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5.王太子殿下との婚約解消③

 そうして、教室に辿り着いた私は。


(こ、これが! 私の席……!)


 前世の私からしたら初めての学園生活。

 教室に足を踏み入れ、自分の席に座ることにずっと憧れを抱いていた。


(多くの人々が当たり前に感じていることでも、前世の私には何一つ出来るどころか、叶わずに諦めることばかりだったから)


 その点、ルビーの身体は健康そのもの。

 転生先が健康体というのが何より一番嬉しいわ、と喜びを噛み締めていると。


「随分ご機嫌だね?」


 折角上がっていたテンションに水を差すような声を聞き、一気にテンションが急降下する。

 面倒臭いからと無視していると、さらりと髪を撫でられ、そして……、その髪に口付けを落とされた。

 それだけで、周囲にいた女性達は色めき立つけれど、残念ながら私に彼の色気は通用しない。

 代わりに、私は彼ににっこりと笑みを向けてあげると、彼は固まり、なぜだか周囲もざわつく。

 そんな視線を受けながら、私は髪を触ったままの彼の手を迷うことなく振り払った。


「汚い手で触らないでくださる? ベイン様」


 ベイン様。そう呼ばれた彼は、驚いたように緑色の瞳を見開いてから、まるで面白いものでも見たというように口角を上げた。


「ベイン様だなんて、つれないねえ。君と俺との仲だというのに、他人行儀すぎないかい?」


 カーティス・ベイン。

 我が家とは対極の地を治め、同じく辺境伯家として砦を守るベイン辺境伯家の次男。

 黄緑色の髪に深みを帯びた緑色の瞳の持ち主で、左目の下にある泣きぼくろが特徴。

 学園の制服を着崩し、長身で細身の筋肉質という彼は、正真正銘。


(紛れもない攻略対象者であり、大人な雰囲気の色気担当……)


 何度も言うようだけど、私にその色気は通用しないから関係ないわね、なんて小さく笑みを浮かべれば、彼もまた僅かに目を見開く。そんな彼に向かって口を開いた。


「お戯れを。あなたと私との間に名前をつけるほどの関係はございませんので」


 王太子殿下といい、攻略対象者達とは関り合いにならない方が良い。

 だって、彼らはこんな顔を向けておいて、いざヒロインが来たら寝返る人物なのだから。


(……所詮、信じられるのは自分だけ)


 そう思っている私の心を見透かしたように、ベイル様は目を細めて口にした。


「本当に君はあのルビー・エイミスなのか?

 グレアムとの婚約を破棄したことと言い、別人じゃないか。……それとも」

「!」


 不意に顔に影が差す。

 近付いた距離に思わず顔が強張ったけれど、逃げずに踏みとどまった私をどうか褒めて欲しい。

 そして彼は、無駄に近くなった距離で妖艶な笑みを湛えて言った。


「本当に別人が君の身体を乗っ取っている、とか?」

「……あいにく」


 私は今度こそ彼の胸を押す。それほど強くなく、ただし彼との距離を保てるくらいには押し返してから言い放った。


「私はルビー・エイミス以外の誰でもありませんわ。……ただ、今までの私はなんて愚かだったのかと、目が覚めただけです」

「……それって」

「ご用件は?」


 彼の言いかけた言葉を遮るように、話を本題に戻すよう促す。

 用事がなければ、彼が私に話しかけてくるような人物ではないと分かっているからだ。

 ……これでも、攻略対象者である彼らとは旧知の仲だから。


(不本意だけれど)


 白けた目で見ているというのに、嬉しそうに笑う彼は一体どんなご趣味をしていらっしゃるのだろうと思ったけれど、こういうことには触らぬ神に何とやらというので無視していると、彼は胸元から手紙を取り出した。

 それを見た女生徒達が恋文かとざわめくけれど、私はこれが何かを知っていた。


「……どうして本人が渡しにいらっしゃらないの?」

「君に冷たくされるのが辛いんだってさ」

「どんな理由……それに、わざわざあなたに託す必要がないでしょう」

「これでも王太子殿下には信頼されている一番の親友なんでね」

「……王太子殿下は付き合う人物を間違っていると思いますわ」

「わ、ひどい」


 彼の大袈裟なリアクションは無視して、封を切る。

 それには、王太子殿下と決闘をする日時と場所、試合方法が王太子殿下の字で記されていた。

 その試合方法を見て、私は思わず呟く。


「……魔法決闘」

「そ。魔道具、剣は一切使わず、魔法のみで勝負をとのことだ」

「……私から剣を取り上げるなんて」

「傷つけたくないんだってさ。愛されてるねぇ」

「……愛されてる?」


 これのどこに愛されているという要素があるのだろうか。

 目の前の男は。


「バカね」

「は?」

「本当に愛しているというのだったら、正々堂々剣で勝負すべきですわ。……それに、その口振りではまるでこの私が負けるという前提ですわよね?」

「え……」


 その時、丁度良いタイミングで王太子殿下が教室に入ってきたのが視界に映る。

 私達は同じ学年であり、同じクラスなのだ。

 私は立ち上がると、呼び止めるベイン様を無視してこちらを見ている王太子殿下の元に歩み寄る。

 そんな私に気付き、驚いたようにこちらを見る彼の瞳を挑むように見つめ、言葉を発した。


「バカにするのも良い加減にしてください。私から剣を取り上げれば……、魔法決闘ならば絶対に自分が勝てると?」

「っ、違う! 剣だと互いに傷つけてしまうから」

「嘘ですわ! 剣よりも魔法を選べば自分に勝算の見込みがある。そうお思いなのでしょう!?」

「それは……」


 王太子は分かりやすく押し黙る。

 剣での決闘を選ばなかったのは、確かに王太子の言う通り、どうしても傷が出来るのを免れられないから選ばなかったのかもしれない。けれど、それではまるで傷つくのは私の方であり、私が絶対に勝つわけがないと思っているのと同義だ。

 そして。


(魔法縛りにすれば、私の得意な属性が火なのに対し、王太子殿下は水。魔法実技で手を抜いている私の()()()()を知らない彼は、幼い頃のようには負けるわけがないと、そう思っている何よりの証拠)


「……見損ないました」

「ッ、ルビー」

「たとえどんな勝負を持ちかけられようとも、勝つのは私ですわ!」

「っ……」


 バンッと近くにあった机を叩けば、王太子殿下は悲しげな顔をする。


(何も言い返さない、あなたのそういう態度が一番腹が立つのよ)


 そんな思いで睨みつけると、踵を返し教室を出る。

 始業式を迎えるまであと少し。

 決闘が行われるのは今日の放課後だ。


「最悪の気分だわ」


 どいつもこいつも、ルビーに軽々しく近寄ってくる。

 それは、攻略対象者達は全員、ルビーと幼馴染という間柄であるからだ。

 そう分かっていても。


(ヒロインが現れれば、すぐに寝返る)


 そうしてそっぽを向けば、今度は擦り寄ってくるのだ。

 今みたいに。


「……反吐が出る」


 しかも、この世界には“悪しき風習”がある。

 昔から悪しき風習に縛られているからこそ、ルビーと同様に生きづらく感じている人々がいるのも事実。

 だから。


「私が革命を起こす」


 この決闘を利用して。

 見通しが悪いこの世界に、風穴を開けることが出来るのは。


「この私よ」


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