも起き上がり洗面所へと向かう。


女子…アウカ・ラクイルもすぐに起き上がり、少しついた寝癖をなおしに洗面所へと向かった。


洗面所についた雪緋は顔を洗い鏡を見る。ソファーで寝て寝違えたのか首が少し左に傾いている。


「ゲホッゲホッ……。いてぇ」


少々荒療法ながらも強引に腕で首を曲げなおしたが、よほど痛かったのか咳き込んだ。

そのまま洗面所から出ていく。


ドアを開けるとそこにはアウカが額を抑えうずくまっている。


「何してるんだ?」


雪緋はそう言いながらも少し寝癖のついた頭を見つめる。

昨日気づいた、というよりも知った事なのだがアウカの髪は二色に別れている。頭頂部から顎あたりにかけては白であるのに対し、顎あたりよりも下は青紫となっている。フードから見えていたのは顎よりも下の部分だろう。


「入ろうと思ったら……いきなり……」


どうやらタイミングよく雪緋がドアを開けてしまったらしい。


「……悪い悪い……。」


「だめ。マヨゲッティは週一回までとします。」


どうやら昨日の昼食・マヨゲッティが相当お気に召さなかったようだ。


この後雪緋が渋々新しい食料を買いに行ったのは言うまでもない。ちなみにマヨッドというマヨネーズをパンに塗った物を買ってきたらアウカに言われ、また別の物を買い直した。





        ″ ″ ″





「やっぱりこういう食べ物がいいよね。」


二人は今、雪緋が買い直した物・ハヤシライスお徳用を食べている。


しかし雪緋は熱い物が苦手…所謂猫舌のようで、アウカの二倍の時間をかけて食していく。


「熱い…熱い…」


二倍どころか三倍かかっているかもしれない。


「……そうだ【フリージング】」


ハヤシライスが熱くて食べられないため、何とか食べる方法を考えた雪緋はハヤシライスに氷属性の魔法で解決した。


「それは……ナシだと思う」


雪緋もハヤシライスも問題はない。


ハヤシライスが凍っている以外は……。


「食べやすい」


満足そうな雪緋であった




        ″ ″ ″





ハヤシライス事件から約1時間。クラスはとても賑やかだ。

使い魔召喚というのは皆が興味を持つような事らしく、興奮を隠しきれないといった感じのようにうかがえる。


雪緋とアウカが席につくと一瞬静まり返るが、またすぐ賑やかになった。雪緋も虐げる、又は避ける対象という認識がついたのだろう。


しかし悪口と興奮の混じった賑やかさも、ドアの開く音でピタリとやんだ。


「お前ら黙れぇ。今日1日使って使い魔召喚する。召喚室に来ぉい。」


ハルヤ教諭は教室に入らずドアの所でそう告げると、そのまま召喚室へと向かっていった。


それに続くように皆ゾロゾロと移動するなか、教室には6人の生徒が残った。


雪緋・夕乃・アウカ・リン・ティアナ・カオリである。


リン・ティアナ・カオリの用件は恐らく同じで、結界を突き破ったアカに関する質問だろう。


「雪緋!昨日のあれ!説明するです!」

「あの魔法は何だったんだ!?不知火!」

「どうやって結界突き破ったんだろうね?」


昨日は落ち着いていたリンも興奮気味に聞いてくる。しかしカオリ以外の二人は主語が微妙だ。カオリがいなければ何を訊いているのか分からない。


「あぁ……。あれは……」


アカに関しては話す気は無い。どうやって誤魔化そうか考えているうちにくぐもった声をあげてしまい、さらに3人に詰め寄られる事になってしまった。


「誤魔化すなです。」


雪緋は嘆息を一つ。首を小さく左右に振り、:観念しました:のような素振りをとる。


「あれは……水と氷の混合魔法だ。水と氷を合わせ、水分濃度をあげることで水分を使う魔法なのに摩擦で火を纏う事を可能にした。赤く見えたのはその炎のせいだ。」


ここまで一気に言ったせいか酸素が少ない。大きく息を吸い、さらに続ける。


「結界を突き破ったのは……

「待て不知火。結界を突き抜けたのは混合魔法故の高威力ということなのだろうな。しかし水の魔法で火を纏えるのはどういう原理なのだ?」


先を言い当てられ少々うなだれる雪緋。言いたかったようだ。


「氷と水の混合魔法をつくる。次に水の作用でその周りの水分を零にする。さらに氷でその部分を擦り、摩擦熱で火を作る。詳しい事は知らない。やったら出来たからな」


その言葉に夕乃・アウカ以外の目が驚愕に見開かれる。

それもそうだろう。混合魔法はただでさえ難易度が高いのに、それと同時に二つの作用を加える。魔法を三つ同時に放っていると言っても過言ではない。それほどの魔力・精密なコントロールが要求されるのだから驚愕しない方がおかしい。


夕乃は存在自体は知らないがアカによるものだと知っている。アウカは話の途中で召喚室へと旅立った。よってこの二人は驚愕しないのだ。


「凄いです雪緋!今度その技術を教えてくださいです!!!」


「私にも教えてくれ!属性が同じ水と氷というのも何かの縁だ。それの伝授を頼む!」


「確かに混合魔法は教えてほしいね」


嘘を信じ込まれた雪緋はなんとも嫌そうな顔をしている。





        ″ ″ ″





あの後ずっと教えてくれと頼まれながらも召喚室へと辿り着いた雪緋だったが、今度は雪緋が教えてくれと頼む番となるのだった


「説明終わり。めんどくせぇからもう説明しないぞぉ」


召喚室についたまでは良かったが、召喚に関しての説明は終わっているらしく皆各々の場所で召喚を始めている。


しかも「説明はもうしない」とまで断言されてはどうしていいか分からない。


「召喚……どうだったか……」


崩宴学園の授業内容から引っ張り出そうと頑張ってみるも、居眠りが多かった雪緋では必要な知識が出てこない。というよりも寝ていたので知らないのだ。

しかし雪緋の横で夕乃達はスラスラと召喚の準備をしている。授業を訊いているの人と訊いていない人の決定的な差だ。


「夕乃……。………………教えてくれ」


勇気と大量の間を絞り出して訊いた雪緋だが、夕乃は黙ってハルヤ教諭の横のホワイトボードを指差す。

そこには召喚の方法が記された紙が張り付けられていて、皆それを見てやっているようだ。


雪緋もそれに従い召喚するべく紙を凝視。内容を覚え一気にやろうとするが邪魔が入った。


リンとティアナだ。


「紙を見たかったら私達に混合魔法を教えると約束するです!」


「そして教えてくださいと言えば紙を見せてやるぞ!」


二人は未だに混合魔法に執着しているようで、雪緋に約束させるべく授業妨害まで始めた。


「ヤダ。どいてくれ。二人のデカい体が邪魔で紙が見えない。」


「太ってないです!!」

「太ってなどいない!!」


この後雪緋は20分かけて説教された




「混合魔法を教えてやる。だから召喚方法を教えてくれ」


「誠意が足りないです!!」


「どいてください」


20分の説教をのりきった雪緋だが、その余波は健在だ。


「まだ誠意が足りていない!」


「邪魔です。どいてください。」


しかし雪緋も退く気はなく、火に油を注ぐようになってしまっている。


「もう一回説教が必要みたいですねです」


「どうやらそのようだ。今度は40分は覚悟しろ!」


胸を張って言う二人だが、雪緋は動じない。それどころか胡座をかいて壁に寄りかかり、寝息をたて始めた。


そんな雪緋を夕乃が起こそうと揺さぶるが、起きる気配が全く無い。


「雪緋はなかなか起きないのよねぇ……」


さらに揺すってみるが、やはり起きない。リンとティアナも揺すってみるが起きない。さらには揺すりすぎで夕乃の方に倒れてしまった。


「危ないわぁ」


床に衝突する前に夕乃がキャッチ。自信も座り、雪緋の頭を自信の腿に乗せる。


「雪緋はまだ起きないだろうから召喚しちゃったらぁ?」


そういう夕乃の首には召喚された使い魔であろう蛇が巻き付いている。見た目はニシキヘビと変わりない。しかし体長が約30センチメートルと小さめで、怖いと言うより可愛げがある。


