61.災厄のその後⑥
(マリー視点)
エディ殿下とグレアム殿下と共に向かった場所。そこには。
「……皆、どうしてここに?」
驚いた様子のその方に向かって私は淑女の礼をして口にする。
「突然の訪問、ご無礼をお許しください。ヴィンス先生」
夏休み中の学園にいたのは、攻略対象者の一人であり生徒会の顧問、そして、この物語において重要な鍵を握っているヴィンスの姿があって。
「マリー嬢にグレアムとエディまで……、僕に何か用があったのかな?」
「はい。お願いさせて頂きたいことがあり、参りました」
「……“災厄”の件についてだね?」
私が頷くと、ヴィンス先生は少し固い口調で言った。
「悪いけれど、私に話せることは何もないよ」
「嘘、ですよね?」
「「「!」」」
ヴィンス先生だけでなく、王子殿下二人も息を呑んだのが分かる。
私もこうなることは織り込み済みだったから、怯むことなく口にした。
「ヴィンス先生ならばご存知のはずです。……ルビー様を助ける方法が一つだけあることを」
「! 君は一体……」
ヴィンス先生は狼狽え、目を瞠る。
私としても、ヴィンス先生を脅すような真似になってしまうのは申し訳ないけれど、悠長にしているわけにはいかない問題でもあるため、強行突破させてもらう。
(そのためには、私を信用していただかないと)
そう思い、ゆっくりと息を吸って言葉を発する。
「私には、“前世の記憶”があります。いわゆる私も転生者なんです」
「「前世……?」」
王子殿下二人は揃って何を言い出すんだ、という感じだけど、ヴィンス先生は瞠目する。
(ヴィンス先生だけは私が言っている意味が分かるはず。だって、彼もまた)
「ヴィンス先生も転生者……、それも、この地でずっと生きていらっしゃいますよね?」
「……どうして、そんなことまで知っているのかな?」
ヴィンス先生は笑っているけれど、少し震えているのが分かる。
私は信用してもらうためには隠さない方が良いと、真実を打ち明けた。
「私はヴィンス先生とは違って、ここではない別世界で生きていた記憶があるのです。
そして、この世界のことはゲーム……、“物語”として知っています。
皆様のことも、ヴィンス先生のことも、そして……、ルビー様が“生贄”となったこの国の末路も」
「「「!?」」」
私の言葉に三人が全員息を呑む。
それでも引くわけにはいかない、と言葉を続けた。
「信じられないと思いますが、これは本当のことです。
……ルビー様にも、同様に“前世の記憶”があります。
ルビー様が最期に、私の名前を“真理亜”と呼びましたよね。あれは、私の前世の名前です。
ルビー様は、前世で私の姉でした。残念ながら、彼女が私の名前を呼ぶまで……、死ぬ間際まで、私も前世のことはすっかり忘れてしまっていたのですが」
そう言って拳を握りしめる。
(もう少し早く気が付いていれば、ルビー様を……、お姉ちゃんを失くしてしまうことはなかったかもしれない)
いや、それでもヴィンス先生と私しか知らないこの方法しかなかったのだと思う。
前世の乙女ゲームでヴィンス先生ルートをプレイした私と、ヴィンス先生本人しか知らないことを。
驚いているのか黙り込んだままの三人に、私は頭を下げて言う。
「私の秘密は、全てお話ししました。どうか信じてください。
私は、姉を……、ルビー様を取り戻したい。
そのためには、ヴィンス先生のお力が必要なのです……!」
そんな私の言葉に、ヴィンス先生は困ったように笑って尋ねる。
「……ちなみに、どこまで君は知っているのかな?」
「ヴィンス先生の素性は、粗方知っていると思います。たとえば……」
私は一度言葉を切ると、じっとヴィンス先生を見つめて言う。
「“浄化樹”、別名世界樹のことも」
その名にグレアム殿下とエディ殿下が呟く。
「それは、おとぎ話の世界じゃなかったのか?」
「僕も、“浄化樹”というのは神話でしか見聞きしたことがない……」
二人の言葉に頷き、私は説明する。
「確かに、今ある歴史書の全てを読み尽くしても、“浄化樹”という言葉は出てこないでしょう。
原因は千年以上も前、浄化樹は“生贄”制度が誕生した所以であり、当時の王家にとって不都合な内容……、つまり、“浄化樹”の存在そのものが記憶からも記録からも消し去られてしまったから」
私の言葉に、口を開いたのはヴィンス先生だった。
「そこまで知られていたら、私の口から説明することはあまりなくなってしまうけれど。
そうだよ。彼女の言う通り、“浄化樹”こそが“百年に一度の災厄”の鍵を握っているんだ」
「っ、では、その“浄化樹”を使えばルビーを助けられるのか!?」
グレアム殿下の言葉に、ヴィンス先生は首を横に振る。
「残念ながら、可能性は五分五分。それも、多大なリスクを伴うことだ。
そもそもこの計画には、国民全員の賛同がなければ成立しない、大掛かりな魔法であることは確かだ」
「大掛かりな魔法って……」
エディ殿下の困惑したような表情に、私とヴィンス先生は同時に口にする。
「「“浄化樹の再生”」」
「浄化樹の再生……? つまり浄化樹というのは本当に存在していたってこと?」
エディ殿下の驚きに満ちた声に、ヴィンス先生は頷く。
「そう、千年以上昔、まだ国が出来ていなかった頃、“浄化樹”はこの地に実在した。
“浄化樹”はその名の通り、根は地下世界に、枝葉は天上に渡る大木であり、地下世界で生まれる“瘴気”を浄化する役割を担っていた」
「瘴気を浄化……!?」
“浄化樹”はまさしく、今の百年に一度の災厄の“生贄”と同じ役割をしていた。
「だが、その“浄化樹”はある日突然枯れた。
……当時の人間達の私利私欲によって」
人間達。そう口にしたヴィンス先生に、わずかに怒気が孕んだことにこの場の誰もが息を呑んだ。
私は、言葉を添えるようにヴィンス先生に向かって静かに口にする。
「ヴィンス先生は、“浄化樹”が存在していた時代も、存在していない時代も知る転生者。そして……」
一度言葉を切り、息を吸うとヴィンス先生の正体を明かした。
「“浄化樹”の守り人。ヴィンス先生の前世は、人間ではなく精霊だった。そうですよね?」
「「!?」」
私の言葉に、ヴィンス先生は力なく笑う。
「その通りだよ。私は“浄化樹”の精霊だった。
……それも、“浄化樹”を守りきれなかった名ばかりの精霊だ」
ヴィンス先生の言葉にその場に沈黙が訪れる。
ヴィンス先生は苦笑し、指先を振ると。
「「「わっ……」」」
学園の教室の風景が、見たことのない上から見た外の景色に変わる。
ヴィンス先生は笑うと言った。
「実際に見てもらった方が早いね。
これが千年以上も前、史実からも消された精霊としての私の記憶の全てだよ」




