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64.災厄のその後⑨

(ルビー視点)


「ルビー」


 声をかけられ振り返れば、そこにはベリンダさんの姿があって。

 ベリンダさんは微笑んで言った。


「一足早いけど、お誕生日おめでとう」

「ありがとうございます……」


 ベリンダさんの言葉に不意に泣きそうになってしまうと、彼女は慌てたように言う。


「な、泣かないでくれ」

「ご、ごめんなさい」

「いや……、気持ちは分かるから、別に良いんだけどさ」


 ベリンダさんは頬をかく。

 明日で約束の18歳を迎える。約束の、とは、ベリンダさんから役目を引き継ぎ、私が“生贄”として過ごす年月が本格的に始まるのだ。

 私は涙を拭うと、頭を下げた。


「ありがとうございました」


 ベリンダさんが私を見つけて願いを叶えてくださらなかったら、グレアム様も、国もどうなっていたか分からない。


「だから、悪魔に礼を言うのはアンタくらいなんだって……」


 ベリンダさんはそう言って困った顔をしていたけれど、その目元が少し濡れていることに気付き、小さく笑みを溢してから尋ねた。


「ベリンダさんは、どうなさるのですか?」


 ベリンダさんによると、私達“生贄”は、100年間ここで過ごしたら選択しなければいけないらしい。

 新しい生を過ごすか、前世の年齢を引き継いだまま地上世界で生きるか。

 そんなことが出来るのかと驚いたけれど、神様からのせめてもの恩情なのだとか。

 ベリンダさんはどうするのかを尋ねると、彼女は小さく笑って言った。


「実は、まだ考えてないんだ」

「考えてない?」

「そろそろ諦めた方が良いかと思ってるんだけどね。自分でも馬鹿みたいに諦められなくて」


 そう口にしたベリンダさんの表情を見て、私は……。


「……お慕いしている方が、いらっしゃったのですね」

「!」


 ベリンダさんは虚を衝かれたように息を呑んでから笑った。


「あはは、やっぱり分かりやすいか。そうだよ、お慕い……と言っても、自分でも引くくらい好きな奴がいて。

 でもそいつ鈍感でさ。最後の最後で自分の気持ちに気付いたとか言ってご丁寧に言葉ではなく行動で示すとか意味わかんないことしやがって」

「べ、ベリンダさん?」


 最後の方はブツブツと恨みがましそうに口にするベリンダさんに呆気に取られていると、彼女はふっと笑って。


「でも、好きなんだよなあ」

「……!」


 ベリンダさんは笑う。


「アンタにだけ話すけど、私、“生贄”になったのはそいつのためでさ。

 ここに来れば何か分かるかもって思ってた。結局何も分からずじまいだったけど。

 最初は忘れてやろうと思ったよ。けど、生まれ変わってもあいつのことだけは忘れられなくて。

 ……残念ながら、今では記憶が薄れるばっかりなんだけどさ。薄れていくのが怖くなるくらい……」


 ベリンダさんは笑っているけれど、その笑みには悲しみが混じっているように見えて。

 そんなベリンダさんに私は。


「……諦めたら、きっと後悔すると思います」

「え?」


 私はベリンダさんの手を握ると、口を開いた。


「それだけ強い気持ちがあれば叶うのではないかと……、神様も、きっと聞き届けてくださると思います。

 一度、相談してみてはいかがでしょうか」

「!」


 こんなことを私がいうべきではないのかもしれない。

 余計なお世話だとは分かっているけれど、ベリンダさんの言葉を放って置けない、そんな気がして。

 ベリンダさんは私を助けてくれたから、私も何か出来ることがあったら助けたいという思いでじっと彼女の言葉を待つと。


「……分かったよ」

「!」


 ベリンダさんはいつものように笑って言う。


「私も存外諦めが悪いしさ。アンタがそう言ってくれるのなら、もう少し足掻いてみるよ。

 神に、掛け合ってみる」

「良いと思います!」


 私がそう笑みを浮かべると、ベリンダさんの姿が薄れ始める。

 驚く私に、ベリンダさんは呟くように言う。


「……時間だ。ってそんな顔をしないの。

 皆を守るためなんだろ? こんなところでメソメソしない」

「っ、はい……」


 ベリンダさんに優しく諭され、涙を拭って顔を上げると口にした。


「ベリンダさんのおかげで、“生贄”として百年過ごす決意が固まりました。

 ありがとうございます。ベリンダさんの願いが叶うことを、心からお祈りしています」

「こちらこそ、ひとりぼっちだったからアンタが来てくれて嬉しかった。

