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8.攻略対象者①

 決闘から一夜明けた翌朝。


(……やはり、見られているわね)


 食堂で席に着き、食事を摂っている私を遠巻きに見る生徒達の視線。

 声をかけてくる者がいないのは、ルビーが交友関係を苦手としていた何よりの証拠だった。


(それもそうよね、いつも俯き加減で根暗で、話しかけられても愛想を振り向くことすらしない。そんな私が、夏休み明けから急に別人のように様変わりし、王太子殿下との婚約を破棄した挙句、決闘で彼を負かしたとなれば……、目立って仕方がないわよね)


 昨日の朝は実家から持ってきた携帯食で済ませ、その夜はさすがに疲れて食事を摂ることもせず、そのまま眠ってしまった。

 だから、今朝は夏休みが明けて初めて食堂で朝食を摂ることになったのだけど。


(……確かに私は、敢えて目立つために行動している。とはいえ、食事中までこうもジロジロと見られるのはあまり好ましいことではないわね)


 出来れば、食事を摂る時は静かに食事に舌鼓を打ちたい。

 だって。


(前世では病人食だったのよ!? 確かに病人食も美味しいものはあったけれど、自分で好きなものを食べることが出来る幸せは格別じゃない……!)


 食堂ではメニューから好きなものを選ぶことが出来る。

 それが私にとってはたまらなく幸せなのだ。

 だから、何人たりとも食事中は邪魔をされたくない、と思っていた矢先。


「ごきげんよう、ルビー」


 頭上から振ってきた特徴的な高い声の主を無視するわけにはいかず、その名を呼ぶ。


「……ごきげんよう、第二王子殿下」


 そう口にすると、彼はスワン様と同じ色の大きな瞳を瞬いた。


 彼の名はエディ・スワン。

 スワン王国第二王子……、つまり、私の元婚約者様の一歳下の弟である。

 水色の髪に元婚約者様と同じ碧眼を持つ彼もまた、元婚約者様の美しさとは違う儚い印象を与える美少年。

 そのビジュアルからして言わずもがな、攻略対象者であるのだけど……。


(珍しいわね)


 彼の方から私に声をかけてくるなんて。というのも。


「とっ……」

「と?」


 何かを言いかけ、また黙り込む彼に若干イラッとしたものの、この国の王子様なのだからと我慢し促せば、彼は顔を紅潮させながら口にした。


「隣、座っても良い……?」


 そうおずおずと言って首を傾げた彼に対し、隠すことなくため息を吐きながら返す。


「第二王子殿下のお願いを、私が断れるはずがないではありませんか」

「そ、そういう意味じゃなくて……」


 再び訪れる沈黙。

 私は考えることを放棄し、視線を食事に戻して言った。


「……お好きにどうぞ。断る権利はないので」

「そ、それって迷惑ってことじゃ……」


 もう面倒くさくなった私は、その言葉に返すことをせず無言で食べ進める。

 彼は迷っていたようだったけど、音を立てないよう椅子を引き、静かに席に着いた第二王子殿下は、手のひらを併せて小さく口にした。


「いただきます」


 そう言って何を話すでもなく黙々と食べ始める彼を横目に、内心思う。


(結局、彼は何がしたかったのかしら)


 そう、エディ・スワンの性格は、儚い見た目に相俟って内気で物静かな性格。

 その性格は、まるで以前のルビーと似ている。


(恋愛に奥手で、人見知りで……、攻略に時間のかかるキャラクター)


 そういえば、前世の妹の推しだったわね。

 なんでも、庇護欲を掻き立てられるのだとか。


(……私には、よく分からなかったけれど)


 そんなことを思い出していると。


「……婚約破棄」


 不意に呟かれた言葉に顔を上げれば、第二王子殿下は先程より少しだけ近くなった距離で私を見つめ、口にした。


「ルビーは本当に、兄上との婚約を破棄したの……?」

「えぇ」


 迷うことなく頷けば、第二王子殿下は少し目を見開いた後、「どうして」と口にした。


(そんなの)


「決まっているじゃない」


 会う人全員に聞かれるその質問に、心底呆れながら答える。


「煩わしかった。ただそれだけ」

「!」


 第二王子殿下は息を呑む。その間に、食事を摂る手を速める。

 また少しの沈黙が流れた後、第二王子殿下は尋ねた。


「本当に?」


 その言葉は予想外で。一瞬食べ進めていた手が止まる。

 けれど。


「……たとえそれだけでなかったとして、貴方に言う必要が?」

「……!」


 ガタ、と椅子から立ち上がる。

 空になった皿を載せたトレーを持ち、吐き捨てるように言い放った。


「この婚約解消は、国王陛下との話し合いの末決まったこと。外野にとやかく言われる筋合いはありませんわ」

「!」


 そう突き放すように言えば、第二王子殿下はそれ以上何も言ってこなかった。

 遠巻きに私達の会話を聞いている生徒達が、ヒソヒソと何かを囁き合っていたくらいで。


(……本当に、どうして王太子殿下と婚約なんてしてしまったのかしら)


 元はと言えば、この婚約は国王陛下の方から持ちかけられたもの。


(……まあ、断れるわけがないのよね)


 でも、こちらから婚約を解消したいと申し出た時は、とても残念がっていたけれど、すんなりと解消させてもらえた。


(国王陛下には無事に解消という形にしていただけたけれど、王太子殿下にとっては私からの一方的な“婚約破棄”にすぎない……)


 名目はもう婚約者でもなんでもないけれど、あの王太子殿下のことだもの、これからまだ何かと婚約者面をしてきそうね。

 これからどう対応しようかしら、などと食堂を出て長い廊下を歩いていた、その時。


「ルビー・エイミス嬢。止まってください」


 後ろから聞こえてきたその声に、げんなりとしたものの分かっていたことだからと自分に言い聞かせて振り返る。

 するとそこには、銀色の長い髪をさらりと揺らし、胡散臭い笑みを湛える美麗な男性……攻略対象者の姿があったのだった。

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