「…(よくも雪緋を……恨みますです)。確かにそうですねです」


リンとティアナも召喚作業に取りかかる。その顔は少々ひきつっている。


「お前らが最後だぁ。お前ら終わったら鍵を職員室に持ってこぉい。」


突如動き出したハルヤ教諭は職務法規を宣言し、召喚室からでていった。


周りを見渡してみると確かに雪緋達以外に生徒がいない。説教に時間をかけ過ぎて取り残されたのだ。


張り出されている紙を見ると召喚方法と「終わったら前の紙に書け」という簡素で主語のない文が書かれている。


召喚方法はまず、自分の魔力で正七十二角形のような魔法陣を書く。次にその中心に己の血を数滴垂らす。上手くいけばそのまま使い魔が召喚され、契約して授業達成だ。契約の方法は様々で、これといったキマリは存在しない。やり方は使い魔の自由なのだ。





        ″ ″ ″





目覚めると頭が柔らかく温かい。それが何かと目だけ動かし見てみると、どうやら人の足らしかった。


「(膝枕か…。誰だ?)」


今度はちゃんと起き上がり、足の持ち主を見る。

……それはリンだった。


「何でリンが?」


「……!。うるさいです!!早く召喚するです!」


雪緋は立ち上がり紙を見る。今度は邪魔しないでくれる様だ。




「正72角形……血……まぁすぐ終わるか」


まだ眠たいのか目を擦りながらそんな事を呟く。




5分後――


「正72角形…書けない」


決して雪緋は不器用ではない。角の多さと、全ての角・辺の長さを均等にしなければならないので難易度が高いのだ。因みに一角5度だ。


   


   

さらに20分後――


「やっと出来た。」


辺りを見回してみると外は暗い。


「終わらせるか」


そして雪緋は氷で手の平を切り裂き、正72角形に血を垂らす。

すると魔法陣は眩い光を放ちだした




その眩い光に雪緋は目を閉じた。


すると浮遊感が体を包み込み、手の平に違和感を感じる。


「……白い……空間。傷が無い……。」


手の平に感じた違和感。

それは血を出す為に切り裂いた手の平が、急速に治癒していくモノだった。


あたりを見回すとやはり白い空間。

白しかない空間。

壁も地平線も分からない程白。正に純白の世界だ。

あまりに白しかない為、少し眩しい。


[君が私を呼んだの?]


白い世界に響き渡る声は若い。

おそらく女性だろう。


「(この小説男少ないな)」


くだらない事を考え出す雪緋。まぁ確かに少ないが……


[君が私を呼んだの?]


返事を返さなかった為かもう一度聞いてきた。


「あぁ俺がアンタを呼んだ。使い魔になってくれるか?」


[アナタ次第]


直後、雪緋の周りが発光したかと思うと、そこには名前も分からぬ魔物が大量にいた。


「こいつ等を殺せばいいのか?」


魔物出現の意を尋ねるが返ってきたのは


[アナタ次第]


先程と同じ言葉。

魔物の相手をするべく雪緋は氷の双剣を精製した。


魔物の出方を窺う為に構えたままあたりを見回す。


しかし魔物に動きはない。

それどころかこちらを警戒して……というより怯えている様に見える。


何かおかしい。

攻撃的な魔物では無いのだろうか?


「(見た目からはそう見えない……。見た目で判断したらただの差別か。)」


思考しながらも魔物達を見る。

魔物は2種類。数は多くて数えられない。

熊の魔物と巨大亀。

熊の手には鋭すぎる爪が四肢には強靭さが見て窺えるほどの筋肉。牙の鋭さも長さも尋常なモノではない。

亀の甲羅にには身を守るためであろう棘。ワニガメの類だろうか。鋭い牙がある。


攻撃的に見えるが、やはり攻撃してこない。

それどころかどう見ても怯えている。


さらに警戒していると魔物は予期せぬ行動をとる。

巨大亀は巨大亀を、熊の魔物は熊の魔物を攻撃し始めたのだ。

魔物の血がとび、肉が舞う。不思議な事に雪緋には一切攻撃してこない。


[アナタ次第よ]


また飛び散る血肉。

何かおかしい。


攻撃がこない以前に血すらとんでこない。


「(守られてるのか?)」


そう思ってしまう程に何も無かった。

同種同士が殺し合う。


何故か雪緋にはこれが許せなかった。


「…………やめろ」


熊の一撃がまた熊の命を奪う。


「ふざけるなァァ」






走り出した雪緋は一番近くにいた熊の魔物へと向かう。魔物もそれに気づき迎撃体制をとり、雪緋を殴る。強靭な腕力と鋭利な爪はいとも簡単に雪緋へと刺さり、貫く。


[あっけないわ]


姿無き声は呆れを示す。


直後、雪緋が砕け、熊が倒れる。

後ろには無傷の雪緋。


砕けた雪緋はすぐに溶け、水に変わる。

学園でリン相手に使ったのと同じモノだ。


[へぇ。面白いかもしれない。]