 ……こんなに話すつもりはなかったんだけど、アンタは不思議だね。心を許して何でも話してしまいそうになる。

 多分、アンタと私は少し似てるんだと思う」


 そう口にするベリンダさんの姿が、徐々に薄れていく。

 そうして消えていく刹那、ベリンダさんが私にかけてくれた言葉は。


「アンタは立派だ。だから胸を張るんだよ。

 私も、アンタの“本当の願い”が叶うよう祈ってるから」

「“本当の願い”……?」


 何のことだろう、と首を傾げた私に、ベリンダさんは笑って手を振る。


「じゃあ、またね」


 そうして、ベリンダさんは宵闇に溶けて消える。

 この綺麗な夜空の下に広がる世界で、私は。


「……これからは、一人なんだ」


 呟いた私の瞳から、何かが頬を伝って落ちていくのだった。




(マリー視点)


「マリー嬢」

「!」


 ルビー様からいただいたペンダントを握っていた私は名を呼ばれ、顔を上げれば、そこにはエディ殿下の姿があって。

 エディ殿下に差し出された手に恐る恐る手を重ねると、キュッと握られ驚く私にエディ殿下は尋ねる。


「緊張している? 手が冷たい」

「ご、ごめんなさい」

「謝ることじゃないよ。無理もない、これから僕達は……、そうだね、ルビーの言葉を借りると“革命”を起こさなければならないのだから」


 エディ殿下の言葉に私はルビー様の姿を思い出し、少し泣きそうになってしまうのをグッと堪え、代わりに笑みを浮かべる。


「そうですね。ルビー様に負けないくらい、大きな“革命”を起こすことになるので……、でも、緊張している場合ではありませんよね」


 私の言葉にエディ殿下が慎重に頷く。


(この“革命”は、国民全員の賛同を得なければいけない。その説得方法は、私達にかかっている……)


「でも、改めて思うのは、ルビー様は凄いということです」


 “革命”を起こすということは、世論に抗うということ。

 ルビー様はそれを一人でやってのけた。全ては、自分自身を確実に“生贄”に仕向けられるように。


「その勇気と努力は、誰にも真似出来ないと思います」


 そう口にすると、エディ殿下は笑う。


「そうだね。ルビーは凄いと思う。でも僕は、君も十分凄い人だと思うけど」

「えっ?」


 思いがけない言葉に目を瞬かせれば、エディ殿下は続ける。


「僕達だったらただ、泣いて諦めていたところに君が現れ、“前世の記憶”というものを活用して一縷の希望を見出してくれた。

 ヴィンス先生だって、君の言葉に救われたはずだ」

「そ、そんな大それたことでは」

「君がそう思うだけで、誰もが君に感謝しているよ。

 ……それに、ルビーだって驚くだろうね。

 まさか、妹が自分を助けようとしているなんて夢にも思っていないよ」


 エディ殿下の言葉に少し考えてから……、クスッと笑ってしまう。


「そうですね。ルビー様は、自分がしてもらうことには慣れていないし、助かるとは考えもしていないと思います」


 だけど、ルビー様は……お姉ちゃんは絶対に口にしないけど、心の奥底では助かりたいと思っているはず。


(だから、今度こそ私が助けたい。私を守ってくれたお姉ちゃんを)


「ごめんなさい、ちょっとよろしいですか」

「え?」


 エディ殿下にエスコートされていた手を、一度離し、空いた両手でバチンッと両頬を叩く。


「な、何をしているの?」


 その行動に驚いたエディ殿下に向かって笑って返す。


「絶対に負けられない時……、自分に喝を入れるためにいつもこうして気合を入れるのです!」

「! っ、あはは」


 急に笑い出したエディ殿下に驚いていると、エディ殿下は「ごめん」と謝ってから言う。


「やっぱり君達は、姉妹なんだね」

「え??」


 刹那、エディ殿下も両頬を叩く。

 今度は私が驚いてしまっていると、エディ殿下は手のひらを見つめて言った。


「なるほど、こうやって気合いを入れるんだね。確かに、良いかもしれない。

 今度から僕もやってみよう」

「……! はい!」


 そう言って笑い合うと、後ろから足音が聞こえてくる。

 振り返ると、そこには国王陛下とグレアム殿下の姿があって。

 淑女の礼をしようとした私を制し、国王陛下は言葉を発する。


「時間だ。行くぞ」


 威厳に満ちたお声により一層気を引き締め、私、それから王子殿下二人は頷いたのだった。

 そうして、城のバルコニーの扉が開いたのと同時に歓声が上がる。

 澄み渡る雲ひとつない青空の下、私達は“百年に一度の災厄”を乗り越えた記念式典の場へと足を踏み出したのだった。

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