73.浄化樹の再生④
(ルビー視点)
ゆらゆら。ゆっくりと意識が浮上する。
いつもだったら一人きりの世界の中で目覚めるはずなのに。
(……あれ)
何だかやけに騒がしいと感じながらも、瞼を開く……。
「……ルビー!」
「……??」
ついに夢にまで現れた、と思ったのも束の間。
ギュッと抱きしめられ、全身がグレアム様の体温に包み込まれる。
その温もりを感じた瞬間、これが夢ではないのだと思い知った私は、心臓に悪すぎる距離感に悲鳴を上げて押し返そうとしたけれど。
(……泣いている?)
彼の身体が震えていることに気が付き、何とか状況を把握しようと恐る恐るその肩越しに周りに目を向ければ。
「っ、お姉ちゃん!」
「! 真理亜……?」
生徒会の面々とヴィンス先生まで……。
「何が一体どうなって……」
「浄化樹の守り人に選ばれたんだよ」
「え?」
ヴィンス先生の言葉に首を傾げれば、真理亜……マリーが説明する。
「お姉ちゃんが、浄化樹の守り人……つまり精霊になったみたい」
「精、霊……?」
初耳の単語にますます意味が分からない、と首を傾げた私に、グレアム様が私を抱えたまま上体を離して言う。
「あぁ。浄化樹を守る役目に君が選ばれたんだ。
だから、再び地上世界に帰ってこられた。
おかえり、ルビー」
「!」
グレアム様の言葉に、私は口を開きかけ……、ピタッと止まる。
本来ならばただいま、と返すべきなんだろうけど。
「……ちょ、ちょっと待って、私が、浄化樹の守り人? 精霊? この私が?」
「あ、あぁ」
グレアム様は私をそっと地上に下ろすと、私の髪を一房取る。
その髪色は、いつも見慣れた亜麻色ではなくて……。
「……えーーー!?!?」
思わず髪を掴み、絶叫する。
その髪色は、紛れもない真っ白な髪。
再度現状を把握するために自分の行動を思い返す。
「ちょ、ちょっと待って。私は確かに地下世界にいたはず。
それで、瘴気が立ち上っているのが見えたからひたすら走って瘴気に身体ごと突っ込んで」
「「瘴気に身体ごと突っ込んで!?」」
「えっ! な、何!?」
思い出していたところに急にグレアム様とマリー様が口を挟んできたことに驚いていると、二人は口々に声を上げた。
「瘴気に身体ごと突っ込むやつがあるか!」
「そうだよ! お姉ちゃんは本当にいつも無鉄砲すぎる! 自己犠牲が酷い! ありえない! 心配する私達の身になって!!」
「ご、ごめんなさい、あの時は必死で……、で、でも、ほら! 浄化樹は復活したでしょう? け、結果オーライってことで」
「「良くない!!」」
二人の剣幕に苦笑いして後ずさってから、口を開く。
「でも、私だけの力ではないのよ。私が意識が朦朧としている間に、以前の“生贄”の方と神様が助けてくださったので」
「神が……?」
ヴィンス先生の言葉に頷く。
「はい、さすがにお二人からも無鉄砲だと呆れられてしまいましたけど。
それでも、私の皆を守りたいという気持ちが強いことを理解していただいたようです……」
「……そうか、それなら納得だ」
ヴィンス先生が浄化樹を眩しそうに見上げる。
その姿に首を傾げていると、マリーがこそっと耳打ちしてくれた。
「お姉ちゃんは知らないと思うけど、ヴィンスルートで先生が“浄化樹の守り人”……つまり、お姉ちゃんの一つ前の精霊だということが明かされているの」
「……えーーー!?!?」
本日二度目の絶叫に、皆が何事かとこちらを見やる。
私はこめかみを抑えて口にした。
「……悪いけれど、何が起きているのか分からないから一から説明してくれる?
地下世界であなた達の行動は見ていたけれど、声を聞くことは出来なかったからよく分かっていないの。
起きたら精霊だった、なんて自分の身に起きていることすら分かっていないし……」
「……そうよね」
マリーは頷くと、言葉を続けた。
「とんでもなく長くなると思うけど、一から説明するね」
「えぇ、よろしく」
この髪色でエイミス領や王城に向かうのはちょっと気が引けるし、自分の身の安寧のためにも、マリーの話を一言一句聞き逃さないようにしようと決意し、少しだけ場所を移動しようとしたは良いものの。
「……あの?」
なかなか離してくれない手に視線を落としてから、困って見上げれば、不貞腐れたようなグレアム様の姿があって。
「手を離して欲しいのだけど?」
「嫌だ」
「駄々っ子……」
思わず息を吐いた私に、グレアム様がより一層強く手を握って言う。
「仕方がないだろう? 君が帰ってきてくれたことが信じられないし、精霊になって帰ってきたなんて……。
俺だって君に話したいことがたくさんあるのに、上手く言葉に出来そうにないし……」
「あらら……」
そう言って泣き出してしまうグレアム様を見ていると、グレアム様は顔を背ける。
(……また泣き虫だって言われると思っているのね)
私はクスッと笑ってしまってから言葉を紡ぐ。
「グレアムさ……、グレアム」
「!」
そう名を呼び、こちらを見たグレアムの頬に手を添える。
そうしてそっと親指で涙を拭ってから、私は笑みを浮かべて口にした。
「少しだけ待っていて。私も、あなたに話したいことが……、伝えたいことが、沢山あるから」
「……!」
今まで言えなかったこと。
隠してしまったこと。
嘘をついてしまったこと。
全て、あなたに本当のことを伝えたい。
ずっと昔から、心に秘めていたこの想いも全て。
私も彼とお揃いの表情を浮かべて口にした。
「離れてしまっていた分、きちんと時間をとって、思う存分話し合いましょう?
そうしたら……、また、昔のように戻ることが出来る?」
「……それは無理だな」
「えっ……、!」
グレアムの顔が不意に近付く。
驚きギュッと目を瞑れば、こめかみに訪れた温かくて柔らかな感触。
ハッとして目を開けた私に、彼は至近距離で微笑み口にした。
「昔とは比べものにならないほどずっと、この想いは大きくなりすぎているからな」
「っ、グレアム……」
サァッと私達の間に甘やかな空気が訪れる。
枝葉のざわめく音が心地良く聞こえて、目の前には大切な人がいて。
ここは天国ではないかと思ってしまうほど、温かくて穏やかな心地に泣きそうになっていると。
「おーい、僕達がいること忘れてない?」
「「!?」」
パッとお互い距離を取れば、エディ殿下は肩をすくめ、マリーは顔を赤らめキラキラとその瞳を輝かせている。
その他にも生徒会の面々とヴィンス先生、シンシア様までそれぞれ生温かい目でこちらを見ていることに気が付いて。
カァーッと顔に熱が集中していく。
(み、見られた……っ!)
そういえば自分から説明してと言っておいてこれはないわ! と彼女達のいる方へ向かおうとした私の手を再び取られる。
そして。
「行こう」
「!」
グレアムに手を引かれ、一緒に並んで歩き出したけれど、妙に気恥ずかしくて。
視線を彷徨わせている私の耳に届いたのは。
「待っている」
「え……」
咄嗟に彼を見上げれば、彼は笑っていて。
その笑みに向かって私は元気よく頷いて、今自分に出来る一番の笑みを浮かべてみせたのだった。