雪緋はさらに走り、再び熊の魔物へと迫る。力では勝てないと理解しきっている為、先程同じ方法で背後をとり、氷で作った鈍器で後頭部を強く殴る。


だが今度は傷を負ったのは熊だけではない。

雪緋もだ。


雪緋が攻撃した熊の魔物。元々その背後にいた巨大亀に腕を噛まれた。

亀の首を思い切り殴り、なんとか脱出。


しかし噛まれた腕からは血がとめどなく流れ、肉が少し見えている。悪いことに噛まれたのは左腕。利き腕だ。


氷の鈍器を右腕に持ち替え巨大亀の頭部を思い切り強打。双剣使いの雪緋からすればどちらの腕でも十分な攻撃は出来る。

とはいえ利き腕に比べ威力は劣る。


巨大亀を気絶させることは出来なかった。


バックステップで距離をとり詠唱。

しかし熊に攻撃されそれどころではない。


あたりを見回してみるとあることに気づく。

魔物同士での争いはどこを見ても無い。皆ターゲットを雪緋へと変えていた。


「(利き腕が使えない。魔法で回復させるにも隙を作ればやられる。)」


襲いかかる爪をかわしながら試行錯誤。


「(攻撃部位を凍らせる)」


再びバックステップで魔物達と距離をとる。


迫り来る爪。爪。牙。


雪緋はかわすとそれに触れ、


「【フリージング】」


熊の爪を、牙を肩や首ごと凍らせる。


攻撃は次から次へと止まることを知らない。


その度雪緋は凍らせる。

善戦していた雪緋だが、5分程経過すると急に頭痛にみまわれる。

魔力の使いすぎだ。


だがそれでも魔物達は攻撃をやめない。


爪を避け、牙を避け、凍らせてはまた凍らせる。

この繰り返しに雪緋の体も悲鳴をあげ始めた。


『だからアカを使えって』


頭に響く怠惰の声。それと同時に体が軽くなり赤いオーラが放たれる。


その直後、魔物は忽然と消える。一匹残らず。


変わりに現れたのは長い黒髪、闇のような瞳、漆黒の翼。


「アカの持ち主だったのね」


先程の声の持ち主だ。


「初めまして。破壊神キリシャよ。」




「あぁ初めまして……」


律儀に腰を折り曲げる雪緋。礼儀正しいのか危機感がないのか分からない。


「じゃなくて。アカを知ってるんだな?」


疑問符がついていても、これは確認。先の発言から分かるとおりアカについて知っていることは明白だ。


「えぇ知ってるわ。何か知りたいなら教えてあげるわよ。」


顔にかかった黒髪を耳にかけながら発言する姿は美しく、儚く、破壊的な魅力をもったものだった。


「そうか。じゃあ……

「私と契約出来たらねぇ!!」


言下、雪緋に黒い刃が2本飛来する。一本は身を翻し、一本は氷の剣で叩き落とし避ける。

そしてキリシャに向かって走り出す。対してキリシャは先程と同じ黒い刃を同数雪緋へと飛ばす。


「……ッ!!」


氷の剣で2本共叩き落とす。しかし片方は左肩に突き刺さる。


「(噛まれたおかげで上手く動かない!)」


刺さった刃を抜き取りながらも雪緋は走りをやめない。そして右剣で横一閃。次に左剣で逆手持ち昇り一閃。だがキリシャはどちらも避けず立っているだけ。


「思ったより馬鹿ね。」


キリシャに傷はつかない。避けた訳でもなく、防いだ訳でもなく立っているだけ。

しかし雪緋の両剣は空振る。


空振った隙を狙い、キリシャは蹴りを放つ。人外の速度で放たれたそれは、見事に鳩尾に食い込む。雪緋の体は宙を一直線に飛び、やがて接地……落下する。


「あり得ないだろ……普通……。」


うずくまりながらも悪態をつく。たった一発の蹴りで雪緋の体は15メートル程吹っ飛んでしまった。それ程の威力を鳩尾にもらい、意識を保っていられるのはとっさに張った魔法障壁のおかげだろう。


