74.浄化樹の守り人①
最終回まで執筆完了いたしましたので、本日後三話スピード更新をして19時台に完結予定です!
「話してくれてありがとう。ヴィンス先生もありがとうございました。おかげさまで何とか事情を把握することは出来たけれど……」
私は再度こめかみを抑えると口にした。
「ちょっと情報量が多すぎて未だに信じられない……」
私の言葉にマリーとヴィンス先生は苦笑いする。
「そうよね。私はヴィンス先生については粗方知っていたのだけど、お姉ちゃんは全く知らなかったんだもんね」
「私もこんなことになるまで伝えられなくてごめん」
「ヴィンス先生がお謝りになることではありません。それに、ヴィンス先生は親身になって私を影で支えて下さいましたし」
そういうと、伸びをする。
「そっか、確かに納得です。ヴィンス先生のことも、浄化樹のことも。
魔法使いの起源は不明だと学園で習っていたので、全て合点がいきました」
ゲームでは知り得なかったことも沢山ある。
ヴィンスルートやオマケエピソードまでプレイしていなくても、ルビーとしてここにいなければきっと分からなかったことばかりだろう。
(ただ、一つだけ納得いかないことがある)
それは。
「……一つだけ、言わせてください」
「ん?」
私は立ち上がると、思い切り息を吸って……海が広がるその方向に向けて叫んだ。
「なんで私が守り人なのーーー!?!?」
「「「!?」」」
私の大声に誰もが固まる。
私はマリーとヴィンス先生に詰め寄った。
「いや、わかっていますよ!? 自ら“生贄”を選んだ私が生き返らせていただいたのだから、感謝して己の立場を受け入れるべきだって!
……だけど私に、浄化樹をこの先何千年も守り続けられるとは思えない……」
「……ルビー」
自分の手のひらを見つめる。
皆と同じように魔法を全て浄化樹に返したはずなのに、また新たに私だけが授かった魔法の力は、魔法使いとしてではなく精霊として、浄化樹を守ること。
そして精霊となった今、私は不老不死となり、この浄化樹と共にこの先何百年、何千年と生きていかなければならない……。
(そうしたら、ここにいる皆とはやっぱり立場が違うということになる)
せっかく戻って来られたのに、私の姿がこの場にいる皆には見えても、お父様や国王陛下に見えるとは限らないらしいし、皆と一緒にいることは出来ない。
彼と共にいることだって……。
グレアム様を見やれば、彼も私を見つめていた。
私は意を決して口にする。
「私も人間に戻ることは出来ないでしょうか?」
「……え!?」
ヴィンス先生は驚いたように声を上げ、その後顎に手を当て言う。
「まあ、そうだよね……、急に守り人と言われても困ると思うけれど、残念ながら私にはどうすることも出来ない。
今は魔力がない人間だし、神にもう一度掛け合ってみてはどうかな?」
「神様に、もう一度……」
ヴィンス先生の言葉に浄化樹から助けていただいた時にお会いしたことを思い出す。
「……あっ」
「どうしたの?」
私は思いつき、ヴィンス先生に向かって恐る恐る口にする。
「あの、ご提案したいことがあるのですが……」
私はその後、再び神様の元を訪れた。
そして……。
「グレアム」
浄化樹の下。一人で浄化樹を見上げ、私を待っていてくれた彼に向かって声をかけると、彼は後ろにいた私を振り返って……。
「……えっ?」
驚いたように声を発した。
私はそんな彼に向かって自身の髪を……見慣れた亜麻色の髪を摘んで笑う。
「浄化樹の守り人、降りてきたよ」
「……え!?」
「私にはやっぱり荷が重いというか……、もっときちんとした適任者がいたから、代わってもらったの」
そう口にすると、グレアムが口にする。
「ということは、ヴィンス先生は無事に守り人に戻れたのか?」
「えぇ。それから、私も無事にルビー・エイミスに戻れました!」
そうにっこりと笑って言えば。
「……っ」
「えっ!?」
突然泣き出したグレアムに今度は私が驚く番で。
慌てる私をよそに、グレアムが不意に近付いてきたかと思うと、ギュッと抱きしめられた。
その強さに、声を上げようとしたけれど。
「よかった……っ」
「!」
震える声に、彼にどれだけ心配をかけてしまったかを思って。
私も彼の背中に腕を回し、トントンと叩いて言った。
「遅くなってしまってごめんね。
あなたには随分心配をかけてしまったものね」
「……本当だよ」
涙声で不満げに口にする彼に、思わず笑ってしまうと、彼はガバッと顔を上げ怒ったように言う。
「全然反省していないだろう」
「反省はしているわよ。だけど、結果的にあなたを……皆を守れたでしょう? だから許して」
「!」
そう甘えた声で口にすれば、彼は分かりやすくぶわっと顔を赤くする。
「ふふ、顔が真っ赤よ」
いつかのお返し、とくすくすと笑ってみせれば、彼は口元に手を当て言う。
「〜〜〜分かった! 今回は俺の負けだ!!
