特命遊撃士チサト外伝~アメリカ皇帝よ、永遠に~
「これからの我々、人類防衛機構北米支部における防人の乙女は、少なくともアメリカ合衆国にて皇帝であらせられたジョシュア・エイブラハム・ノートン一世陛下がご満足できるような国家作りを目指して活動すべきだと、私は思っています!」
その熱弁を聞いた瞬間、北米支部の支部長たる私は頭上に疑問符を浮かばせた。
いや……現在行われている人類防衛機構北米支部の会議に集まってくれた、私の部下のほとんども、頭上に疑問符を浮かべていた。
疑問符そのものが、見えるワケではない。
だが顔を見れば……かの紅露共栄軍との戦い『アムール戦争』を共に生き抜いた仲間達の顔を見れば分かる。
ほとんどが困惑していた。
それはそうだろう。
アメリカ合衆国は君主制ではないのだから、皇帝なんて存在がいるハズないではないか。
にも拘わらず私の仲間……少尉である彼女は、何を言っているのか。
まさか、新たな敵の攪乱作戦が水面下で知らず知らずの内に進行し……こうして我々の相互理解は破綻しかけているのか。
だとしたらマズい。
異次元とのチャンネルがユーラシア大陸にて開いてしまい、別次元より異次元敵性生物『珪素獣』が現れた事により勃発した『珪素戦争』及び、その『珪素戦争』の戦後処理の段階で、かつて、ユーラシア大陸内に存在した軍閥が結成した紅露共栄軍が、我々に戦争を仕掛けて起きた『アムール戦争』を共に乗り越え、その過程で、十六世紀頃よりアメリカ大陸内で紡がれ続けた多くの因縁――もはや黒歴史と呼ぶべきモノを、少なくとも我々こと、様々な人種で構成された北米の防人の乙女は本当の意味で乗り越えたのだ。
戦争がそのキッカケになったのはなんとも皮肉な話だが、とにかく、もし新たな敵が、そんな我々の、せっかく果たした相互理解を攪乱せんとしているとしたら、非常に厄介な事になるぞ。下手をすると北米支部が早くも分裂しかねん。
「えっと、何を言っているのかな? 我が国は君主制ではないハズだが?」
だから私は、部下を傷付けないよう……できる限り穏やかな口調で指摘した。
「え?」
「ん?」
だが返されたのは唖然とした顔と間抜けな声。
なんだ? 私は変な事を言ってしまったのか。
だとしたら本格的にマズいかもしれない。
今回の事をキッカケに部下との間で亀裂が生じるかも……!?
「元帥閣下、僭越ながら補足させていただいてもよろしいでしょうか?」
するとその時だった。
私の補佐官の地位にいる、我が親愛なる幼馴染――女版メリウェザー・ルイス、などと陰で呼ばれている、階級が大尉である彼女が挙手した。
私はすぐに許可した。
暗号解読及び暗号作成を特技とし、そして『アムール戦争』においては十二分にその特技を生かし、紅露共栄軍の発した暗号文をすぐに解き明かし、多くの同胞の命を救った事もある彼女の事だ。
アメリカ皇帝云々の謎も解いてくれるに違いない。
「彼女が言うアメリカ皇帝は、いわゆる称号であって実際の皇帝ではありません。まぁ王族ではないかという噂があるのは事実ですけどね」
なにっ!? まさかお前も知っていたのか!?
「ちなみに……サンフランシスコで主に有名な伝説の人物ですので、ご存じの方が少ないのは当然ですね。なのでいきなりアメリカ皇帝と言われても分かりませんので……改めて、説明してくださると我々は嬉しいですよ、少尉?」
「ッ! は、も、申し訳ありません!」
アメリカ皇帝についての熱弁をした仲間が、慌てて謝罪した。
私の幼馴染の意見により、この場に集う仲間達の、それぞれの故郷が違う事を、改めて認識したのだろう。
というか、サンフランシスコでは伝説の人物であるアメリカ皇帝か。
いったいどんな人物なのだろうか。
町の名物おじさんとか、そんな存在なのだろうか。
「我が故郷・サンフランシスコに伝わるそのジョシュア陛下は、元々はそれなりに富豪であったらしいのですが……ペルー米への投機に失敗し、ホームレスになってしまった男性であります!」
思った以上に衝撃的な始まり!!
