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56.災厄のその後①

ここからは、地下世界→ルビー視点、地上→マリー視点の二視点で切り替わりながらお話が進みます。

把握のほどよろしくお願いいたします。

(ルビー視点)


「ん……」


 次に目を覚ましたのは、星空が広がる宵闇の空の下だった。


「私……、生きてる?」

「まあ、半分はそうなるかな」

「あ……!」


 身体を起こした私に、彼女……漆黒の髪に同色の瞳を持つ二十代くらいの見た目の女性は妖艶に笑う。


「ベリンダさん!」

「えっ、私の名前覚えてたの?」

「もちろんです。彼を……、皆を助けてくださったのですから」

「!」


 そう口にすると、ベリンダさんは苦笑いを浮かべる。


「悪魔である私に感謝するなんて、アンタくらいよ」

「本当のことですから。ベリンダさんがいなければ、国が滅んでもおかしくはなかった」

「……アンタも、難儀な性格だね。好きな人を守るために、悪魔に魂を売るなんて」


 そう、彼女のいう通り、私が“百年に一度の災厄”の生贄になったのは、自ら進んで願ったこと。

 全ては、国を……、いえ、最愛の彼を守るために。


「……その“彼”に最後の最後まで生贄だと告げられず、また“彼”の魔法で死ななければいけないなんて……」


 ベリンダさんの言葉に、私は無理矢理口角を上げる。


「“私にとっての絶望を抱え、愛する者の手で死ぬ”。それこそが生贄となる条件でしたから」


 ベリンダさんはそんな私を見て顔を歪めたけれど、綺麗な見た目とは裏腹にガシガシと乱暴に頭をかき、ため息交じりに言った。


「そうだね。いつまでも嘆いていても仕方ない。これから先、アンタはその身に宿る魔力で瘴気を浄化しなければいけないんだから。

 ……アンタに代替わりしたら、私の役目も終わり、か」


 最後にポツリと呟いたベリンダさんは、何とも言えない儚げな表情をしていて。

 声をかけようか迷った私に、ベリンダさんはニッと笑って告げる。


「アンタを案内しよう。ここは瘴気に満ちているけれど、まるで世界の綺麗な景色を集めたような“切れ端の世界”が広がっているんだ」

「“切れ端の世界”……」

「ついてきて」


 ベリンダさんの言葉に頷き、私は綺麗な所作で歩く彼女の後をついていくのだった。




(マリー視点)


 どうして、なんで、気が付かなかったんだろう。


(あんなに大好きで、唯一で、憧れていたお姉ちゃんがこんなに近くで守ってくれていたのに、どうして気が付かなかったの……!?)


 あぁ、そうだ、ここは私が大好きだった乙女ゲーム『このせか』の世界。

 前世の私の名前、“真理亜(マリア)”のままプレイヤー名を付けるのが恥ずかしいと言ったら、お姉ちゃんが言ってくれたんだ。


『あなたの愛称“マリー”で良いんじゃない?』

 って……。

 そのお姉ちゃんは今、私の目の前でまた……。


「ルビー、ルビー!!」

「やめるんだ、グレアム!」

「離せっ、離せ……!! 彼女がいなければ……っ、彼女がいない世界なんて、何の意味もない‼︎‼︎‼︎」


 お姉ちゃんが落ちていった崖に向かおうと暴れるグレアム様を止めるカーティス様とレイ様の目の前で、その崖は、何事もなかったかのように割れ目は地面へと変わる。

 それだけではなく、瘴気に覆われていたはずのその場所も、魔物も忽然と姿を消し、澄み渡る青空と緑が広がる、見たことのないほどに美しい景色に様変わりした。

 だけど、その景色とは対照的に、生徒会の面々の顔は暗い。

 もちろん私も、前世とゲームとを合わせた膨大な記憶の波が押し寄せるのと同時に、なんとも言えない喪失感……二度と味わいたくないと思っていた姉の突然の死の悲しみから涙が溢れて止まらない。


