71.浄化樹の再生②
(マリー視点)
誰もが凍りついたようにその場を動けないでいる間にも、瘴気の勢いは収まるどころか増すばかりで。
「っ、一体どうしたら良い!?」
グレアム殿下の焦ったような声に、ヴィンス先生も唸る。
そんな二人を見て私が口を開いた。
「私が光属性魔法を使うのはいかがでしょうか!?」
「「「!」」」
その場にいた皆が一斉に私を見る。
私はギュッと胸元で両手を握り訴えた。
「ヴィンス先生の仰っていた通り、本当なら魔力を少しでも温存し、浄化樹の再生に力を注ぐべきですが、このままでは瘴気に近付けないまま瘴気が国に広がってしまう。
それだけは避けたいんです!」
光属性の魔法ならば、瘴気を弱めることが出来る。
他の属性には瘴気を弱めることが出来ないのだ。
そんな私の言葉にヴィンス先生が言葉をかける。
「っ、だけどこの規模の瘴気を弱めるには、一人だけの魔力では足りない。
それに、浄化樹の再生に君の光属性の力は絶対に必要だ。
そうなると、折角の申し出だけどそれは難しいと思う」
「……っ」
確かに、この規模の瘴気は以前街で払った魔物の瘴気とは比べ物にならない。
ルビー様が瘴気を纏っていた時よりも濃いように思える。
ここで全力を出して私の魔力が枯渇してしまったら、浄化樹の再生が出来ずに本末転倒だ。
(では、どうすれば良いの……!?)
話が振り出しに戻ったことに絶望した、その時。
「っ!? 今何か光らなかったか!?」
「「「え!?」」」
瘴気から目を離さなかったグレアム殿下の言葉に、皆が一斉に瘴気の方を見る。
目を凝らしてみたけれど、光っているようには見えない、と声を上げようとしたその時。
「!」
ほんの一瞬だけど、チカッと私にもその光が見えた。
その光の色は。
「「ルビー!?/お姉ちゃん!!」」
そう叫んだ刹那、より一層強く目を開けていられないほど強い光が放たれる。
「「「っ!?」」」
何とか堪えて目を凝らしているうちに、瘴気は赤い光と薄い青の光に呑み込まれ……、そして。
「「「!!」」」
あれだけ強く真っ黒だった空に、一筋の太陽の光が現れる。
そして、瘴気は先程のほんの十分の一に満たない程度までに治まっていたのだ。
その光景に、知らず知らずのうちに瞳から涙が零れ落ちる。
「お姉ちゃんが、助けてくれた……」
「……ルビー」
グレアム殿下も涙を溢したけれど、グイッと服で涙を拭ってから皆に向かって言葉を発した。
「ルビーも共に戦ってくれている。
絶対に浄化樹の再生を成功させ、この国を……ルビーを守り抜くぞ!」
「「「おー!!」」」
そう言うや否や、皆がルビー様によって瘴気が抑えられている場所……浄化樹の再生の地目掛けて走りだしたのだった。
瘴気が鎮静化した場所は、瘴気の爪痕が色濃く残っていた。
「草木が、枯れてる……」
そう呆然と呟いたシンシア様に対し、声をかける。
「必ず浄化樹を再生して元通りにしましょう!」
「っ、はい!」
シンシア様が力強く頷いたところで、ヴィンス先生が声を上げる。
「皆、これからこの地の映像を国民に流すよ!」
「「「はい!」」」
(……いよいよだ)
すっかり冷たくなった指先を温めようと強く拳を握ると、その手をふわりと握られる。
「!」
驚いてそちらを見やれば、そこにいたのは水色の瞳……エディ殿下の姿で。
エディ殿下は悪戯っぽく笑って言う。
「やっぱり冷たくなってるね」
「っ、そ、そうですね……」
「大丈夫。この日のために……、ルビーのために君がよく頑張っていたことを僕は知っているから。
自信を持って、ルビーも見守ってくれているよ」
「!」
エディ殿下の言葉に彼の手を少しだけ強く握って答える。
「はい!」
「良い返事だね」
そう言って二人で上を見上げる。
ヴィンス先生の投影魔法によって私達の映像が、雲間から僅かに差す光の空に映し出された。
そうして言葉を発したのは、グレアム殿下だった。
「皆、よく聞いてほしい。今私達は瘴気が立ち込めていた場所へ来ている。
