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63.災厄のその後⑧

「ヴィンス!!」


 彼女は、神との話が終わった直後に現れた。

 そんな彼女に向かって、ホッとする自分がいることに気が付き、ヘラリと笑って返す。


「やられちゃった」

「っ、こいつらが、浄化樹を……!」


 拳を振り上げる彼女を慌てて制し、笑みを浮かべる。


「良いんだ、私の不注意が招いたことでもあるのだから。

 ……それよりも、浄化樹はもうすぐ枯れる」

「っ!!」


 枯れる。それはつまり、精霊である私の終わりを意味していることに、聡い彼女は気付いたらしく、はらはらと瞳から何よりも綺麗な涙を溢す。

 その涙を見て思う。


(あぁ、離れたくない)


 ……そうか、私が君に抱いているこの感情こそが。

 自分の気持ちを自覚したところで、浄化樹の軋む音が耳に入り、慌てて彼女の両肩を掴んで言う。


「これから言うことをよく聞いて。浄化樹は、“瘴気”……人間に害を為すものを浄化するための木だった。

 だけど、その木がなくなった今、この世界は危ない。

 代わりに、浄化樹に溜まっていた魔力は、君達人間に渡ると思う」

「ちょ、ちょっと待って、理解が追いつかない」

「つまり、人間は魔法使いになる代わりに、浄化樹はもうすぐ枯れる。

 そうしたら、人間界に瘴気が溢れて人間はこのままでは生きられなくなってしまうから……、私が瘴気を浄化するために行かなくてはいけない」

「っ、どこへ!」

「地下世界へ」

「地下、世界……?」


 彼女にはきっと分からないだろう。

 地上でしか生きたことのない彼女……人間の彼女には、きっと。


「……っ、どこか分からないけど、帰って、来られるんだよね? ヴィンス」


 彼女の言葉に黙って頭を横に振れば、彼女をまた怒らせてしまう。


「っ、なんで! なんでヴィンスが、行かなきゃなんないんだよ……!」

「君を、守りたいからだよ」

「え……、!」


 私は、“好き”の意味を知らない。

 けど、この気持ちが“好き”だというのなら、この先一緒にはいられない二人の間に、その言葉は安易に口にしてはいけない。

 そう思って、いつか木の下で人間がしていたように、彼女の唇に唇を重ねたら。


「〜〜〜!?!?」


 彼女は今までに見たことないほど真っ赤になっていて。

 また何か間違えたことに気が付き、慌てて謝ろうとした私の言葉は潰える。

 それは、離れた唇をまたも彼女が合わせたから。

 そうして一瞬、時が止まったかのように錯覚した私に、今度は彼女は笑った。


「……アンタ、本当にもの好きだね」

「もの好き? え?」

「いいよ、付き合ってあげる。今は一人で行かせなきゃなんないかもしれないけど、地下世界の果てまでだって追いかけていくから!

 だから……、せいぜい私にキ……、い、いや!

 唇を奪ったこと、後悔すると良い! 首を洗って待ってろ!」

「……それは私にも分かるよ。その言葉、使い方がちょっと違うよね?」

「わざとだ!」

「……そうか」


 そう言い切っている割に、真っ赤な顔をしている彼女に私は笑ってしまう。

 そんな私を見て彼女は怒る。


「なんで笑うんだ」

「可愛いから、って言ったら怒る?」

「!? あ、当たり前だ!!」


 彼女を見ていて分かったことがある。

 顔を赤く染めるのは、怒っているからかと思っていたけれど。


「……そっか」

「え?」

「君も、私と“お揃い”なんだね」


 そう口にしただけで彼女は分かったようで。

 彼女はまた顔を赤らめ、はにかんだ。


「やっと気が付いたか! この鈍感男!」

「ど、鈍感って?」

「……もう良いから早く行きな!」


 しっしっ、と手で振り払われる。

 そうして顔を背けている彼女の表情が、不思議と分かるような気がして。

 私は一歩彼女に近付くと、自身の腕に抱き締めた。

 その温もりを、忘れることがないように。


(私の、唯一)


「行ってきます」


 そう口にすると、地下世界へと降り立ったのだった。





(マリー視点)


