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7.決闘と革命②

 勝者に私の名が告げられると、その場は一瞬で静まり返った。

 それはまるで。


(あの時と同じ)


 今から七年前……十歳の時、ルビーが王太子殿下と魔法決闘を行い、勝ってしまったあの時。

 “まさか王太子に女である婚約者が勝つとは”。

 しばらくそう言われ続けていたのは、私にとっても、きっと彼にとっても悪しき思い出だと思う。

 けれど。


(今でははっきりと分かる)


 あの時も、今も。勝利した私は何も悪くないのだと。


「どういうことだ!」


 昔のことを思い出していた私に、火縄の呪文が解けた彼が私に詰め寄ってくる。

 それを白けた目で見て口にした。


「負け犬の遠吠えですか?」

「そうじゃない! 魔法決闘においての術は、双方怪我をしないように寸止めのはずだ! だが君は」

「寸止めではなかったと? ではあなたはお怪我をされていらっしゃいますか?」


 その言葉に、彼は一瞬は怯んだものの、なおも声を上げる。


「怪我はしていない! だが、君が創り出した術の炎は、青い色をしていた。

 青は温度が最も高温であるという証だ。

 それをこんな場所で……、しかも俺が発動する水魔法と相性が悪く、あのままぶつかれば大惨事になってもおかしくなかったんだぞ!」


(……へぇ。火のこともよく知っているわね)


 そう、彼の言うことも一理ある。

 水龍と私が魔法陣で起こした青い炎がぶつかれば、前世でいう化学反応が生じて爆発が起きてもおかしくはなかった。

 だけど、それは条件が合えばの話。


「……確かに、あなたの言う通りですわ。あなたのその危機能力の察知と瞬間の回避は賞賛に値します」


 現に、彼が発動した水龍は、私の炎にぶつかることなく、彼が魔法を解呪したことによって水龍は消えた。

 けれど。


「どんな勝負も、リスクは付きものだと思いますの」

「……は?」


 彼の眉間に皺が寄ったのに対し、私は笑みを浮かべて言い放つ。


「たとえどちらかが怪我をしようと、誰かが犠牲になろうと勝負は勝負。

 戦場ではそんな生半可なことを言って、リスクを取らずに負け死にするわけにはいきませんわ。

 本当に、あなたはどこまでも箱入りの王子様……お花畑思考の持ち主でいらっしゃいますわね」

「お前っ……!」

「まあまあ、どうどう」


 そんな私達の不穏なやりとりを悟ったのか、ベイン様が彼を宥める。

 それを横目に、クルッと今度は野次馬である彼らの方を見た。

 彼らは私を、奇異の目で見る。


(……そう、この視線が何より、“悪しき風習”を重んじているという証拠)


 私は息を吸うと、今日のこの茶番を受けた真の目的を成し遂げるため口を開いた。


「驚きましたか。女であるこの私がまさか、“王太子殿下に魔法決闘で敵うわけがない”と。

 そう皆様お思いでしたわね?」


 その言葉に、皆が分かりやすく一斉に息を呑む。


(まあ、無理もないわ。今まで容姿だけではなく、成績も何もかも地味を装ってきたルビー・エイミスが、煌びやかで優秀な成績しか収めたことのない王太子殿下に、まさか敵うとは誰も思わないでしょう)


 でもそれは、あくまでルビーが装ってきた仮の姿。

 そして、今ここに立っているのが。


「ですが、この勝負は私が勝った。

 皆様も目にした通り、それは紛れもない真実であり、私の本当の実力です」


 そう言うや否や、静まり返っていた生徒達が一斉にざわめき出す。


「どういうことかしら? 本当の実力とは、ルビー様は……」

「王太子殿下よりもお強いのか!?」

「ではなぜ、今まで黙っていらしたのか」


 その声に、私ははっきりと告げる。


「それがこの国の風習だからですわ」


 風習。すなわち。


(男尊女卑)


 “婚約者たるもの、女性は男性の前に出てはいけない”。

 婚約者として最初に教わるその言葉は、慎ましやかな女性を美徳としている一方、女性は面に出るなという牽制でもある。

 どの家庭においても男性を敬い、女性は夫である男性に従う。

 その結果。


(何を勘違いしているのか、ふんぞり返る男性の多いこと)


 何も夫婦に限ったことではない。

 婚約者や恋人関係においても言えること。


(それの何が怖いか)


「女性の方々にお聞きします。貴女方の隣にいる男性は、果たして、いざとなったら貴女自身を守ってくれる男性ですか?」


 その言葉に、女生徒に困惑の色が浮かぶ。

 考えたこともない、そういった表情だろうか。


「これは女性だけに限らず、この学園に通う全生徒に言えることです。

 あなた方は、身分の差において……、たとえば、ここにあらせられる殿下を差し置いて良い点を取るわけにはいかない。

 なんて考えながら試験を受けてはいませんか」

「「「……」」」


 またしても黙り込む生徒達の姿に、王太子殿下が息を呑むのが耳に届く。


(そう、あなたは知らないわよね)


 隣にいたルビーが、どれだけあなたに気を遣っていたかなんて。

 全ては、勝負に勝ってしまったあの日、あなたの悔しげな表情と周りの反応を見てからだということも。


(あなたもルビーも、なんて愚かなの)


 でも、それも今日でおしまい。だって。


「私、ルビー・エイミスは、王太子殿下の婚約者ではなく一生徒として。

 皆様が過ごしやすい学園生活となるよう尽力するため、生徒会役員に立候補することをここに宣言いたします!」


 その言葉に、一瞬静まり返った後、皆が素っ頓狂な声を上げ、今日一番のざわめきが起こる。

 私は彼らに向かって優雅に淑女の礼をし、驚きで声が出ないのだろう王太子殿下を良いことに、そんな彼に一切視線を向けることなく踵を返す。


(……バカね)


 いくら私が強くても、直系王族の水魔法に勝てるわけがないじゃない。

 だけど、勝算があったのは、私の思惑通りに見かけに騙されてくれる、素直という名の生温い考えの持ち主だから。


(幻覚魔法を併用すれば、火の色など温度に関わらず見た目だけなら変幻自在に操ることが出来るし、最後に発動した火縄も所詮幻に過ぎない)


 彼は頭で考えてから行動するタイプだから、火の色が青……最も高温であると判断して、その場で爆発が起こらないようにした。

 全ては見物人である生徒達に怪我をさせないように。だけど。


(その判断が命取りとなった)


 王太子殿下は知らないのだろうか。

 事前に決闘の日時や場所などを学園側に提出しなければならないのは、建物や生徒達に被害が及ばないよう、その場に見えない結界が張られているということに。


(……いえ、彼ならば知っているはず。それでも勝負を放り投げ、人命を優先した彼は)


 なんて残酷なひと。


(その優しさが、あなたにとって命取りになるのよ)


 覚えておいた方が良い。

 いずれ国王となる王太子ならば、選択肢を迫られた時に正しい方を選び、もう一方は捨てなければならないことを。

 たとえそれが。


「代償として、大切なものを犠牲に払うことになったとしても」


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