「そしてその事にショックを受け、一年もの間、ジョシュア陛下は失踪……陛下の言うところによると『亡命』をしていたのですが、その後、陛下は……如何にも皇帝らしい服装に身を包み、我が故郷サンフランシスコの新聞社にやってきて、自分がアメリカ皇帝になる事を宣言したのであります!」
なんだかイタい人に見えてきたぞ!?
ま、まさか……投機失敗のショックのあまり、精神が錯乱でもしたのかその御仁は!?
「ちなみに補足いたしますと、ジョシュア陛下は精神の病の可能性があったとの事であります!」
やっぱりか!
というかピンポイントな答えだったが……。私はそんなに、その……ジョシュアさんの精神状態についての質問をしたいと顔に出ていたのだろうか。
「しかし! そんなジョシュア陛下は言動こそ……今の時代……いや当時としてもイタい事この上ない感じではありましたが……その人柄は良く、さらには新聞社を通じて出す勅令……というより投書でありますが、それは全て、アメリカ合衆国のこれからを考えてのモノが多かったのであります!」
「ほぅ。それは気になるな。いったいどういう投書があったんだ?」
我が国のこれからを考えていた、か。
まさに我々の会議のテーマではないか。
なるほど。
彼女がジョシュアさんの名を出したワケを、ようやく理解した。
「はっ! メジャーな投書を抜粋すると、当時の我が国で夜に犯罪がよく起こるのは、路地が暗過ぎるからだという理由から町に街灯を設置せよという投書、クリスマスの日は町に装飾せよ、という投書、我が故郷・サンフランシスコをフリスコと呼ぶ者に罰金を科せ、という投書、ゴート・アイランドとオークランドを結ぶ吊り橋を造って街を発展させよ、という投書などなど……他にもまだまだあります!」
「…………庶民的だな」
だがそれだけ、ジョシュアさんは……当時の我が国の事をよく見ていたんだな。
「ちょっと待て? クリスマスの装飾だって?」
私の仲間の一人である、大佐が訊ねた。
「まさかその、ジョシュアさんの投書からクリスマスの装飾の文化が生まれたとか言うんじゃあないだろうな?」
「???? その通りでありますよ?」
「マジか」
大佐は目を丸くした。
そしてその返答に、私も驚いた。
今まで気にしていなかったが……まさかそのジョシュアさんが、クリスマスの日の装飾文化の始まりだと?
まさかのトリビアだな。
「いや、ちょっと待て?」
今度は大佐の隣に座る中佐が質問した。
「ゴート・アイランドと……オークランドの吊り橋? まさかサンフランシスコ-オークランド・ベイブリッジは彼の意見で造られたというのか!?」
「ッ!?」
か、彼女の質問で私もようやく思い出した。
確かにジョシュア陛下が言うような橋が実際に架かっているではないか。
「残念でありますが、そこまでは分かりません。なにせその橋は陛下が崩御されてから、約半世紀後に造られましたので」
約半世紀後だと!?
確かにそれじゃあ彼の意見で建てられたかどうかは不明だが……もし、彼の投書が忘れ去られた後に造られたのだとするならば……彼には我々が持つサイフォースというより先見の明があるんじゃないのか!?
それも投機失敗のショックのあまり覚醒した、予知能力じみた先見の明が!!
