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60.災厄のその後⑤

(ルビー視点)


「……はぁ」


 目を閉じてもなかなか寝付くことが出来ず、寝返りを打ちため息を吐く。

 見上げれば、空には無数の眩い星。

 太陽が昇らない以外は地下世界にいることを忘れてしまうほど、空にはいつも見ていた夜空が広がっていて。


(……未だに信じられない、けど)


 私は確かに、大切な人達の目の前で命を断った。

 本当ならグレアム様に殺されなければならないところを、グレアム様からいただいたお守りに危害を加え、間接的に死を迎えるという反則技で。


(そうでもしなければ、多くの犠牲者が出るはずだった)


 グレアム様はどのルートにおいても、ルビーを殺さなければいけない。

 ルビーの愛する人は、どのルートでもグレアム様ただ一人だったから。

 だけど、どのルートのグレアム様も、ルビーを殺すことを躊躇った。

 それは、グレアム様もまた、ルビーと同じ気持ちを抱いていたから。


(だから何度も忠告したの。“選択肢を迫られた時に正しい方を選び、もう一方は捨てなければならない”と)


 だけど、グレアム様は一度だってルビーを見捨てることが出来なかった。

 その結果、ルビーは瘴気を暴発させ、多くの人々を死に至らしめてしまった……。


「今回こそは、と思って彼にダメ元で“氷魔法”を持ちかけた……」


 チャリ、と胸元から取り出したのは、ヒビが入ってしまっている氷属性のお守り……、グレアム様からいただいたもので。


(氷属性の魔法を習得するか否かは、ある種の賭けだった。でも、心のどこかで彼なら、やってくれると思っていた)


 だからこそ、グレアム様が迷っている間に命を絶つしかないと考え、このお守りを利用させていただいたのだ。


「……グレアム様、傷ついているわよね」


 まさか守るべきはずのお守りを使って私が死ぬとは思わなかっただろう。

 怒っているかな。

 嫌われてしまったかな。


(……いえ、嫌われるならそれが本望だわ)


 彼には私がいない世界で、歩んでもらわなければいけない。

 一国の王太子であり国王とならなければいけない彼の、足枷になってはいけない。

 そう思っても。


「……っ」


 やっぱり彼の記憶から段々私が忘れ去られていってしまうと思うと悲しくて。

 私も今すぐ忘れられるのなら忘れてしまいたいけれど、この地下世界で百年もの間、孤独に生と死の狭間を生きるしかないのだ。

 それでも少し……、いや、かなり嬉しかったこともある。

 それはマリー……、真理亜の存在だ。


(聖女としての彼女に助けられ、出会ったあの日。私を見る目が、前世の妹と重なった)


 まさか、と思い名前を尋ねれば、彼女は“マリー”と名乗った。

 前世のゲームでのデフォルト名は、全く別の名前だったことが記憶にあったため、信じられなかったけれど、すぐにピンと来たのだ。


(“マリー”は真理亜……妹が迷っていたのを私が助言して付けたんだって)


 彼女は乙女ゲームが大好きだったけど、自分の名前が表示されるのが恥ずかしいと、デフォルト名を使うことが殆どだった。

 けれど、珍しく迷っていたから愛称である“マリー”にしたらどうかと言ったところ、彼女は納得したようにその名前を使ってプレイしていた。

 転生してきた彼女は私のことを覚えていなかったようだけど、マリーと過ごす日々は、前世の入院生活の唯一の心の支えだったあの頃に戻ったようで、泣きそうになってしまうことも多々あって。


(彼女もまた、記憶がなくとも無意識に私に甘えてくれていた)


 マリー。私の大切な妹。

 手紙には認めてきたけれど、気が付いてくれたかしら。

 また、私を見送らせてしまったし、彼女も繊細な心の持ち主だから、悲しませてしまったと思うけれど。


(最後の最後で黙っていられずに姉としての言葉が出てしまった私を許して)


 一度目を閉じ、大好きな彼らを思う。

 そして次に目を開けた時には、気持ちを切り替えて自分が今為すべきことを考える。


『……封じ込められなかった瘴気が地下世界を出て、国が……、世界が滅びるかもしれない』


(ベリンダさんの言葉が本当なら、私がなんとかしてこの地下世界の瘴気を地上へ出さないようにしないと)