そして雪緋は自分の武器を見る。ようやく。


「刃が……無い」


そう。雪緋の氷の剣には刃なかった。自分で消した覚えはない。


「(奴の攻撃を弾いた時に砕けたか?……それは無いか。氷が砕ける音はしなかった。)」


いろいろ思考してみるが納得できる答えに辿り着かない。原因解明を諦めたその時雪緋の顔面に衝撃がはしった。そしてまた吹っ飛ぶ。


キリシャの蹴りが顔面にヒットしたのだ。


「短気だからそんなに待たないわ。」


そして再び雪緋に襲いかかる。

砕けた氷の剣を消し、新たに氷のハンマーを精製する。そしてキリシャが間合いに入るのとタイミングを合わせて振り上げる。


キリシャはそれを短いサイドステップで避け、黒い刃を振りかぶる。


そして振り下ろす。


雪緋は氷の槌を手放し、横に避け詠唱する。


「我孤独を愛する。我汝を拒む。溢れし愛を捧げよ。『アクアケージ』」


現れたのは水の檻。氷の槌ごとキリシャを閉じこめる。


だがひとつ異変。氷の槌が無い。雪緋は消していない。


「ようやく気づいたわね」


言下、黒い刃を振り回す。水の檻に触れた瞬間水の檻は消えていく。


「闇か……」


たどり着いた結論は属性の優劣。光と闇は他の属性を飲み込み、消し去る。その魔力ごと。茜がそうなったように……


また侵蝕。侵蝕。侵蝕。


自分からは白と黒が嫌でしょうがない。朝も昼も夜も嫌いだ。大切な人を動けなくした上に、今度は自分を消そうとしている。


「(お前等も俺が嫌いなんだな。)」


そして再び溢れ出すアカの魔力。


「全て消えればいい。」


「やる気になったわね」


直後二人は走り出す。人外のスピードは白い世界に残像すら残さない。残るはアカと闇の軌跡のみ。


「……クッ!!」


流れ出る別のアカ…赤。

白い世界を侵蝕するは血の赤だ。


アカを使ってる割に随分と弱いわね。」


血は雪緋のもの。善戦出来る気がしない。

血が固まってきた。アカを使用する事で得られる高速再生。


前もあったなこんな事


そんな事を思いながら再び走り出す。

アカを振り下ろし、黒を避け、また走る。闇属性の侵蝕を恐れず雪緋は切りかかる。


少し前、夕乃と戦ったとき――戦いたくなかったが――アカは侵蝕されなかったという経験、さらにはアカで上がった身体能力が恐怖を消し去る。


流れ出る血も気にならなくなるほど雪緋は集中している。


こいつは、破壊神キリシャは夕乃よりも格段に強い。アカを使っても傷一つ負わせられないのだから。


だがしかし、消し去られた恐怖のおかげで雪緋は気づかない。一方的に流れ出ていく血液。一方的に増えていく雪緋の疲労。


集中しているからこそ、集中し過ぎているからこそ自分の状況が見えていないのだ。


「遅いわ。遅すぎるわ。」


キリシャの呆れ声。そして雪緋の傷はまた増えていく。


振り上げられた黒い刃を避け、切りかかる。キリシャもそれを避け雪緋を切る。切る。切る。


一旦後ろに飛び退き、アカの刃を構えなおし走り出す。



ブスッ―――



突き出されたアカはキリシャのわき腹を貫く。


アカの持ち主のクセに馬鹿ね。」


言下、キリシャは薄く微笑み雪緋の胸に触れる。


それに対し雪緋は動かない。やっと攻撃を命中させた事に笑ってすらいる。


「トンデケ。」


黒い爆発とともに雪緋は後ろへ飛び退く。否。後方へ吹っ飛ばされる。


「ゲホッ……ゲホッ……」


吐血しながら何とか立ち上がる雪緋。顔には先程の笑みなどなく、焦りと疲労のみ見える。


………否。焦りではなく冷静さと状況判断能力を取り戻した。


そして少し全身を動かす。顔を痛みに歪めながら。


「左腕、右足に深手。他は軽傷だが十分傷。それでも動きに支障はあまりない。……深手は別か……。」




表情だけでなく目つきまでもが先程までとは全く違う。

あの自分の力に溺れ、相手に向かい、傷を戸惑わず攻撃していく自滅の化身のような表情はもう何処にもない。


彼我の実力差を認識し、冷静に相手を見据え、勝つための道筋を思考しながらも警戒は解かない。今はそんな表情だ。


ただ考え方が変わっただけだが、これは先程までと比べると大きな進歩。そして雪緋らしさを取り戻したと言えるだろう。


荒れ狂っていたアカも静かに留まり、雪緋の傷を治そうとしている。

実際はそんな思考を持っている訳でもなく、当然雪緋が実行している。


当人が意識せずに出来たら無我の境地に到達出来るだろう。


「……治らない?」


アカによる高速回復能力は目を見張る物がある。瀕死の茜をたかだか数秒で安静状態へと導いたのだから。


だがしかしその能力をもってしても黒い刃に受けた傷は治らない。

そう、黒い刃に受けた傷は。


熊の魔物と巨大亀に受けた傷はすぐに完治。


属性の侵蝕効果かとも考えたがそれもない。茜は光で瀕死に陥ったのだから。


「短気だからそんなに待たないわ。さっきも言ったわ。」


眼前に迫る黒い刃。雪緋はそれを仰け反ることで避け、その勢いをのせたサマーソルトを放つ。


キリシャはそれをかわすと、未だ体制が整っていない雪緋を蹴り飛ばす。


数回白い地面を転がると息を吐き出しながら立ち上がる。


「属性の問題じゃないわけだ。」


傷の問題を解き明かしながら雪緋はアカの剣でキリシャへ走り出す。


辿り着き、振り下ろす先はキリシャではなく黒い刃。


キリシャは黒い刃を振り上げる。


それはアカをすり抜け雪緋の首を両断する。

直後、氷となって砕け散る前に消滅する。



「やはり属性の侵蝕じゃない。」


その声に反応するようにキリシャは後ろを振り返る。そこには雪緋が立っている。


「ようやく理解できたのね。嬉しいわよ。アカの持ち主が完全な馬鹿じゃなくて。」


そう言う顔は、確かに少し嬉しそうだ。または玩具の新しい遊び方を見つけた幼子のよう。


「アンタの剣は闇属性でも、ましてや光属性でもない。ただの魔力の塊。それを媒介にアンタは魔力を消滅させている。」


「正解。じゃあもっと遊べそうね。」


今回走り出したのはキリシャ。


雪緋も走り出す。迎撃ではなく攻撃という事だ。


「でも少し違うわ。これは魔力の塊じゃない。形を整えたただの石よ。」





振り下ろす刃は黒に接触しないように気を使いつつ、出来る限り一撃で多くのダメージを与えるために胴や首を狙う。


しかし攻撃はあたらない。

それどころか自分に傷ばかり増えていく。治癒出来ないから質が悪い。


「それが本当にタダの石かよっ!」


悪態をつきつつ雪緋は作戦を練る。


一瞬生じた隙を狙う。それが雪緋が立てた作戦だった。

初心者の考える戦い。この作戦を一言で言うなら正にこれだろう。


戦い、そしていつか出来るであろう隙を狙う。


基礎であり、重要な事ではあるがこの状況で:待ちの作戦:は得策ではない。それどころか愚策だ。


傷は既に大半が癒えたとはいえ自分は戦いの後。

実力差は如実に示されていてる。

相手が魔力を消滅させてしまう為に自分の魔力は減る一方。

オマケにアカも通用しない。


これだけ自分には悪条件が揃っているのに:待ちの作戦:は自滅を導くモノだ。


こうして作戦を練っている間にも傷は増えていき、魔力も減っていく。


「随分余裕なのね。」


言下、振り下ろされた黒を飛び退いて避ける。


「戦いの途中で考え事なんて馬鹿のする事よ。私の方が強いから尚更ね。」


振り下ろされた黒からは漆黒の衝撃波が放たれ雪緋に迫る。それを寸でのところで避け氷の刃を投げつける。


キリシャは黒で消し去り、再び雪緋に迫るため駆ける。


未だに人外のスピードで動ける様子を見て雪緋はようやく気がついた。


:待ちの作戦:は無意味だと。


それから再び作戦を練るが、状況が悪い。相手はスピードが頼りの自分よりも速い。

剣速も脚も反応速度も……


その上魔力は消し去られるため迂闊に防御もできない。


「やっぱ魔武器作ってくれば良かった……なっ!」


気合いを入れて振り上げたアカの刃も黒に触れただけで消え去ってしまった。

そしてこれから振り下ろされるであろう刃を避けるために飛び退く。



しかし黒は振り下ろされる事は無かった。


「(何故……?こちらの武器が無い状況が最も安全かつ正確に攻撃出来るはず……。)」


その時雪緋には突破口が見えた。勝つ為の……


「武器を媒介にしていたんじゃ無いわけだ。お前の固有能力だったんだな。」


固有能力

それは使い魔や魔武器が持つ特殊な能力の事。使うにはそれなりの集中力が必要となる。


「えぇ。ようやく気づいたわね。でも分かったからって関係ないわ!」






その言葉に対し雪緋はニヤリと笑った。


「それだけ分かれば充分だ。【ウォーターライン】」


雪緋が生み出したのは水の障壁。


これは当然防御系統の魔法。


しかしそれでも魔法に変わりはなく、恐らくは漆黒の捕食者に消し去られてしまうだろう。


「やっぱり理解しても意味ないわね。」


そういってキリシャは人外のスピードを更に速める。

アカが発動していなければ雪緋程度の実力では見ることも出来ないだろう。


しかしそれはアカが発動していない場合であって今は違う。


見えているからには雪緋なら反応は出来る。


足に力を入れ、走り出す。


それと同時に今は充分な威力を引き出せない利き腕に代わり、右腕にアカの魔力を込める。


全てのアカの魔力を……



お互いがトップスピードでぶつかり合う。

まずはキリシャの右剣が障壁にあたり、次に左剣が迫る。


「やっぱり意味なかったわね。」


キリシャは思い切り雪緋を切り裂いた。





そんな事は無く、キリシャの左剣は雪緋の障壁に阻まれていた。


「なっ!?」


「こいつで終わりだぁぁ!!!」



そしてキリシャには雪緋のアカをこめた右剣が命中し、20メートル程吹っ飛ばした。


「はぁっ……はぁっはぁっ……」


雪緋の疲労は先程とは比べ物にならないほど増加していた。


それもそうだろう。自分の中の魔力を全て込めたのだから。これで倒せていなかったらもう勝ち目は無い。今のはそんな博打だったのだ。


しかし期待は裏切られる。


「あ~。痛かったわ。」


キリシャは立ち上がったのだ。無傷で。


「でもまぁギリギリ合格ね。契約してあげるわ。」


「はっ?」


「だから合格よ。私の魔力消失の能力を見抜いてバレないように障壁を二枚はる。私は二枚目の消失に集中出来ていないからあなたの障壁に阻まれる。ここまで出来れば最低限合格よ。さぁ契約するわよ。」