「ちなみにジョシュア陛下の投書の影響があるかは不明ではありますが、他にも、今の国連のような国際的な組織を作るべし、という投書もあります」
本気で先見の明があったんじゃないだろうかジョシュアさんは。
いや、もしかすると……当時の情勢を考えると、橋の方はともかく国連の方は、そういう考えを持つ者が他にもいたかもしれんが……実際にそういう意見を出したのが彼だけだとすると、彼はアメリカで最も偉大な愛国者だったのかもしれんな。
「それから、これは余談ではありますが、ジョシュア陛下はリンカーン大統領よりも先に、奴隷を開放すべし、という投書を出しております」
国家どころか国民……いやそれどころか奴隷の事も考えてた、だと?
もうなんというか、当時の、国民の反感を買う事しかしなかったような政治家や軍閥よりもよほど、我が国の未来を見据えて行動しているじゃないか!
現代を生きる我々も、見習わなければいけない部分があるな。
「しかし、残念ながら……クリスマスの装飾などはともかく、国家規模の投書は、さすがに実現する事はありませんでした」
まぁ、そもそも王族どころか貧乏人のようだしな。
我々も、サイフォースなどの力を持たない状態で、当時の政治家になったら、彼の言葉には耳を貸さなかったかもしれん。
「個人的には、奴隷解放と南北戦争の阻止は早めに実現していてほしいと……あ、言い忘れていましたが、ジョシュア陛下は南北戦争が起こる前、北部代表のエイブラハム・リンカーン大統領と南部代表のジェファーソン・デイヴィス大統領に『私の下で話し合い、和解せよ』という手紙を送っていたらしいのですが、残念ながら適当な理由をつけられ実現せず……南北戦争は起こってしまったのであります」
なんて残念な。
もし実現していたら歴史が良い方向に変わっていただろうに。
いやそれ以前に……大統領に手紙を送り付けるなんて凄い事をしているな。
「そしてそれらの投書や人柄により、ジョシュア陛下は……確かに、ハタから見るとイタい方ではありましたが、少なくとも我が故郷・サンフランシスコでは皇帝として親しまれる存在になったのであります」
「なるほど」
少尉がそのような、我が国の隠れた偉人に関する逸話を話してくれたおかげで、我々が行くべき道が見えてきた気がする。
「少尉が言いたい事はよく分かった。彼のような愛国者のために、少なくとも……当時の、いろいろ混乱した時代には絶対に戻すべきではない……という事だな?」
「はい! その通りであります!」
少尉は、良い笑顔で敬礼した。
未だに我が国家には、多くの火種が燻っている。
先住民族とヨーロッパからの移民の問題……だけではない。人種や宗教の間にも多くの問題が……下手をすると内乱に発展しかねないほどの火種が存在する。
そしてその被害に遭うのは、本当の意味で我が国を愛している人達。
我々人類防衛機構北米支部は、そんな人達を守るためにも。
ジョシュアさんのように、我が国を想い、国民を想い……そして持てる力を全て使い、平和のために活動しなければな。
少なくとも、ジョシュアさんが二度と投書をしないで済むような……そんな国になるように、な。
「ちなみに当時、我が故郷・サンフランシスコでは、移民組に対する現地人の暴動が起きていたのですが、その暴動の現場の一つに通りかかったジョシュア陛下は、移民組を庇うように暴動に割り込み、祈りの言葉を唱え続け……なんと、その暴動を収めてしまったらしいのであります!」
「いやもはや皇帝というより聖人じゃないか!?」
「ついでにここだけの話、ジョシュア陛下が臣下として飼っていた二匹の犬こと、バマーとラザルスはジンの銘柄になってたりします!」
「なんだと!? …………今度探して飲んでみるか」
元化二十五年 某日
大浜大劇場の一室にて
ヒナノ「オリエさんオリエさん、アメリカの皇帝に関するお話なんて面白そうじゃないですか?」
オリエ「…………( ,,`・ω・´)ンンン?」
※なお、史実では、2011年にジョシュア陛下にまつわるコメディ作品を宝塚歌劇団が上映している。