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66.国家革命②

登場人物設定にベリンダを追加いたしました。

「千年以上昔、まだこの地に名前がなかった頃、“浄化樹”と呼ばれる大木がありました」


 ヴィンス先生の言葉に応えるように、私達の頭上に大きな木が映像となって現れる。

 その光景に驚く皆を見回し、ヴィンス先生の説明は続く。


「“浄化樹”の役割は、名前の通り“瘴気”を浄化するための大木でした。

 根は地下世界に根付き、枝葉は天高く伸びる。

 その木の役割を知らない当時の人々は、木に宿る不思議な力を欲しました。

 その力こそが、今皆が手にしている“魔法”、そのものです」

「「「……!!」」」


 皆一様に自分の手のひらを見つめる。

 大なり小なり、誰一人として魔力を持たない人はおらず、それも魔法使いの起源は今まで不明とされていたけれど。


「千年以上前、“浄化樹”の力を欲するあまりに木を傷つけ、その結果当時の人々はその身に魔力を宿し、魔法使いとなりました。

 しかし、“浄化樹”は魔力を失ったせいで枯れてしまいました。

 つまりこの後彼らに待ち受けているのは、浄化出来なかった“瘴気”が地上に溢れ、死に至ることでした」


 ヴィンス先生の口から語られる話は、まるで物語のように淡々と澱みなく紡がれていく。

 その語り部となるヴィンス先生の声に不思議と惹き込まれ、皆も今も紡がれるヴィンス先生の言葉に耳を傾ける。


「“瘴気”を食い止めるにはただ一つ。

 魔力の強い者が地下世界へ赴き、地下世界でただ一人瘴気を浄化し続ける……、これが“百年に一度の災厄”の始まりであり、いつしかその一人に選ばれることを恐れ、皆が皆まるでその一人を罪人のように嫌悪し、“生贄”や“悪魔堕ち”と呼ぶようになりました」

「「「…………」」」


 ヴィンス先生の話は全て真実だ。

 それが嘘か真か考えるまでもなく事実であるということを、他ならぬ当事者であるヴィンス先生の真摯な言葉が証明していた。

 ヴィンス先生は一度息を吐いてから、再度口にする。


「ですが、最近の研究の結果からもう一つ分かったことがあります。

 それは、“生贄”一人では浄化しきれなくなった瘴気が、千年以上もの長い年月を経て蓄積し、ついにその瘴気がこの国に蔓延する……、つまり、皆の命を脅かす危機が迫ろうとしているのです」


 ヴィンス先生の言葉で、静まり返っていた観衆が一瞬にしてパニック状態に陥り、悲鳴が上がる。

 それを制したのは。


「皆のもの、最後まで話を聞くんだ」

「「「!」」」


 そう威厳に満ちたお声を……国王陛下が制したことにより、観衆の動きが止まる。

 そして、国王陛下はそのまま言葉を続けた。


「ヴィンスの話は本当だ。私が証明しよう」

「「「!」」」


 そのお言葉に皆が……、私も驚いてしまう。

 だって、危機に瀕していることは私しか知らない事実であり、その兆候もない今、信じていただくためには長期戦を覚悟していたのだから。


(それがまさか、一国民に過ぎない私のお言葉を、国王陛下が信じてくださるなんて……)