そう言ってキリシャは雪緋にキスをした。


「はっ?」


「さぁ戻るわ。」


「なんかテンポが早過ぎてついていけない………」


そんな思考も突如輝きだしたこの空間によって遮られた。





        ゛ ゛ ゛





眩い光が消え、目を開けるとそこには驚いた顔のリンがいた。


「ちゃんと戻ってきたみたいだな」


「当たり前よ。私がやったんだから」


隣からそんな声が聞こえ、見てみると幼女ぎいた。恐らくはキリシャだ。





「自信満々だな。呆れるくらいだ。」


ため息をつきつつ呆れていることをアピールする。


それにはキリシャの心を刺激したようで、小さい体で胸を精一杯張った。


「当然だ。あんまり私を馬鹿にするようならアナタの魔力を消し去ってあげてもいいのよ?」


呆れに対して随分な反撃だ。もはや一方的な暴力とも言えるレベルだろう。


「そんな体でどうするんだ?昔読んだ本に書いてあった事がある。

それは使い魔が契約時より小さい場合本来の能力は引き出せないということだった。何故小さいのかは知らないが……」


しかし雪緋には通じない。


「えっ?雪緋の使い魔はロリータじゃなかったんですか?私の使い魔は最初からこの状態だったんですけどです…」


リンはそう言って自身の使い魔であろう猫を差し出してくる。


差し出された猫は赤い毛並みでサイズは通常の猫と変わらない。


みゃー

と人鳴きし後ろ足で耳裏をかく。


「あぁ。契約時は大人の……

「使い魔のレベルと主人のレベルの違いが大きいとこうなるのよ。主人のレベルが上がれば上がるほど元の姿に戻れるようになるわ。」


雪緋のセリフを半ばで遮り結論を言い渡す。

それは主人が自分よりも遥かに弱いということ。それも大人が幼女になる程絶大な差だ。


既に契約時にボコボコにやられたとはいえ、この言葉は雪緋のココロをしっかりと抉っただろう。


「なる程です。じゃあ雪緋は弱い……

「主人。お腹空いたわ。早く帰って食事にしましょう。」


そう言って雪緋の手を引っ張り出口へと向かうキリシャ。姿は幼女でも力は雪緋よりも強いようだ。


「ちょっと待て。」


教卓に歩いていき紙に何かを書き込む。


「何を書いてるです?」


リンが書いてる物を見るとそれは召喚報告書。ハルヤ教諭が職務放棄したため授業中に召喚を報告を出来なかった者はコレに書き込む。


この様子を見るとリンは書き忘れのようだ。急いで書き始めた。


報告書に書く欄は

名前

種族

属性

この三つだ。


雪緋とリンはスラスラと書き込んでいく。

名前―キリシャ

種族―幼女

属性―……


しかし属性の欄で詰まる。先の戦闘では雪緋はキリシャが属性魔法を使うところを見なかった。だから分からないのだ。


「キリシャ。お前の属性はなんだ?」


だから聞く。


「雪緋は自分の使い魔の属性も知らないんですかです!?」


そして驚かれる。




知らない事を聞いてここまで驚かれるとは……


「まぁ……使われなかったからな……。」


「雪緋は戦ったんでしたか。大変でしたねです。」


何故今ので納得出来たのか不思議でたまらない。

だが納得してくれたんならそれでいいだろう。


「それで結局キリシャ。属性は何だ?」


キリシャに向き直り聞く雪緋(向いてるのは顔だけだが)。


「火と水と氷と雷と風と地と光と闇よ。でも主人が弱いおかげで使えるのは火と風ね。」


「じゃあ火と風でいいか。それにしてもやっぱり全部使えたんだな。」


やっぱりという言葉通り驚いた様子の無い雪緋。

魔力を消し去るという能力の性質上、最低限全ての属性の魔力の質を知る必要がある。つまり全ての属性を持っているという事は予測済みだったというわけだ。


だがそんな事を知る由もない者が一人。

雪緋のすぐ隣で報告書に書き込んでいたリンだ。


「えっ?全部?えっ?ポプラゲ?キュリニュタ?」


横で意味の分からない言葉を言い出したことで事の重大さを認識する。


「(どうやって誤魔化すか……。)」


考え込む雪緋。


下手な言い逃れをすれば更に混乱に陥れる。


なのでテキトーな言葉で誤魔化すわけにはいかないのだ。


しかしそこに混乱の根源から思いも寄らぬ救いの手が差し伸べられる。


「嘘よ嘘。全属性なんて使えるわけ無いじゃない。主人も信じるなんて馬鹿ね。」


救いの手というには過大評価だったかもしれない。もしかしたら混乱をより強い混乱にしただけかもしれない。


「何だ嘘何ですかです。ビックリしたです。」


だがしかし、横の馬鹿はこれを信じ込んだようだ。


自分にもアカが消される理由が理解出来ないから馬鹿にも出来ないだろうが、それでもやはり馬鹿だ。


まぁ全属性使えるなんて非現実を信じれる人の方が少ないのだが……





        ゛ ゛ ゛





「出来ましたです。」


そう言いながらリンは食器を持って現れた。


それにはサラダがのっており、テーブルの上の皿にはパンがのっている。


実はあの後リンの計らいで夕食をご馳走になっているのだ。

そこには勿論アウカもいる。


「悪いな。二人分もご馳走になって」


「別にいいんです。私はアウカさんを差別してないですからです。」


この言葉がきっかけで二人は仲良くなることとなる。


それから3人は他愛もない話をしながら夕食を食べきった。


「主人ちょっと




キリシャに呼びかけられそちらを見ると、キリシャは何やらノートを手に持っていた。


「それは?」


「私のノートです。雪緋が転入してくるまでの事も書いてあるから写させてあげましょうか?……です。」


「いやいい。」


キリシャのノートをよく見ると確かに

リン・クローバー

と書かれていた。


「このノートがどうかしたのか?」


「リンさん。このノートは1日でどれくらい書いたんですか?」


キリシャがそれを訪ねるとリンは頭にクエスチョンマークを浮かべながらも「大体1ページで1日です。」と答えた。


「やはり……。主人、これではいつまでたっても私は大人になれません。」


そう言うキリシャの顔は厳しい。


「どういう事だ?この学園では俺は強くなれないと?」


「はい。魔力消失の習得はおろか少女にすらなれません。」


この言葉は雪緋に大きなダメージを与えた。それは魔力消失が習得出来ないということ。


雪緋の中では真面目に授業をこなしていけば1年以内に魔力消失を習得。

そして茜の中の光属性を消し去り茜は目覚める。


あまりにアバウトだが既に雪緋には予定があったのだ。


しかしそれをたった今打ち消された。不可能だと。


「キリシャ。一応聞くがここにいたら魔力消失はいつ頃習得出来る?」


「そうねぇ………。最低でも7年は必要ね。」


それは茜の死刑宣告にも近かった。

否、死刑宣告だ。


確かに今は光属性と茜自身の魔力が拮抗しているからいい。


だが時間が経ちすぎると光属性に侵蝕され死ぬ。それは避けられぬ現実だ。


「少しでも早く習得するにはどうすればいい?」


「ここにいた所で無意味。旅に出てより早く実力を身につけることが恐らく最速ね。」


そこまで聞いて雪緋はリンに向き直る。


「リン。俺は…

「行ってらっしゃいです。茜ちゃんもアウカさんも面倒みますから安心してくださいです。」


雪緋のセリフを遮って出た言葉は送りの言葉。


「本当にいいのか?」


「はいです。どうせアウカさんを連れて行ったりはしないのでしょう?…です」


「あぁ。アウカ。いいか?」


ここで否定されては堪らない。


だが一応は確認をとっておかないとイケない。