 でなければ、私が“生贄”になった意味がなくなってしまう……、とそんなことを考えていると。


「なんだ、眠れないのか?」

「! ベリンダさん」


 不意に声が降ってきたため驚く私に、彼女は笑う。


「ま、そうだよね。まだ来てから僅かしか経っていないもんね。

 ちなみに、地上の世界ではアンタが亡くなって一週間は経過している頃だよ」

「……一週間!?」


 驚く私に、ベリンダさんは笑う。


「あはは、良い反応だね。そう、ここの時間の流れはゆっくりなのさ。

 地上が早すぎるだけ、っていうのもあるんだろうけど。

 だからこそ、私達が“生贄”となれば百年は持つって話だった」

「でも、今回はそれが難しいんですよね?」


 私の言葉に、ベリンダさんは頭を乱暴に掻いて言う。


「あー……、そうだね。ちょっと今その辺を見てきたんだけど。

 明らかに私が“生贄”としてここへ来た時よりも、瘴気の浄化が間に合っていない」

「瘴気の浄化……?」

「瘴気は溜まりすぎると濃くなると言っていただろう? 地下世界は一見澄んでるように見えるけど、それはあくまで私達が半分死んでいる状態にあるから影響を受けないだけで、生きた人間が来たら確実に死ぬ、常に濃度が濃い瘴気が滞留している場所なんだ」

「そうなんですか?」


 それは初耳だと驚く私に、ベリンダさんは頷き言葉を続ける。


「だがそれだと地下世界は瘴気で溢れ返ってしまう。

 そこで私達“生贄”がその身に宿る魔力で瘴気を浄化し続けているってわけだ。

 “生贄”は魔力が強ければ強い者ほど、瘴気の浄化も早まる傾向にあるからな」

「ベリンダさんは仰っていましたよね? 私は魔力が強いって。

 それなのに、なぜ今になって浄化が追いつかないのでしょう?」

「……限界なんだよ。いくら“生贄”がいたとて、百年に一人で賄えるわけがない。

 それが千年以上前から続いているんだから、少しずつ浄化しきれなかった瘴気が蓄積していって、やがて綻びが出てもおかしくはないだろう?」


 千年以上前。

 さらっと言い退けたベリンダさんの言葉にゾッとする。


(ということは、少なくとも十人以上は私やベリンダさんと同じように、“生贄”となって浄化をし続けたということ……?)


「……言っておくけど、アンタがどうこうしようとしてなんとかなる問題じゃないし、無駄だからね?」

「えっ」


 私の心を読んだようにそう口にするベリンダさんに驚いていると、彼女は首を横に振って言った。


「私達は出来るだけのことをやった。“生贄”になったんだ。

 そして、私達に課せられているのはただ、この地下世界で百年もの間暮らすこと。それだけだ」

「っ、でも、他に何か、もっと方法があるはずでは」

「ないよ。絶対」

「え……?」


 ベリンダさんはキッパリと言い切った後、ため息をついて言った。


「そんなの、私だって調べたよ。この百年とその前にもね。

 だけど、この地下世界には魔物も人も、神さえもいない。

 一人ぼっちの孤独な世界さ」

「…………」


 反論する気は起きなかった。

 ベリンダさんの瞳には、諦めたように……絶望したような色が見えたから。

 代わりに、私は恐る恐る尋ねる。


「……ベリンダさんは、どうして“生贄”に?」


 その言葉に、ベリンダさんはやがて自嘲めいた笑みを浮かべて言った。


「ここに来れば、私の“夢”が叶えられると思ったのさ。

 ……まあ、何の成果もないまま呆気なくもうすぐ終わりを迎えるけど」

「…………」


 またしても返答に困ってしまっていると、彼女は綺麗な見た目からは想像もつかない豪快さで笑って言った。


「まあ良いんだよ! もうすぐ終わる私のことなんてどうでも。

 それよりもアンタ、私がいてよかったんじゃないか。

 私は“百年に一度の災厄”の丁度その日に亡くなったからね、前の“生贄”とすれ違いでここへ来たのさ。

 つまり地下世界に来てからアンタが来るまではずっと一人だったんだよ」

「! そう、だったんですか……」

「あー、ここしんみりするとこじゃないからね? 別に、特段ここにいることに不自由とか感じないし。

 ただ、話し相手がいないなーくらいで、あっという間に時間が過ぎていったし。

 言っただろう? 地上と時の流れが違うから、百年なんてあっという間なんだよ」

「……でも」


 私は、思わずポツリと呟く。


「ここには当たり前だけど、大好きな人たちはいないんですよね……」

「……ルビー」


 分かっている。そんなことを今更言っても意味がないと。

 自ら進んで願った結末なのだから、後悔はしていない、はずなのに。


「……っ」


 目から溢れる雫が、ポタポタと湿った土に吸い込まれていく。

 ベリンダさんはそんな私を、ただ黙ってそっと抱きしめてくれたのだった。

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