69.国家革命⑤
(ルビー視点)
「ん……」
いつの間にか眠ってしまっていたようで、ゆっくりと上体を起こしボーッと水晶玉を見つめる。
(ベリンダさんのいう通り、あっという間に時間が経つのね……)
水晶玉には、自分が知りたいときに今が地上世界でどのくらい時間が経っているのかを知ることが出来る。
つまり、時計のような役割も果たしてくれていた。
確か眠りにつく前は九月の初めくらいだったのに、たった数時間眠っただけであちらの世界は既に十月を迎えていた。
(一眠りするだけで一ヶ月も経つなんて……)
百年という時間はベリンダさんの言う通りあっという間なのねとホッとする反面、怖くなる。
自分が地上世界にいる皆とは違うという現実を目の当たりにさせられるような、そんな気がして。
(でも、私がこの世界にいるだけで彼らの平和が守られているなら)
百年間、この地で瘴気を浄化し続けなくては、と後ろ向きになる心に叱咤し、顔を上げたそのとき。
「……!? あれは何……!?」
私が目にした信じられない光景。
それは、ベリンダさんが“切れ端の世界”と呼ぶ澄んだ綺麗な景色が広がっていたはずが、地上に向けて真っ黒な瘴気がもくもくと黒煙のように上へ上へと上がっていくのを目の当たりにする。
「っ、まさか……!」
居ても立っても居られず、ベッドから飛び降り走り出す。
足がもつれそうになるのを懸命に堪え、走りながらここへ来たばかりの頃ベリンダさんが言っていたことを思い出す。
『百年に一度の災厄で、百年毎に“生贄”を選び、交代して地下世界に瘴気を封じ込めてきた。
……だがそれももう、限界に近いのかもしれない』
『……封じ込められなかった瘴気が地下世界を出て、国が……、世界が滅びるかもしれない』
確かに彼女はそう言っていた、けど。
(私、こんな展開知らない……!!)
ルビーがいなくなった後の学園……、“百年に一度の災厄”の後は、無事に平穏な毎日を送れていたはず。
それぞれのルートをゲームでプレイした時も、少なくとも卒業するまでは瘴気が再び地上へ上がるなんて場面はなかった。
それが、今は……。
(確かベリンダさんは、地下世界は澄んでいるように見えて常に濃い瘴気に満ちていると言っていた。
なのに上っていく瘴気がしっかりと真っ黒に見えるということは……!)
間違いなく人間に害を及ぼす……、つまり最悪即死状態に陥ってもおかしくないほど濃いということを表しているのではないか。
その考えに至ったところで。
「あっ……!」
ついに足がもつれ、その場に倒れ込む。
血こそ出ないものの痛覚はあるため、ジクジクと打った膝が痛む。
それよりも、心が痛かった。
夢だと信じたくて、もう一度見上げても広がっているのは同じ光景だった。
(っ、何のために私は、ここにいるの……!)
皆を助けたかった。
皆の笑顔を絶やしたくなかった。
皆の命を救えると思った。
それなのに。
(こんなに呆気なく、終わってしまうの……?)
水晶玉には、皆の声が聞こえないのと同様私の声も誰の耳に届くことはない。
私の魔力はここにいる間は、全て瘴気の浄化の役割しか為せないことも実証済みだ。
ただ私は、ここにいて魔力で浄化出来るほどの瘴気を浄化することしか出来ない……。
「……っ」
涙が頬を伝い落ちる。
無駄だとは分かっていても届くようにと取り出したのは、グレアム様からいただいたヒビの入ってしまったお守り。
「……グレアム様、マリー、どうか気付いて……!」
ほんの気休めだったとしても、彼らがこの状況に気が付けば何かが変わるかもしれない。
そう願って、ギュッと目を閉じて祈れば、お守りが手の中で温かくなった、そんな気がした。
(マリー視点)
「……ルビー?」
「?」
グレアム殿下が不意にポツリとルビー様の名を呟く。
私が首を傾げると、グレアム殿下が服の左袖を捲り、出てきたのは。
「っ、それは……?」
まるでルビー様の瞳を思い起こさせるような、小さな紅の宝石が埋め込まれたブレスレット。
それを見て、グレアム殿下は信じられないという風に見つめる。
「……石が、光っている。ルビーが、呼んでいるような気がする」
「え……!?」
慌てて覗き込んだけれど、私には石が光っているようには見えなかった。
それでもグレアム殿下は必死な様子で声を上げる。
「このブレスレットは、ルビーにもらったんだ。俺への誕生日プレゼントだと……、マリー嬢から手渡されたあの手紙に入っていたんだ!」
「!?」
グレアム殿下だけが分かるということは、と私も思い出し慌てて胸元からペンダント……ルビー様からいただいたものを取り出す。
絶対に無くさないよう肌身離さず首に付けていたそれが。
「っ、私のも光っています……!」
「本当か!?」
グレアム殿下の言葉に頷いた直後、嫌な予感を覚えて口にした。
「……もしかしてこれは、ルビー様が私達に危険を知らせているのではないでしょうか……!?」
「!? ということは……、まさか!」
同じ考えに辿り着いた私達は辺りを見回す。
丁度見晴らしの良い場所へいたのは、“浄化樹”が元あった場所……、“浄化樹の再生”を行おうとしている場所をヴィンス先生に教えていただき、そちらを目指していたからだった。
そして、私とグレアム殿下は同時に信じられない光景を目の当たりにする。
「そんな……、まさか!」
「危機が、早まっているなんて……!!」
地下世界で浄化しきれなかった“瘴気”が上ってくるのは、全ルートが終了したその後……、少なくとも卒業後であったはず。
それなのに、スチルでも見たあの悲劇的な光景が……、それこそ、城下で見た時よりももっとどす黒い、真っ黒な煙のような瘴気が、今私達が目的地としていたその場所から立ち込めていたのだった。