何となくだが雪緋はそんな気がしたのだ。


「うん。僕は頑張るから行ってきて。」


そう言うアウカの顔は悲しげだった。


それを見て雪緋は走ってリンの部屋から出て行く。

同情で決意が鈍りそうだから


悲しげな顔を見れば決意が鈍りそう。


今更ながら雪緋はそう考えた自分を嫌悪していた。


―…確かにアウカを置いていく事に不安も心残りもある。それでもこれは俺が強くなるための旅だ。連れて行っては邪魔になるだけだ。


雪緋はココロの中で唱えながら自分の部屋へと向かう。


エレベーターを降り、自分の部屋の中へ。


―…何も持ってない俺が何を持って行くんだ?。何一つとして持っていけるモノはないじゃないか。


こちらへ来るのに雪緋は何一つ持ってきていない。それに気づいた雪緋は自嘲気味な笑いを一つ残し部屋を出ようとする。


しかし雪緋は部屋から出れず、オマケにローブを着た人間を中に入れてしまう。


アウカ・ラクイル………


さっき逃げるように走って出てきた雪緋を追いかけてきていたのだ。


「持って行くもの……無いでしょ?。」


「あぁ。何も持ってなかった。」


するとアウカは「ちょっと待ってて。」と言い残し奥へ入っていった。


ガタッゴトッグチャッベキッ


「(気持ち悪い効果音が流れてるけど平気か?)」


そんな不安もなんのその。アウカはすぐに戻ってきた。だが手には何も持っていない。


「どうしたんだ?」


「………………」


沈黙


「……………………」


沈黙


「…………………………」


沈黙


「アウカ?どう…

「どこやったんだろう?」


雪緋の質問を遮って出て来たのは疑問の言葉。どうやら雪緋に何かを渡そうとしたがその何かが見つからないらしい。


「うぅ……。大切なのに……。」


そしてアウカはとうとう泣き出してしまった。


「……はぁ。俺も探してやるから泣くな。で、探してるのは何だ?」


ぐずりながらも「指輪。」と短く答えたアウカは気づかない。自分がその指輪をアクセサリーとして首からさげていることに。


それを見て雪緋はすぐに胸元を指差す。最初は不思議な顔を見たものの、「よかったぁ。」と安堵をもらしながら二つある内の一つを雪緋に渡した。



「これは?」


「……お母さんの形見。大事なものだからちゃんと返しに来てね。」


それだけ言うとアウカは雪緋を部屋の外へ押し出した。


「ちゃんと……生きて返しに来てね。」


この言葉は修行の旅と理解してるが故の言葉。


ならそれに返す言葉はワンパターンしかない。


「あぁ。生きて返しに来る。必ず。」


言い残し雪緋は歩き出す。すすり泣く音を聞きながら。


エレベーターの中

雪緋は渡された指輪の保管をどうしようか迷う。


人差し指にはめてみるが、少々キツい。


次に中指。ここも少々キツいものがある。


次に薬指……ではなく小指。逆にユルユルですぐに紛失してしまいそうだ。


―…仕方がない。中指だな。キツいが……。


そんな事を思いながら中指にはめているとエレベーターは一階に到着したようで、ドアが開いた。


ロビーを出る。


するとそこには4人の人影……


リン

ティアナ

カオリ

夕乃

この4人だ。


「何でいるんだ?」


そうは聞いてみるものの理由は分かっていた。


「引き留めるためよぉ。」


自分を学園に留める為だと……


夕乃を見ていた視線を横にずらしリンを見ると手を合わせゴメンのポーズをとっていた。


―…リンがすんなり俺の旅を認めたのはすぐにとめる自信があったからか……。


「もう分かってると思うがリンから聞いたぞ。……雪緋、本当に行くのか?」


「あぁ。行く。」


そう言ってティアナの横を通り過ぎようとする。


しかし腕を掴まれ進めない。


「何故とめる?」


「誰が武者修行など許すかァ!!」


掴んだその腕を叫びながら学生寮に向かって放る。


雪緋は易々投げられ、氷の刃を召喚しつつ着地する。


「行くなら私も連れて行けぇ!」


そしてガクッと肩を落とす雪緋。


普通ここは戦ってでもとめる!

とかの友情シーンだろう。


だが現実にそんな事は無く、自分がどれほど小説に影響されているかを痛感するお笑いシーンとなってしまった。


―…だがそれなら攻略法はある。


「なら俺を倒せ。倒せたら連れて行ってやる。」


「よし。ならギャフンと…

「それは別に一人じゃなくてもいいね。」

「私達も参加するわぁ。」

「はいです。」


どうやら負けたら大勢で旅に出ることになりそうだ。


雪緋が三度のバックステップで距離をとる。


更に氷の刃を胸元で交錯させ、警戒しつつ学園の正門とは逆に摺り足で動く。


そして走る。正門の逆へと。


後ろから銃弾や魔法が飛んでくるのもお構いなしに走りつづける。


「待てぇ!逃げるなぁ!」


叫びながらも攻撃の手は休めない。だが雪緋も止まらない。それが作戦だから。





        ゛ ゛ ゛





「何故いるんですか?ハルヤ教諭。」


学園の正門

そこには青年とよべる年齢の二人が話し合っていた


「お前に聞かれたくねえな。不知火。」


「健全な夜逃げですよ。」


冗談を言っても二人の間には笑みはおろか微笑みすら生まれない。冗談でもないのだが。


ハルヤ教諭の雪緋を見る目は厳しい。その目は全てを知っていて、咎めるような目だ。おそらくは雪緋をとめる気なのだろう。


「何故かは知りませんが旅に出るのを知っているようですね。」


言下、雪緋は氷の刃を召喚。そして構える。


「でなきゃ力ずくで抜けます。」


そのまま時間は経過する。後ろの方では遠ざかってはいるが、まだ魔法の爆発音や地面を抉る音が聞こえてくる。


しかしこの二人には関係ない。


「……はぁ。」


ハルヤ教諭のため息。


「別に止める気はねぇよ。」


「はっ?」


思わず頓狂な声をあげてしまう。


それもそうだろう。雪緋としては戦闘を行うつもりだったのだから。


「だから止める気はねぇって。強くなろうとするやつを止める理由は俺様にはねぇよ。」


そう言うハルヤ教諭の顔にはいつもの怠慢教師の仮面は無い。


「じゃあ何故ここにいるんですか?」


ハルヤ教諭はもう一度ため息をつくと東を指差した。


「お前どうせ予定も金も無いだろう。だから多少は案内してやろうと思ってな。」


ハルヤ教諭はどうやら送りに来てくれたようだ。


しかしまだ東を指している。


―…必要な時に向けりゃいいのに。


雪緋がココロの中で軽く侮辱しているのも気付かずにハルヤ教諭は続ける。


「で、最初の目的地だが…………。ガ……ガ……ガ……ガ……ガ……ガ……ガ……ガル・タウンだったか?」


案内してくれる割に随分とあやふやなようだ。


この人に山を案内させれば遭難決定だろう。


「まぁ東に真っすぐ行ったところに大きな街がある。そこでギルド登録しろ。最初の内は働いて金を稼いでおけ。」


ついでにそれなりに世界を知れる。と付け加え続ける。


「次の目的地はお前が選べ。ギルド登録までは手伝ってやる。」


それだけ言うと満足したようで、木の枝で地面に魔法陣を描き始めた。


「何故転移陣を?」


そう。この魔法陣は転移陣といい、自分が記憶している場所…つまり一度行ったことがある場所に一瞬で移動出来るという優れもの。


ただしこの転移陣は魔力の消費を抑えるためのもので、別に転移するだけなら必要無い。


「疲れるのは嫌いだ。」


どうやら怠慢教師には必要なようだ。

正直呆れた。


―…書くのが面倒くさいとは思わないのか?