瘴気の威力を目の当たりにした民も多いだろう。不安だと思うが、安心してほしい。
他ならないルビーが、瘴気を鎮静化させてくれた。
しかし、それは彼女の魔力が持つ限りの間だけで、時間の問題だ。
そのため私達は、皆が賛成してくれた“浄化樹の再生”を至急これから執り行うことにした」
グレアム殿下に次いで声を発したのはエディ殿下で。
「“浄化樹の再生”には皆の力……魔力が必要となる。
これから魔力が身体から抜けていくことに恐怖や不安を覚える者もいるかもしれない。
僕も正直言えば怖い。だけど、どうか協力してほしい。
ルビーが命をかけて守ろうとした国を、皆で守るために。
皆で共に戦おう」
エディ殿下が私を見たのを合図に今度は私が口を開く。
「この国には、守りたい人達がいます。
大切な人も、ものも、自然も。全てを守るために、今こうしてここに立っています。
私も、怖くてたまりません。
もしも“浄化樹の再生”が成功しなかったら、もしも魔力が足りなかったら。
不安は尽きませんが、私以上に孤独の中一人で戦っていたルビー様を思うと、もっと怖かったと思います。辛かったとも思います。
それでも彼女は、諦めなかった。今もこうしている間に私達を必死で助けてくれている。
そんな彼女を見習って、私も前だけを向きます。共に戦います。
だって私は、この国が大好きだから」
ギュッとルビー様がくれたペンダントを握る。
どうか私とお姉ちゃんの願いが届きますようにと祈りながら、今度はヴィンス先生の方を見やった。
ヴィンス先生は私に向かって頷くと、声高に告げる。
「時は満ちた! これより、浄化樹の再生を開始する!!」
その声が天に届いたのか、雲間から差していた光が一際強く放たれ、私達に降り注ぐ。
私とエディ殿下は頷き合うと、一瞬強く手を握り合ってから手を離し、それぞれ事前に決められた位置……大きな円を描くように一人一人が散らばる。
そうして、ヴィンス先生が手を振り上げ言葉を発した。
「浄化樹よ、どうか私達の魔法に応え、再び芽を、息吹を蘇らせてほしい!」
それを合図に、皆が一斉に両の手のひらを前に突き出す。
そして、事前に示し合わせた通りに順に声を上げた。
「我が名はグレアム・スワン。魔力・返還……!」
そう言うや否や、グレアム様の氷属性の魔法と見られる薄い青の魔法が手のひらに帯びる。
それに倣い、エディ殿下、カーティス様、レイ様、シンシア様に続き、最後に私が言葉を紡ぐ。
「我が名はマリー。魔力・返還!!」
あらん限りの声で叫ぶと、手のひらに光属性の魔力が集中する。
それぞれが呪文を唱え終わったところで、ヴィンス先生が言葉を発する。
「以上七名が代表し、この地と共に生きる者達の魔力も全て、元あるべき場所、浄化樹へ!!
そして再び、この地に新たな息吹を……!!」
刹那、ヴィンス先生の言葉に呼応するかのように、私達の手のひらが一際強く光を放つ。
「……っ」
その瞬間、身体から一気に魔力が抜けていくのを感じ、その場で踏みとどまるのがやっとなほどに意識が混濁し、膝から崩れ落ちてしまいそうなほどに全身から力が抜けていく。
(っ、ダメ! 耐えないと……! こんなところで負けては浄化樹なんて再生出来ない!!)
だけど、朦朧とする意識に抗うことは出来ず、ついに身体が地に伏せる。
他の皆も同じように、魔力が吸い取られていくのに苦しんでいるようで。
(っ、皆……!)
まだ私達の中心に芽吹くはずの浄化樹は芽すらも現れない。
それでも、四方から魔力が一斉に地面に降り注いでいく様は、間違いなく民の魔力が返還されていく証で。
(っ、やっぱり千年以上も前と今とでは、浄化樹を再生するだけの魔力量が足りない……!?)
考えている間にも意識はあっという間に遠のき、視界は真っ黒に染まっていく……最中、届いた声は。
『後は大丈夫。私に任せて』
そう温かい、私の大好きなお姉ちゃんの声が、聞こえたような気がした。