 そんな私の視線に、国王陛下が気が付いたようで目が合い、頷かれる。

 私は小さく頭を下げてから、もう一度皆に訴えかけた。


「この危機に直面したら最後、国全体が瘴気に塗れ、この国は全滅してしまいます。

 そうならないために、私達に出来ることがただ一つだけあるのです。

 ……それが」


 私は一度魔法で投影された浄化樹を見やってから、口にする。


「“浄化樹の再生”……つまり、千年以上前に枯れた浄化樹を一から生み出すことです」

「浄化樹を、再生?」

「一体どうやって」


 そんな言葉が観衆から出てきたことで、私はギュッと拳を握って言い切った。


「元々は、私達魔法使いの魔力の根源は浄化樹のものでした。

 ですので今度は、私達の魔力を全て浄化樹にお返しし、普通の人間として生きる道を選ぶ。

 これが、私達人間に残された最後の道です」

「「「!?!?」」」


 観衆は驚き、目を見開いた。今日一番の驚きと言っても過言ではないだろう。

 そう、これこそが私達が考えた“国家革命”……、実質の魔法使いとしての道を捨てるということだった。

 私に続き、バルコニーにいる面々がグレアム殿下を筆頭に口々に声を上げる。


「私達に残された道はこれしかない。今まで当たり前にあったものを手放すことに不安に思うかもしれないが、私は既に覚悟を決めている。

 魔法使いだから、魔力量が大きいから価値があるのではない。一人一人の人間であることに、誇りを持つべきだ。

 ……そして今日が、ルビーの誕生日であり、この日に決断を下すことで私は、彼女が守ろうとした国を共に守ることが出来ると信じている」

「僕も賛成だよ。魔力が全ての世界ではなく、これからは人と人とが手を携え支え合い、協力して生きていく。そんな世の中にしたい。

 ……ルビー嬢もこの場にいたら、賛成してくれたはずだから」


 王子殿下二人の言葉に続き、今度はカーティス様とレイ様が訴える。


「俺も、ルビー嬢が守ってくれた世界を、分かっていて破滅に追いやられていくところなんて見たくない。

 ……すぐそばにいたたった一人の女の子が、誰に助けを求めるでもなく自らの命を差し出して国の危機を救ったんだ。彼女こそ、これ以上ない騎士の鑑だ。

 その覚悟を思ったら、魔法がなくなることくらいどうってことはない。

 ベイン辺境伯家代表として、“世界樹の再生”に賛同するよ」

「私も、彼女が何かを隠していることを訝しく思い、愚かなことに彼女に辛く当たってしまいました。

 自分の身を犠牲にして王太子殿下を、国民を守り抜いた彼女は賞賛すべきであり、そんな彼女を侮辱した私の罪は重いことは重々承知しております。

 こんなことで償い切れることではないと分かっていますが、それでも、彼女の信念に報いるために、私も……、シールド公爵家の名にかけて賛同いたします」

「……!!」


 それは、私も初めて聞く彼らの言葉で。

 自然と溢れ出た涙を拭うことはせず、浄化樹を仰ぎ見る。


(お姉ちゃん、地下世界にいてもどこかで見てくれているかな。

 お姉ちゃんをこんなにも慕ってくれている人達がいるんだよ。

 やっぱりお姉ちゃんは凄いね)


 祈るように目を閉じてから、目元を拭うと。


「私も無論、魔力を差し出すことを惜しまない」


 そのお声は、他ならない国王陛下で。

 それから国王陛下は驚きの言葉を発した。


「皆が我々スワン家についてきてくれていたのが魔力のおかげというのならば、我々王族は浄化樹の再生後に解体し、一から君主を改めることも良いだろう」

「「父上!?」」


 そう口にした国王陛下は笑っていた。

 あまり見たことはない国王陛下の笑みに、誰もが息を呑む。

 国王陛下は皆に笑みを湛えたまま言った。


「たとえ魔力がなくなったとて、神に命を授かった者同士、支え合い生きていくことが十分に出来よう。

 これは試練だ。魔力に頼り過ぎた我々に、神は試練を……、いや、きっかけを与えて下さったのだ。

 自らの足で立ち、皆が平等に生きる世界を歩み出すためのきっかけを」


 国王陛下のお言葉に水面を打ったように静まり返り、誰もが固唾を呑むその光景は、やはり私達には真似出来ない、為政者としての貫禄がそこにはあった。

 そして同時に気が付く。


(国王陛下は皆を安心させるために、この状況下で敢えて笑みを浮かべていらっしゃるんだわ……)


 驚いている私達は、更に驚くことになる。

 なんと、国王陛下が皆に向かって頭を下げたのだ。


「「「!?」」」


 これには思わず一瞬その場で固まってしまったけれど、国王陛下の意図を汲み、バルコニーにいた皆が一様に頭を下げる。

 そうして国王陛下は皆に最後のお言葉を告げた。


「どうか、我々に力を貸してほしい。

 この国を、皆を守るために。魔力を共に捧げてはくれぬだろうか」

「「「お願いいたします!!」」」


 私達はそれに続き、あらん限りの声で叫ぶ。

 そんな私達に向けられたのは、まばらな拍手……から始まり、やがて大歓声でバルコニーでの演説は幕を閉じたのだった。

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