一度人生を諦めた悪役令嬢ですが
さらに月日は流れ、私達はついに卒業を迎える。
「卒業生代表、ルビー・エイミス」
名を呼ばれ返事をし、登壇する。
いつかと同じその場所で、私は言葉を発した。
「卒業生の皆様、ご卒業おめでとうございます。
今日この場でお話しする機会をいただいた時から何をお話ししようか考えてきたのですが……、それだと私の本心が伝わりにくいかと思いますので、台本通りでない話をさせていただきたく存じます」
その言葉に、皆がクスクスと笑い声を上げる。
それに小さく笑みを返してから、口を開いた。
「この学園生活で、私は色々なことを学び、経験しました。
時には魔法の特訓に明け暮れ、時には体力作りをし、時には勉学に励み、時には地下世界へ、時には浄化樹の再生をして。
今思えば、こんなに目まぐるしく心臓に悪い日々は、もうないと思います。いえ、ないことを願っております」
冗談めかして発した言葉に、またしても会場がドッと沸く。
「今でこそこうして笑えておりますが、流行病が流行った時も、瘴気が二度もこの世界に流れ出たことも。
その時は常に心が苦しく、辛いことも悲しいことも数えきれないほどありました」
笑っていることより、泣いていることの方が多かったとも思うけれど。
「でも今はこうして皆と共に笑うことが出来ている。
今日この場をお借りして皆様に申し上げたいことは、どんな困難も乗り越えればきっと、未来で笑うことが出来る。
これは、この場にいる皆様に言えることです。
どうか、自分の信じた道を諦めないで貫き通してください。
私はよく、控えてほしいと言われてしまうくらい突っ走ってしまうことが多々ありますが、これからも全力で突っ走る所存です!」
「それは勘弁してくれ……」
言わずもがな、次に男子生徒の卒業生代表の言葉で控えていたグレアムの言葉に、またもや皆から笑いが起きたところで、今度はずっとお願いしたかったことを口にする。
「それと、これは私からのお願いですが、私のことを“聖女”と呼んでくださる皆様、それは出来ればやめていただきたいです。
私のしたことは、己の信念を貫いた結果であり、特別な力を持ってしたことではありません。
私の名前は、“ルビー・エイミス”。エイミス辺境伯家の騎士として、名前を覚えていただけたら幸いです」
「それから、未来の王太子妃としても名前を覚えてほしい」
「っ、王太子殿下、少しおだまりになってくださいませ!」
いちいち顔を突っ込んでくるグレアムを押し留めてから、気を取り直して話を締めくくる。
「今日こうして無事に卒業を迎えられましたのも、かけがえのない大切な方々……家族や友人、先生方のおかげです。
私はこれからも、皆様をお守りするために尽力すると、ルビー・エイミスの名にかけて誓います。
……たとえ魔法が使えなくなったとしても、私は剣を取り、皆様をお守りすることをここに宣言いたします!」
「……ルビーらしいな」
そう呟いたグレアムを見て笑ってから騎士の礼をすれば、会場中が拍手喝采に包まれたのだった。
「お姉ちゃん、やっぱりすっごく格好良かったよ!」
「ふふ、ありがとう」
マリーの言葉に笑みを浮かべると、グレアムが心なしかげっそりとした顔で言う。
「俺は相変わらず肝が冷えたが……」
「未来の王太子妃は相変わらずだね」
グレアムとエディ様の言葉にどういう意味かを尋ねようとすると、周りにいた面々からも声をかけられる。
「本当に素敵でした〜!」
「さすがはルビーって感じだったよね」
そう声をかけてきたのはシンシア様とカーティス。
「でも、王太子殿下と王太子妃殿下が治める国が楽しみですね」
と口にしたのはレイ様。
ちなみに、私が戻ってきてから彼の態度は一変、私に平身低頭し、すっかり軟化した。