そんな事を考えている間に後ろから魔法が飛んできた。


―…バレたか……。


「ハルヤ教諭。早く!」


「もう出来た。早くするのはお前だ。乗れ。」


どうやら無駄な時間を過ごしたようだ。


「待てぇ!逃げるなぁ!戦えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


「目的が変わってる……。」


「転移!」


視界が光に埋め尽くされ、平衡感覚がなくなり、頭が痛い。


―…転移に慣れないと駄目だな……。






        ゛ ゛ ゛






目を開けるとそこは森の中。

周りを見渡すとどうやらガル・タウンとやらは近くにないだろうことが分かった。


そしてハルヤ教諭がいないことも。


「此処はどこだ?」


多少歩き回ってみる。


が、やはりハルヤ教諭はおらず先程最初にいた場所に戻ってきてしまう。


「……。【キリシャ】。」


……。


…………。


………………。


何も起こらない。


使い魔は普通喚べば主人の下へ召喚される。たとえ使い魔が何してようが主人と使い魔の関係が破棄されていなければ召喚出来るのだ。


それが出来ない。


―…結界が張られているのか?そうなると誰が……。


結界は自然には存在しない。


つまり人間が発生させて初めて結界という存在が出来上がるのだ。


雪緋が今考えているのは魔力分断タイプの結界。


これは中から外または外から中への魔力での移動を阻むモノだ。


召喚も魔力での移動の為阻まれた。


だが自分は転移で此処にいる。


―…ハルヤ教諭か?


その可能性が最も高いが動機が分からない。


次に別のタイプの結界。


分断タイプの結界

これは中から外または外から中への移動を阻むモノ。


だがこれは魔力での移動は可能な為却下。


特定の魔力を持ったモノ以外侵入出来なくするというもの。

これなら説明が出来る。


―…だが誰が……。


「私だ。」


その声に反応し振り返る。


「お前か…。何の用だ?」


そこにいたのは銀髪で紅眼。

怠惰な雪緋だった。


「面倒くさいが忠告してやろうと思ってな。」


「忠告?」


「あぁそうだ忠告。アカを使いこなせるようになれ。でなきゃ死ぬ。ついでに報告。」


面倒くさそうに続ける。


「お前が旅に出たから二週間後に真実を知ることは無くなった。自分で追い求めな。」


「おい!それは……


それを最後に夢の世界ははれていった。





        ゛ ゛ ゛





「いつまで寝てんだ?」


そう言って青年……ハルヤ教諭は雪緋を蹴る。


殺す気なんじゃないだろうかと疑うほどのスピードで蹴り続けるハルヤ教諭の顔は何処か楽しそうだ。


そしてハルヤ教諭の反対側には幼女……キリシャがおり、こちらも随分と楽しそうに蹴り続けている。


「…………いい加減痛いんですけど。」


「ぅおっ!!」


楽しそうだったハルヤ教諭の顔が驚愕に染まる。というよりもいきなり雪緋が起きた事に驚いたようだ。


何か情けない……。


「いきなり起きるな。驚くだろう。」


「そんな事俺の知ったことではない。それより此処は?」


蹴り起こされたおかげで雪緋は少々ご立腹のようだ。


「ガル・タウンの近くの森だ。お前がちゃんと女子共引きつけておかないから少し焦ってミスっちまった。」


「ふ~ん。周りに影響されるわけだ。」


此処は森の中。夢の空間も森の中。


つまりあちらの場所はこちらの場所に影響されるというわけだ。


「……?まぁいい。それよりそこのガキはお前の使い魔か?いきなり召喚されてきたんだが」


そう言ってキリシャを指差すハルヤ教諭。


ハルヤ教諭が言うには、雪緋を蹴り続けていたら突如幼女が召喚されてきて一緒になって蹴り続けていたんだそうだ。生徒を蹴り続ける教師等普通なら強制退職だが、そうならないからハルヤ教諭はハルヤ教諭なんだろう。


「……。えぇ。俺の使い魔です。」


「そうか。間が気になるがどうでもいい。」


しばらく考える素振りを見せたハルヤ教諭はスタスタと歩き出した。


「どうした?早くガル・タウンに行くぞ。あまり俺様を待たせるな。」


振り返りもせず歩きながら言うハルヤ教諭の後を雪緋は急いで追いかける。声をかけながら。


「ハルヤ教諭!前を見て!じゃない下を見て!」



言ったときには時すでに遅し。珍しく焦った様子の雪緋の叫びもむなしくハルヤ教諭はグニャッと何かを踏んでしまった。


「何だ?今グニャッて言ったか?」


そんな事を言いつつハルヤ教諭はグリグリとそれを踏み続ける。


「俺がそんな事を言うわけが無いでしょう……。尻尾ですよ。それ。」


「あっ?」


キキシャァァァァァア!!


突如ハルヤ教諭の足元からグニャッとした尻尾が抜き取られ、その尻尾の持ち主が現れた。


一言で言うならそれは巨大な猿だ。

尻尾は長く太い。爪も長く、そして鋭利。同じような、だが更に長い牙もある。



「ギャムザルかぁ…………………………………………。ダリィな。」


たっぷり間を使ってのこの言葉。勿体ないの一言しか出てこない。


「ギャムザル?」


しかしこの魔物を知らない雪緋はそうではないようだ。


「アァ。ギャムザル。正式名称ギャメラムハム、略してギャムザルだ。……。俺様ダリィから戦わねぇ。お前一人でやれ!」


それだけ言い残し一瞬にして雪緋の遥か後方に移動してしまった。


―…タダの怠慢教師かと思ってて、少し見直したんだが……。


「はぁ。」


思わずため息が出てしまう。「ダリィ。」の一言、ただそれだけの理由で生徒に魔物を押しつけたのだからため息の一つや二つ出てしまう。


そんな事を考えている間にギャメラムハム、通称ギャムザルは雪緋目掛けて突進してくる。


「やっぱりタダの怠慢教師だな。」


左にステップし突進を避ける。


しかしギャムザルは直角に曲がりまた雪緋に突進する。


この時分かった事だが全身の筋肉が異常なまでに発達している。しがみつかれたら間違いなく内臓が飛び出してしまうだろう。


捕まったら死ぬ。


雪緋は再び左にステップし避けるが、当然の如く直角に曲がって追尾してくる。


「だったら…。【ウォーターライン】」


自分の目の前にやや斜め向きに障壁を発現。


それに軌道をずらされたギャムザルは雪緋のすぐ横を通り過ぎる。


―…直角以上の角度…。鈍角には曲がれないのか?


一つの仮説を立て、ギャムザルのすぐ後ろに追随する。


氷の刃を出し襲いかかった。


後少しで刃が届く。


そんな所でギャムザルはいきなり腕を横に突き出し一回転。


雪緋はそれに反応出来ずに回ってきた腕に吹っ飛ばされる。


その距離は30メートル程。


「……ゲホッゲホッ。最近よく吹っ飛ばされるな。弱いんだろうな。俺が。」


吹っ飛ばされた影響で体中傷だらけ。正に満身創痍といった状態だが雪緋は立ち上がる。


自嘲気味な笑みと共に。


だがそんな表情も上方での音で消え去る。

木の枝の上にいるのだ。ギャムザルが。雪緋が表情を消した音はギャムザルが木の枝に飛び乗った音だ。


ガァァァァァァアア!!