だけど、覚えておいてほしい」
「!」
彼はギュッと手を握ると、顔を真っ赤にさせたまま口を開いた。
「これからは、隠し事は無しだ。
……“災厄”の後君を失って、俺は生きた心地がしなかった。
君のいない世界で生きるのは、もう二度と嫌だ。
もしどこかへ行かなければならないのなら、俺も君と共に行く。地下世界でも、どこへでも。
だから、もう俺を守ろうとしていなくなったりしないでほしい。
……ずっと隣に、いてほしいんだ」
「っ、グレアム……」
「でも、確かに君のおかげで俺も、皆も救われたのは事実だ。
……十年前の流行病。君が助けてくれなければ、俺は今ここにいなかった。
朧げな記憶だが、魘されて何度も意識が遠のきかけるたび、君が泣きながら俺に話しかけてくるんだ。
目を覚ましてほしい、どうか生きてと。
そう何度も呼びかけてくれていたのは、君だったんだ」
「……っ」
その言葉に、私も涙が込み上げては目からこぼれ落ちて。
私はギュッと手を握り、笑みを浮かべた。
「……そう、私、あなたに呼びかけていたの。
会えなくても、助けたいと……、ちゃんと、届いていたのね」
「……あぁ」
目の前にいる彼に、涙が込み上げて止まらない。
(そうか、私、もうこの気持ちを隠さなくて良いんだ)
全部、押し込めてきた。
あなたと接するたび、大きくなる気持ちに蓋をしてきた。
溢れそうになったら、距離を置いて気付かないフリをした。
その繰り返しをして、あなたを困らせた。
(もう、その必要はないのね)
けれど、その前に一言言わせてほしい。
「……あなた、やっぱり女の趣味悪いと思う」
「え……、!?」
刹那、彼の手を引っ張る。
そうして前屈みになった彼と、唇を重ねた。
ほんの一瞬、触れるだけのキスをしてから、私は笑みを浮かべて言葉に乗せる。
ずっと言えなかった、その言葉を。
「うそ、諦めないでくれてありがとう。好きよ、グレアム」
そう口にすると、グレアムは破顔して答える。
「諦めなくてよかった」
そう言うや否や、再び顔が近付いて……瞼を閉じた私に訪れたのは。
「君を選び、選ばれた俺は、世界一の幸せ者だ」
「えっ……!?」
驚き口を開こうとした私の言葉は、彼の唇に溶けて消える。
一瞬の出来事に目をパチリと瞬かせた私に、彼は唇を離してやがて心からの笑みを湛えて言葉を紡ぐ。
「俺も。大好きだ」
それは、私達の長年の想いが成就した瞬間だった。
そうして浄化樹の下、私達は額を合わせ、笑い合ったのだった。
その後、時間を忘れて二人きりで話していたけれど。
「そろそろ時間だな」
「そうね」
国王陛下の計らいにより、私達が無事に帰ってくるだろうと馬車でここまで迎えに来させてくれているらしい。
また、遅くなるだろうからと近くに宿を取ってくれているのだとか。
「……なんだか、凄く落ち着く場所だな」
「そうね」
二人で浄化樹を見上げると、グレアムがそう言えばと口を開いた。
「ヴィンス先生は? 神の元へ共に行ったはずでは」
「あぁ、それなら」
私がそれ以上何も言わず笑みを浮かべれば、グレアムは首を傾げたのだった。