なんでも、私の行動が怪しすぎて、何を考えているのか分からずに危険視していたのだとか。
(レイ様は観察眼が鋭かった、ということね)
そして彼もまた、成績優秀なことから、王宮で働くことが決まっているそうだ。
それから。
「卒業おめでとう、皆」
「「「ヴィンス先生!」」」
ヴィンス先生は浄化樹の守り人に戻ってから、さらに独自に魔法を編み出して、今までと何ら変わらない人間としての生活を送っている。
だから、事情を知る私達以外に正体が全くバレていないというのが現状だ。
「そんな君達に、私とベリンダからささやかながらプレゼントがあるよ」
「「「プレゼント……?」」」
ヴィンス先生は黙って人差し指で天を指し示す。
不思議に思いつつも上を見上げれば。
「「「え……!?」」」
気が付けば、浄化樹が枝葉を学園にまで伸ばしていて。
その枝葉には、よく見ると。
「「……あ!!」」
私とマリーが声を上げた瞬間、空から花弁が降ってくる。
その花弁の色は、前世では春先に見られた桃色をしていて。
「“桜”というそうだ。可愛らしい花だろう? ……って、ルビーとマリー嬢、泣いているの?」
「「「え……?」」」
ヴィンス先生の言葉に皆が驚いたようにこちらを見る。
私達は顔を見合わせ、慌てて自分たちの涙を拭ってから答えた。
「も、申し訳ございません! 前世以来、見かけたことがなかったものですから」
「私達の世界にもあったんです。桜。まさか、転生してから見られるとは思わなくて……」
私は海が、マリーは桜が好きだった。
だから春は桜を、夏は海を見に行くのが定番だった。
私達にとって、それらはすべて大切な思い出の中にあった、特別なものだったのだ。
私の言葉に、グレアムの手が頭に乗る。
「そうか。前世で見たことがあるんだな」
「うん」
私が頷くと、グレアムは微笑み桜を見上げる。
「……綺麗な花だな」
「そうね……」
私達は自然と手を握り、桜を見上げる。
そしてふと彼を見やれば、彼と視線が合って。
グレアムは視線を逸らさずに言った。
「ありがとう。俺を選んでくれて」
「きゅ、急にどうしたの?」
「言いたくなったんだ。……それから、もう少しだけ、その……、待っていてくれないだろうか。
俺が迎えに行くまで、少し時間がかかってしまうかもしれないが」
「!」
グレアムが、いつの間にか私の手に指輪を嵌めていた。
あの日いただいて、今も大切に持っているあのお守りと同じ色をした指輪を。
私はその指輪をギュッと上から握ると、頷いて返した。
「えぇ、待っているわ」
桜が咲く浄化樹の下。
私達は手を握り、笑い合う。
繋いだ手はもう離さないと、心に決めて。
どんな困難が待ち受けても、二人なら乗り越えられると信じているから。
こうして、一度人生を諦めた悪役令嬢の私は、最愛の人とかけがえのない大切な人達と共に、本当の自由と最高の幸せを掴み取ることが出来たのだった。
END
これにて完結です!いかがでしたでしょうか?
このお話は、「最後までお読みいただくと意味が分かるお話」として、最初から伏線を張り巡らせ、終盤で全て回収(出来ていることを願って)を目標に執筆させていただきました。
皆を守りたいという少し危なっかしい正義感で動くルビーと、振り回されながらもルビーを応援し尊敬しているグレアム、そして準ヒロインとなる心優しくもどこか似ている妹のマリーなど、主要キャラに悪人のいない物語を描かせていただきました。
書いていくうちにヒートアップして、今回も20万字超え!となりましたが、ここまで長くお読みいただいた読者の皆様、本当にありがとうございました。
また、ブクマ登録、評価、いいね等で応援してくださった皆様、大変励みになりました。
またどこかで、作者の作品をお読みいただけたら本当に嬉しく思います。
2024.1.4.




