59.災厄のその後④
(マリー視点)
辺境伯様とお話ししてから馬車に乗り向かった先は。
「マリー嬢」
名を呼ばれた私は、淑女の礼をして答える。
「突然の訪問となってしまい申し訳ございません、エディ殿下」
エディ殿下とグレアム殿下にお話があり登城した私に、エディ殿下は首を横に振って言う。
「気にすることはない。事前に辺境伯から知らせが届いていたからね。
……だけど、兄上が」
困ったように口にするエディ殿下の目元にはうっすらと隈が出ているように見えて。
(……そうよね、ルビー様が亡くなってしまったんだもの)
ルビー様は生徒会の皆様にとって幼馴染であり、付き合いが長い。悲しみも計り知れないだろう。
(特にエディ殿下は、ルビー様を特別に想っていらっしゃるようだったから)
でもそれを私がここで聞くのは無粋なことだとグッと堪え、代わりに言葉を紡ぐ。
「エディ殿下は、いつからご存知だったのですか。ルビー様が、“生贄”だったことを」
その言葉に、エディ殿下は自重気味に笑って言う。
「……最初からだよ」
「え……」
「ルビーが“生贄と引き換えに薬を”と、城に持ってきた時だ。
真夜中だったし、病が流行らないように城も締め切った状態だったから、辺境伯がルビーを伴って乗り込んできた時は城が騒然としていたんだよ。
僕は本当にたまたま、その日は眠れなくてとぼとぼと廊下を歩いていたら声が聞こえてきたものだから、部屋の中を覗いたんだ」
「!」
ルビー様が“生贄”に選ばれたのが八歳だと聴いている。
ということは、エディ殿下はまだ七歳……。
「驚いたよ。ルビーは淡々とした声で大人達に説明するんだ。
“生贄”になったこと、18歳で百年に一度の災厄を迎えた時に死ぬこと、その一年前には瘴気が地上世界に流れ始めること」
「……っ」
たった八歳の女の子が自分の身を犠牲にして皆を守るなんて、誰が想像しただろう。
「僕はその時、すぐに思った。兄上に伝えないとって。僕達は王族として、“百年に一度の災厄”については耳が痛くなるくらい説明されていたから。だけど」
「ルビー様がそれを許さなかった」
グレアム殿下に伝わってしまえば、グレアム殿下がルビー様の肩代わりをする形となり、“生贄”となってしまうから……。
「「…………」」
私達の間に悲痛な沈黙が流れる。
エディ殿下は泣きそうな表情をして言った。
「僕は、僕なりに“百年に一度の災厄”を根本的に解決できる方法がないか探した。そうすれば、ルビーを失わずに済む。
兄上にだけは知られないよう、王族総出で血眼になって探したんだ。歴史書や論文書、魔導書……、ありとあらゆる書物を片っ端から読んで、それでも結果は彼女を失うことになった」
「……ルビー様は」
「ルビーは僕に『もう良いんだ』、『大丈夫』って。私に任せて、とそう言いながら……、17歳の誕生日を迎えたその日に『証が現れた』、『自分では死ねなかった』と言って、城へ現れたんだ」
「……!」
(ルビー様も、自死を選ぶほどに追い詰められていたんだ……)
「それから彼女はまるで、別人のように振る舞った。
兄上との婚約を解消して、学園に革命をと称して、緘口令を破って。
滅茶苦茶なことをしていると思ったけど……、僕と兄上の間で深まっていた溝を取り除いてくれたのは、他でもないルビーで。変わったと思っていたけれど、ルビーは変わってはいなかった。
昔から人のことを放って置けない、世話焼きでお人好しなままだったんだ……」
「……エディ殿下」
エディ殿下の瞳から涙がこぼれ落ちる。
殿下は慌てたように涙を拭い、笑って言った。
「情けない姿を見せてごめん。事情を知っていたにも拘らず“災厄”を止めることの出来なかった僕に、悲しむ資格はないのに」
「そんなことはありません!」
「!」
私はエディ殿下の胸に“あるもの”を押し付ける。
それを見たエディ殿下は目を丸くして言った。
「っ、これは……?」
「ルビー様からのお手紙です」
「!!」
そう、ルビー様の部屋の引き出しから見つけたのは、無数の手紙の山だった。
宛名には、辺境伯様、国王陛下、生徒会の面々、私やシンシア様の名前が一通一通に書かれていて。
「……ルビーが、これを?」
「はい。ルビー様は、遺書としてこのお手紙を一通一通認めていたようです。
私も、自身のを拝読しましたが……、っ、これを読んだら、お考えが変わると思います」
「考え?」
エディ殿下の言葉に頷き、意を決して真っ直ぐと殿下に告げる。
「このまま、ルビー様を死なせたくないと。そう思うはずです」
「死なせたくない……? だ、だって、“生贄”となってしまった今、ルビーを助ける術は」
「一つだけあります」
「……!?」
エディ殿下が驚き目を見開く。
(そうよね、この事実を知るのは転生した私と、それからもう一人だけ)
ちなみに、転生してきているお姉ちゃんも知らなかったはず。
だってお姉ちゃんは、あの方のルートを攻略していなかったはずだから。
(という私もこれは一種の賭けであり、どうなるかは分からないけれど……、でも)
「このままだと、ルビー様の死は無駄になってしまいます」
「無駄……? 君は一体、何を知っているの……?」
エディ殿下に私はもう一通の手紙を差し出す。
「この先のお話は、グレアム殿下がいらっしゃってからにしたいと思います。
どうか、グレアム殿下にもこのお手紙を渡して、私と一緒に来ていただけませんか。
そうすれば、ルビー様を助けることが出来るかもしれません」
私の言葉に、エディ殿下は困惑したような表情をしたけれど……。
「……分かった」
「!」
エディ殿下は私の手から手紙を受け取ると、口を開く。
「君が何を考えているかは分からないけれど、君が来てからルビーは生き生きとしていた。
ルビーが信頼していた君を、僕も信じてみたいと思う」
「! エディ殿下」
「待っていて。これを兄上に渡して、すぐに連れて戻ってくるから」
「お願いします!」
私の言葉にエディ殿下は小さく笑みを浮かべると、部屋を出ていく。
その背中を目で追いかけて、祈るように手を合わせた。
(ここでグレアム殿下にもご協力いただけなければ、より助けることが難しくなってしまう。
どうか、心を閉ざしてしまったグレアム殿下がもう一度、ルビー様を取り戻したいと、そう思ってくれますように)
そうして祈ること数分、その心配は杞憂だったと……、部屋の外で忙しない足音がこちらに向かって聞こえてきたのは、すぐ後の話。




