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75.浄化樹の守り人②

(ベリンダ視点)


 その頃、天国では。


「……やっぱりすごいなあ」


 天国にまで枝葉を伸ばした浄化樹を見て、自然と涙がこぼれ落ちる。


「これが、ルビーとその仲間達が出した答えなのか」


 まさかこの目で、千年以上前に枯れたはずの木をまた拝めるとは。


「それも、地上世界ではなく天国から見ることになるなんてね」


 足掻いた甲斐があったかなと小さく笑みを浮かべる。


『……諦めたら、きっと後悔すると思います』


 そう涙を湛えながら口にした彼女は、初めて会った八歳の頃よりずっと大人になっていたけれど、それでもその瞳は……こちらが驚いてしまうほど、自分の信念を貫くまっすぐな瞳は変わっていなかった。


(いつだって、アンタは誰かのために行動してきた)


 ルビーを“生贄”にしたことを、ずっと後悔していた。

 8歳で決断し、18歳という若さで皆と別れ、地下世界でたった一人百年もの間生きなければならない。

 地下世界に目的があった私とは違って、彼女はただ、皆を守るためにその身を犠牲にした。

 それでも、彼女の願いは誰よりも強かったのだ。

『皆を助けたい』というその願いが。

 だからこそ、放っておくことなど出来ず、私は手を差し伸べてしまったのだ。

 でも、それももうおしまい。


 彼らは千年以上も前、とっくに枯れたはずの浄化樹を復活させた。

 だからもう、ルビーのように犠牲になる者はいなくなったのだ。

 ……さすがに瘴気の渦に自ら突っ込んで、危うく魂ごと消えかけそうになるルビーの姿を見た時は肝が冷えたけど。


(まあ、これだけのことを成し遂げたんだから、終わりよければ全てよし、か)


 そうしてもう一度、浄化樹を見上げ口にする。


「……今度は、ルビー。アンタが幸せになる番だよ」


 私の願いは成し遂げられなかったけれど、後ろ髪を引かれていた存在であった彼女は、元いた場所に無事に帰ることができた。

 それを見届けられただけでも十分、足掻いた意味はあった。


「さて、ルビーを見届けたところで、私もついに選ぶ時が来たかあ」


 ルビーの勧めで神に事情を話し、これからの人生の選択を少しだけ待ってもらっていた。

 新しく生まれ変わるか、前世の年齢を引き継いだまま地上世界で生きるか。


(なんて、全く決まってないけど)


 ま、神の前で決めるか。

 と浄化樹をもう一度見上げ、祈るように手を合わせてから踵を返そうとした、その時。


「ベリンダ」

「……!?」


 咄嗟に振り返る前に、ギュッと後ろから抱きしめられた。

 その声は、温もりは、掠めた浄化樹と同じ自然の香りは、どれも遠い昔に忘れかけていたものばかりで。

 振り返る事など出来ず、ただ、確かめたくて。震える声でその名を呼ぶ。


「……ヴィンス?」

「そうだよ」

「〜〜〜っ」


 探し続けていた彼が、今私を抱きしめている。

 その事実が信じられず、泣き崩れた私に、彼もまた共にその場にしゃがみ込む。


「大丈夫?」

「っ、これが大丈夫に見えるとでも!?」


 そう返しつつも、彼の顔を振り返ることが出来ない。

 振り返ってしまったら、またどこかへいなくなってしまうのではないかと、怖くて。

 それでも、目からは涙が、口からは言葉が溢れて止まることを知らない。


「っ、今まで一体どこにいたんだ! 約束通り地下世界の果てまで探しに行ったのに、どこにもいないなんて……!」

「ごめん、ずっと人間界にいたんだ。私も君を探していたんだけど……」

「嘘つき! 千年もかかってる!」

「遅くなってしまったのは、本当に申し訳ないと思ってる。

 だけど、本当に私は君のことを探していた。

 君と別れてあの後地下世界で生贄を百年務めた後、不老不死となって神に人間界へ送られた。

 代々の王家が移り変わるのを見届け、その度に“生贄”が送られていくのも毎回見届けた。

 そもそもその制度をなくすよう“浄化樹の再生”を申し入れたけれど、受け入れてはもらえなかった」

「だったらどうして! 私も生贄になったんだから、その前に会えたはずだろう!?」


 ぼんやりしているヴィンスのことだ、私のことなんて忘れて暮らしていたのではないか。

 彼の言葉が信じられず憤る私に、ヴィンスは少し考えてから口にする。


「君は確か、百年前に生贄になったんだよね?