そんな絶叫にも似た鳴き声とともにギャムザルは急降下。


雪緋はそれをバックステップで避けるが、飛んできた石によってバランスを崩し後ろ向きに倒れる。


「何が……。!?」


雪緋が目にしたもの。それはクレーターだ。


ギャムザルの攻撃で出来たものだろう。石はその時の衝撃で飛んできたのだ。


そしてギャムザルは小さなクレーターからのそりと這い出る。


不気味…………というよりも気色が悪い。巨大な猿が鼻息を荒くしながら出て来たのだ。この姿を見て可愛いと本心から言えるなら、きっとその人はゴキブリを愛し抜けるだろう。


そして再度雪緋に突進するギャムザル。


痛む体に鞭を打ち、ギャムザルよりも上に飛ぶ。直角に曲がれるなら上から攻撃しようと考えたのだ。


「これで!」


自然と声に気合いがこもる。しかし無意味に終わった。


ギャムザルが腕を振り上げたのだ。それもアッパー。


急な事態。ましてや空中での出来事だ。浮遊の魔法を習得していない雪緋はなす術なく上空へと投げ出される。


上昇が下降へと変わる頃にはどんな木よりも上。森林全体が見渡せる高さにまで届いてしまった。


更に落下地点には腕に力を込めた状態で待つギャムザル。落下とギャムザルの攻撃。これをくらえば間違いなく死ぬだろう。


―…いい加減に助けてくれるか?


そんな思いをのせてハルヤ教諭をみるとタバコをふかしていた。


アカを使えって言ってんだろ?なかなか物覚えの悪いやつだな。』


罵倒されると共に雪緋を赤い魔力が包む。

目を下に向けると、そこには既に腕を降り始めたギャムザル。


「……っ!」


足裏にアカの魔力を集め爆発させる。その推進力でギャムザルから逃れる。


それは出来たものの、着地に失敗。全身擦り傷だらけである。


そんな事を気にしているわけにもいかず、急いで立ち上がるとギャムザルはもうすぐ傍まで来ていた。殴る構えで。


そして殴る。突進と腕力の合わさった攻撃。


雪緋にあたり、そしてめり込む。

そして最後に砕ける。氷となって。


「終われ。」


ギャムザルの背後に現れたのは雪緋。そして氷の刃で切り裂く。


「ふぅ。」


落ち着いたのも束の間。突如雪緋を横から衝撃が襲う。


「平気か?」


吹っ飛ばされたおかげでハルヤ教諭の近くまで来た。


雪緋がギャムザルを見ると、ギャムザルは平然と立っていた。無傷で。


驚愕に表情が歪む雪緋。


そして次に見るのは己が作り出した氷の刃。キリシャと同じように刃を消し去ったのかと思えば違う。刃はちゃんとある。


但し刃こぼれし過ぎた状態で。


「……?…………。」


「分かんないか?」


その問いに対し雪緋は横に首を振る。


「あいつの毛が硬いわけか。」


「正解。ちなみにギャムザルはランクAのモンスター。俺様は手伝わねぇから。」






「怠慢教師。」


「それがモットーだ。」


キリシャをチラ見してみると、こちらも手伝う気はなさそうだ。


それを理解すると雪緋は走り出す。ギャムザルに向かって。


ギャムザルも雪緋に向かって走り出す。


先に攻撃したのはギャムザル。先程のアッパーとは逆……腕を振り下ろす形だ。


それを最小限の動きで避けた雪緋は氷の刃を手放し、アカの刃を発生させる。


「氷でダメなら!」


今度はアカで作り出した刃で喉を狙う。いちだんと毛が生えているが、雪緋にはそれを貫く自信があった。


何せ今までまともに命中して効果が無かったことは無いのだから。


『ばーか。』


その言葉の直後雪緋の作り出した刃はギャムザルの喉へと命中する。





そして………………弾かれた。


「なっ!?」


次の瞬間。雪緋はあいているもう片方の腕で吹っ飛ばされた。今度は先程のように遠くには飛ばされなかったが、それでも5メートル程は飛んだ。


アカがきかない!?」


『やっぱり馬鹿だなテメェは。今までは私がアカをコントロールしていたからアカは絶大な威力を誇ってた。だが今はしていない。私もテメェも。そんななまくら刀で叩いてAランクに効果があるわけねぇだろ。』


それを聞いて雪緋は一度後ろに飛び退く。そして精神を集中させる。


アカの刃を鋭くさせるために。斬るために。……殺す為に。


「随分な失態をしたもんだな俺も。しかも言われなければ気付けないとは……。」


前を見る。やはりギャムザルは突進してきていて、殴る構えだ。


アカの魔力が体中を流れているから傷はすぐに癒えるが、流石に体力がなくなってきた。


「強くならなきゃな。」


アカの刃は先程とは比べものにならないほど鋭く輝いている。


瞬きをすればもう一度目を開く前に死んでいるだろう。そんな距離にギャムザルと雪緋はいる。


ギャムザルが殴りかかる。そしてまた雪緋が砕ける。後ろに本物が現れる。


「今度こそ終われ。」


最後に背中を斬りつける。


舞う鮮血。ギャムザルのモノだ。







しかし少し切れただけ。ギャムザルは振り返り怒りの一撃を放つ。


今からでは雪緋の回避は間に合わない。おそらく回避出来たとしても直後の攻撃で終わりだろう。


「弱いな。」


呟いた時。目の前にはハルヤ教諭がいた。ギャムザルの攻撃を片腕で止めて悠々と立っている。






「最初はそんなモノさ。頑張れば強くなる。」


直後、ハルヤ教諭は目の前にはいない。


そして雪緋の目がギャムザルの後ろにいる蒼いオーラを纏ったハルヤ教諭をとらえる頃、ギャムザルは細切れになって星に還った。


「ハハッ。アンタは強……い…………な。」


ここで雪緋は意識を手放した。


「お前もすぐに強くなるさ。でも今回はギャムザルの完全勝利だ。」


気を失っている雪緋に優しく、だが独り言のように声をかける。


そしてハルヤ教諭は雪緋を背負い歩き出す。


「アナタが:強欲:の持ち主でしたか。」


「アァ。そんでもってこの馬鹿が:怠惰:の持ち主。」


キリシャの顔は厳しい。が、ハルヤ教諭の顔は気が抜けている。


「えぇ。しかし:怠惰:は何らかの影響を受けたのかアカの使用の際に現れません。」


「心当たりは?」


「無いですね……。」


ここに来てようやくハルヤ教諭の顔が曇った。


「原因不明の変質……か。こいつが血を引いているなら分かるがな。そうだお前。現存する:大罪持ち:の人数分かるか?」


問に対し少々考え込んだキリシャは「3人ですね。」と短く答えた。


「俺様が知ってる限り:色欲:と:傲慢:と:憤怒:が死んでるからな……。争いがあったとすれば生き残ってるのは:嫉妬:だろうな。」


「えぇ。私もそう思います。」










その後、2人の間に会話は無かった。

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