「……ルビーの言っていた、何年も前からとは、どういうことだ」


 力なくグレアム殿下の口から呟かれた言葉に、倒れていたエディ殿下が身体を起こす。

 その背中をヴィンス先生に支えてもらいながら、エディ殿下は顔を歪めて答えた。


「十年程前、“百年に一度の災厄”と同じくらい、名前を付けることを恐れられ、躊躇われるほどに大勢の命……国民のおよそ四分の一の命が失われた流行病を覚えてるよね」


 流行病という言葉に、その場にいた誰もが息を呑む。

 “マリー”として生き、孤児院にいた私も鮮烈に記憶に残っている。


「たった一年でそれだけの人の大切な命を奪っていった流行病は、ある日突然終息を迎えた。治療薬が、ある人によって見つけられたからだ」


 その言葉だけでグレアム殿下はハッとしたように目を見開き、ポツリとつぶやく。


「……まさか」


 エディ殿下は目を伏せると、震える声で口にした。


「当時、伏せられたその発見者の名前こそが、まだ八歳だった“ルビー・エイミス”。彼女なんだよ」

「お、お待ちください。理解が追いつかないのですが、どうして幼いエイミス様が、その薬を」


 困惑しているシールド様の言葉に、エディ殿下は苛立ちを隠さずに口にする。


「まだ分からない? ルビーが皆を助けるために、悪魔と取り引きをして自ら“生贄”となり、民を……、この国を、身を挺して守ったんだよ!」

「「「!?」」」


(ルビー……、お姉ちゃんこそが、あの悪夢のような“流行病”を終わらせた?

 自分の魂と、引き換えに?)


 そう頭で反芻する内に、ゲームの光景と今の光景が重なり、二重に見え出す。

 それによって、ぐわんぐわんと頭が揺れる。


(っ、私、全部、知っている……)


 ルビーのことも、この後起きることも。

 知っているからこそ、今この場で言葉を発しなければいけないのに、視界が揺れて、頭が猛烈に痛くなり、胸が苦しくなる。

 そんな私の頭に、エディ殿下の声が響く。


「僕はそのことを、たまたま国王陛下の部屋を通った際に聞いてしまった」

「どうして、俺には言ってくれなかったんだ‼︎」

「グレアム!」


 カーティス様が止めるけれど、グレアム殿下はエディ殿下の胸倉を掴み、涙交じりに訴える。


「なぜ、ずっと黙っていた!」

「それが“生贄”となったルビーの望みだったからだよ‼︎」

「!」


 グレアム殿下が怯んだ隙に、エディ殿下もグレアム殿下の肩を掴み、泣き叫ぶ。


「……ルビーが、言ったんだ。『黙ってて』って。

 兄上に伝えてしまったら、兄上が“生贄”になってしまうから、と」

「!? なぜ……」

「……っ、こんなこと、僕が言うことじゃないけど! ルビーは!

 兄上のことが、ずっと、大好きだったんだよ……」

「……‼︎‼︎」


 エディ殿下は嗚咽混じりに続ける。


「ルビーが“生贄”になった理由は、確かに民を守るためだったけれど、それだけではなくて、兄上を……、流行病に罹患して意識が混濁していた兄上を失いたくなかったから、だって。

 悪魔との契約も勝手に自分がしたことだから、兄上に火の粉が降りかからないように、守り通さなきゃって。

 詳しいことは分からないけど、悪魔と取引した内容が、兄上に知られてはいけないのが条件だって……、だから黙っててって、この世のものとは思えないくらい誰よりも綺麗に、儚く笑って言ったんだ……」

「「「…………」」」


 エディ様の悲痛な声と面持ちに、その場にいる誰もが声を上げることが出来ない。


(いいえ。私は、知っている)


 この後、災厄を乗り越えた国がどうなるか。

 ルビーが自ら生贄となって守った国が、どうなってしまうのかを。


(言わなくちゃ……っ)


 そう思うのに、言葉は出てこず、はくはくと口を意味もなく開閉し、そして。


「…………っ」


 ついに言葉が口から出てきてはくれないまま、身体が傾ぎ、私の名を呼ぶエディ殿下の声を最後に意識が暗転してしまうのだった。

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