 言い訳になってしまうかもしれないけど、その時の国王が最悪で私が話を持ちかけたら、私の素性を探ってきて……、不老不死だと分かった瞬間、千年以上前の“悪い人間”達と同じ目をしていたから、怖くなって逃げ出してしまったんだ」

「!」


 思いがけない言葉に涙が止まる。

 ヴィンスは申し訳なさそうに言葉を続けた。


「そうして、暫く……我ながら情けないことだけど、怖くて身を隠して生活していたら、その代の“生贄”を見逃してしまった。

 それが、君だったんだ……。ごめん、もっと早く気がついていれば」

「謝らないで!」

「!」


 私は声を上げると、意を決して顔を上げ、振り返る。

 そこには。


「っ、なんて顔をしているの」


 涙でボロボロになってしまっている、千年以上前と変わらない彼の姿で。

 私は頬に手を伸ばし彼の涙を拭うと、笑って言った。


「それが正解だよ、ヴィンス。“悪い人間”からは逃げた方が良い。

 ……ちなみにその国王、本当にクソだったよ。

 私はアンタがいると思って地下世界に行くために、自ら生贄になることを選んだんだけど、私が生贄だと進言した瞬間、アイツ私を監禁しやがって」

「……監禁!?」

「そ。一日三食食べれはしたけどさ、部屋から一度も出させてはもらえなかった。

 ご丁寧に魔法封じの牢屋に入れられてさ……、ヴィンス?」

「……殺す」


 完全にヴィンスの目がすわり、殺気だったのを見て慌てる。


「ヴィ、ヴィンス、アンタ千年以上経って変わったね……」


 平和主義だったのに、と驚く私に、ヴィンスは黒い笑みを浮かべる。


「はは、私もある意味大人になったからね」

「わー……」


 怒らせないようにしよう、と決意してから苦笑いを浮かべて言う。


「でも安心して。アンタの分まで仇は取ったよ。

 “生贄”になる代わりに願いを叶えてくれるって言われた時、保留にしてたんだ。それを使ってさ、地下世界に行ってから願ったんだ。

『国王を懲らしめてくれ』って。

 そうしたらどうなったと思う? まさかの前の“生贄”が、年齢を引き継いで生まれ変わった後、国王を討ち取ったんだよ!

 彼は英雄となり、私は無念を晴らせた。

 バッチリ、ヴィンスの分まで仇は取れたからね」


 そう言って安心させるつもりだったけど。


「……ヴィンス?」


 再び不穏なオーラを纏うヴィンスに首を傾げた私に、ヴィンスは笑って言った。


「“英雄”に“彼”ということは、前の生贄さんは男だったのかな?」

「そうだけど……、まさかとは思うけど、アンタ嫉妬してたり、しないよね?」

「…………」


 恐ろしいほどの沈黙が続き、さすがに耐えきれなくなった私はカァーッと顔に熱が集中するのを感じ、慌てて言葉を発する。


「な、なーんて! そんなこと、あるわけないよねー!」


 さすがにまだヴィンスが私と同じ気持ちでいてくれる、なんて都合の良いことを考えていた自分に恥ずかしさを覚え、口にした私にヴィンスは息を吐き、自身の前髪をかき上げる。


「!」


 今までに見たことのない男性の色気のようなものを感じた私は、咄嗟に視線を逸らすと。


「そうだよ」

「え……」


 思いがけない言葉にもう一度顔を上げれば、いつの間にか近付いていた彼の人間離れした美麗な顔立ちにハッとする。

 思わず息を呑む私と額を合わせ、ヴィンスはため息交じりに口にした。


「……嫉妬している。会ったこともない、ポッと出の男に良いところを持って行かれるとか、格好悪いと思って」

「そんなことない!!」

「!」


 思っていたよりも自分でも大きな声が出てしまったことに気が付き、慌てて声を落として言う。


「アンタは、十分格好良いよ。千年以上も前から……出会った時から私には、アンタしか見えないくらいに」

「っ、それって……」


 私は息を吸うと、意を決して口を開いた。


「私は! アンタのことがす……っ!?」


 続きを言うことはできなかった。

 それは、ヴィンスが突然口付けをしてきたからだ。……それも、唇に。


「!?!?」


 驚いて声も出ない私に、ヴィンスは満足そうに艶っぽく笑って口にする。


「私の方が、愛しているよ」

「なっ…………!?」

「安心した。君も私と同じ気持ちでいてくれると言うことは、これで安心して神の元に連れて行けるね」

「な、何をしに!?」


 とりあえず口を挟まなければ、と彼の中で自己完結している何かを知るために尋ねると、彼はさわやかな笑みを湛えてとんでもない爆弾発言を落とす。


「私と一緒に、浄化樹の守り人になるために」

「…………はあ!?!?」

「さ、行こうか」

「!?」


 刹那、ヒョイッと横抱きにされ、ふわりと空を舞う。

 久しぶりの感覚に、恥ずかしいやら嬉しいやらで心の中で悲鳴を上げたけれど、少しだけ冷静さを取り戻してきたところで、そういえばと疑問を口にする。


「なんで、私がここにいると分かったの?」

「あぁ、それなら場所は神に聞いて、後はルビーに」

「……!」


 ルビー。彼の口から飛び出た名前に、心が震える。


(……あぁ、アンタはやっぱり最高だよ)


 目から溢れ出た涙をそのままに、ヴィンスの耳元に顔を寄せる。

 そして、先程は紡げなかったその言葉を、彼にそっと囁いた。

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