 千年以上前の世界の景色が消え、元いた場所……学園の教室に景色が移り変わる。


「……これが、私の記憶の全てだよ」


 そう言ったヴィンス先生の目尻に涙が溜まっていることに気が付いて。

 私も、自然とこぼれ出ていた涙を拭ってから口を開いた。


「つまりヴィンス先生は、浄化樹が枯れた後“生贄”としても過ごしている、ということですね」

「そういうことになるね。そうして私は、丁度きっかり百年で魔力が尽きた。

 だから、“百年に一度の災厄”が降りかかるまでに“生贄”を選び、百年毎に地下世界に送らなければいけない。

 それが、私に与えられた最後の役目だった。

 幻滅しただろう? 私こそが、ルビーや他の“生贄”を殺してしまったんだ……っ」

「違います」


 私はもう一度涙を拭ってから首を横に振る。

 そして、転生したことでゲームで得ていた情報を口にする。


「ヴィンス先生は、地下世界へ行ってからその後も、不老不死として生きていますよね?」

「「!」」

「そんなことまで知っているんだね」


 王子殿下二人は息を呑み、ヴィンス先生は苦笑いする。

 そう、ヴィンス先生は地下世界に行ったことを“死”とするならば、それ以外の時間はずっと生きている。

 それも、精霊として何千年という年月を。


「生きている間に、ヴィンス先生は“百年に一度の災厄”が近付く度、何度も掛け合った。これ以上自分のような犠牲……“生贄”を増やさないように。

 “浄化樹の再生”だって、ずっと前から分かっていたことで、この国を治めてきていた代々の王族に申し入れ続けた。

 だけど、歴代の王族は聞き入れはしなかった。

 それどころか、ヴィンス先生が浄化樹の精霊だと分かると、不老不死の力にあやかろうとする人もいた……」

「「……っ」」


 ヴィンス先生はその言葉に肩を竦める。


「私を捕まえてもなんともならないのだけど。

 どちらかというと、神が浄化樹を枯らした罰として今までのうのうと生きられているのがこの私、というのが正解かな。この髪だって瞳だって元は白かったけれど、今はこの通りだよ」

「それでも、あなたはどうにか“生贄”を助けようとした。

 ……ルビー様のことも、ずっと気にかけてくれていた」

「元はと言えば私が蒔いた種だ。それは当たり前なことであり、ましてや褒められることではない」

「違う!!」


 認めないヴィンス先生に痺れを切らし半ば怒鳴るように声を上げると、ヴィンス先生だけでなく王子殿下二人も驚いたように目を丸くする。

 私は拳を握って必死になって言った。


「ヴィンス先生は、優しい。自分が守ってきた“浄化樹”を破滅に追いやったのは間違いなく私達人間なのに、ヴィンス先生はそれでも、私達を見捨てずに自分の身を滅ぼした。

 ……そのせいで大切な方と離れることになっても、大切な方の幸せを願い、人間を……何千年かけて守ろうとしてくださった」


 お姉ちゃんは、ヴィンスルートを知らない。

 ヴィンスルートは全ルートの好感度を100%にしなければ現れないため、ルート自体があることに気が付かず、私が教えた時にはプレイすることは叶わずに亡くなってしまったから。


「……ルビー様は、私と同じ転生者ですが、ヴィンス先生の正体を知らなかったはずです。

 それでも、ヴィンス先生を慕っていたのは、他ならないヴィンス先生のお人柄のおかげです。

 ルビー様は、ヴィンス先生という強い味方がいて、救われていた部分も多かったはずです……」


 ヴィンス先生はその言葉に、静かに涙する。


(でも、ルビー様を……お姉ちゃんを見ていれば分かる)


 ルビー様は私に、“光属性の魔法を扱えるように先生を”と言って、ヴィンス先生を紹介してくださった。

 その時のルビー様は、ヴィンス先生を心から慕っていたのだ。


(自殺を図るほどに追い詰められたルビー様にとって、ヴィンス先生やエディ殿下など、事情を知っていても味方してくれる人達がいてくれることこそが、心の支えになっていたことは間違いない)


 だから。


「ルビー様……、いえ、お姉ちゃんの代わりにお礼を言わせてください。

 ありがとうございます、お姉ちゃんの味方でいてくださって」

「! ……今でも少し信じられないけれど、確かに君は、ルビーにそっくりだね」

「え?」


 目をパチリと瞬かせれば、王子殿下二人も揃って頷き、言葉を発する。


「本当に。顔は似ていなくても頑固なところも面倒見が過ぎるところもよく似ている」

「僕もそう思うよ」


 お姉ちゃんに似ていると言われた私は、素直に嬉しく思っていると。


「でも、やはりまだお礼を受け取ることはできない」

「え?」


 ヴィンス先生はそういうと、笑みを浮かべて言った。


「お礼を受け取るのはルビーを助けてから、でしょう?」

「……!」


 私はその言葉に王子殿下二人とも顔を見合わせ、互いに笑みを浮かべ頷き合ったのだった。


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