55.百年に一度の災厄
ルビー視点に戻ります
「そうよ? 私は紛れもないルビーであり、そして……、“百年に一度の災厄”に選ばれたのは、他でもないこの私よ」
瘴気に塗れた私が笑みを浮かべてそう口にした刹那、先程まで煩く喚いていたのが嘘のように、誰もが凍りついたように動かなくなってしまう。
その視線を受けて、私はおかしくなってお腹を抱えて笑った。
「あはは、サプライズは大成功ってところかしら? 皆、この私を馬鹿みたいに信じていたものね。どうもありがとう。
私の策略通りに動いてくれて」
そう、こうなることは分かっていた。
だからこそ、今まで私の目的の通りになるように立ち居振る舞ってきたのだ。
ルビーとして転生した時から、ずっと。
(私はこの日のために生きてきたの……!)
「さて、役者も揃ったところでゲームを始めましょうか」
「……ゲーム?」
「至って簡単なことよ」
そう言ってパチンと指を鳴らせば。
「「「!?」」」
彼らの前に一人につき一体ずつ、魔物が現れる。
驚いた様子の彼らに向かって優雅に微笑むと、口を開いた。
「その魔物を倒せたら勝ち。ちなみに、全て私が生み出したものだから。
せいぜい、殺されないよう頑張ることね。
はい、ゲームスタート」
「「「!?」」」
そういうや否や、魔物達が私の指示通りに攻略対象者達に襲いかかる。
その様子を横目に、今度は魔物ではなく私と向かい合っている二人……、グレアム様とマリー様に向かって声をかける。
「ごめんなさいねぇ? あなた方のこと、騙してしまって」
「っ、どういう、ことだ! なぜルビーが、生贄に……!」
「あはは、お間抜けさんね。……私が生贄に選ばれたのは何年も前からであり、エディ様でさえも気が付いていたというのに!」
「!?」
話しながら怒りをぶちまけるように、グレアム様の隙をついて彼に向けて瘴気の刃を放つ。
グレアム様はそれをすんでのところで躱すと、瘴気の刃を受けて大地は一瞬にして土肌へと変わる。
「ほら、逃げてばかりだとあなたも死んじゃうわよ?」
「くっ……!」
攻撃を繰り返しても一向に武器を取り出さない彼に呆れ返り、今度はマリー様に向かって話しかける。
「ねえ、マリー様。私がなぜ、あなたに優しくしたか分かる?」
「え……?」
私は彼女のことをよく知っている。
彼女が嬉しいことも、悲しいことも、怒ることも、傷つくことも。全て。
(あなたと出会う前から、私はうんざりするほどよく知っているもの)
だから、あなたの心を折ってあげる。
二度と私を、慕うなんて愚かなことをしないように。
そうして今度は笑みを消すと、マリー様に向かって一言、残酷な言葉を放つ。
「あなたのことが死ぬほど大嫌いだからよ」
「……!!」
マリー様が息を呑み目を見開いた間に、瘴気の玉を放つ。
それを受け止めたのは、マリー様ではなく。
「あら、ようやく王子様の出番というわけね? そうこなくっちゃ、張り合い甲斐がないわよね!」
身体中にまとわりつくどす黒い瘴気が、四方に放たれる。
グレアム様は固まってしまっているマリー様の前に立ち、魔法で相殺する。
その光景は紛れもない、ゲームで見た姿と重なる。
(そう、これが本来あるべき姿)
あなたが守るべきは私ではなく、ヒロインであるマリー様。
そして私は。
(倒されるべき悪役令嬢なのよ……!)
「そうそう、肝心なことを伝え忘れていたわね」
それぞれ魔物と戦いながら苦戦を強いられている彼らに向かって、口元に手を当て悠然と微笑む。
「このゲームを終わらせる方法は、一つだけあるわよ。それはね」
一度言葉を切ると、抑えきることが出来ない瘴気が魔力のようにみなぎってくるのを感じながら、悟られまいと笑みを浮かべて告げた。
「“百年に一度の災厄の生贄”である私を、殺すことよ」
「「「!?」」」
刹那、瘴気が暴発し始める。
その光景を目の当たりにしている彼らに向かって囁く。
「ほら、殺さなければあなた方の大切な方々がどうなるか、分かっているでしょう?
他でもない私が殺してしまうのよ? それでも良いの?」
「良いわけがないっ!」
「!」
いつの間にか、背後にヴィンス先生がいて。
ヴィンス先生は驚く私に手を伸ばし、叫ぶように言った。
「だからって、君一人が犠牲になるわけにはいかない!」
「……っ」
一瞬、心が揺らぐ。
ヴィンス先生はずっと、私の味方だった。
私が苦しんでいることを誰よりも知っていたのは、きっとヴィンス先生だから。
その手を伸ばしたくなる衝動をグッと堪え、代わりに瘴気で薙ぎ払う。
「“私を助ける”なんて、軽々しく出来もしないことを言わないで!」
「っ!!」
ヴィンス先生の悲しげに揺れる瞳に一瞬、泣きそうになる。
(ごめんなさい、ごめんなさい……)
知っている、分かっている、皆を傷つけたくない。
だけど、私にはもう、時間がない。
(こんな方法でしか、あなた達を守れない……!)
だから。
「……やーめた」
「「「!」」」
飽きたフリをして、瘴気を消す。
正確には、自分の身体の中に無理矢理封じ込める。
それによって身体中が熱く、痛く、苦しい。
けれど、それを全て隠して、淑女の仮面を被り微笑んだ。
だって私は。
(ルビー・エイミスだから)
「……ルビー?」
掠れた声で、グレアム様が私の名を呼びこちらを見上げる。
(見ないで)
こんな姿、あなたには見られたくなかった。
そんな自分を押し殺し、
今にも張り裂けそうな心で、
泣き叫びたい衝動に駆られながら。
「ねえ、知っている?」
グレアム様に向かって、言葉を紡ぐ。
「私を殺せるのは、あなたしかいないの」
「え……?」
驚く彼にも、一つ一つ言葉を並べる。
彼を絶望させ、私の顔を二度と見たくないと、そう思えるように。
「でもきっと、あなたは生ぬるい考えの持ち主であり、」
嘘、あなたは誰に対しても分け隔てなく優しすぎるだけ。
「聞き分けがない」
嘘、あなたは誰よりも芯が強く、誰よりも物事を冷静に分析して判断していた。それは、私に対してもそう。
「だから、あなたに私は殺せない」
これは、本当。あなたに私を殺せないと分かっていた。
だってあなたは、いくら冷たく振る舞っても、ゲームの世界……、いえ、何度世界を繰り返したって、私のことを殺さなかったのだから。
(だから、災厄そのものの私が、今度こそ他に犠牲を出すことなく死ぬために必要なのは)
そうして、胸元から私が取り出したもの……、グレアム様からいただいた氷属性のお守りを見て、グレアム様の顔が青褪める。
「まさか……!」
「知っている? お守りというのは、守るために存在するけれど、もし危害を加えたらどうなるか。……こうなるのよ!」
「ルビーーーーー‼︎‼︎‼︎」
グレアム様の金切り声が遠くに聞こえる。
私は堰き止めていた瘴気を手のひらにこめると、お守りが音を立てて割れる。
刹那、手のひらから氷がゆっくりと、私の身体を覆っていく……。
「ダメだ、ルビー!!」
「来ないで!!」
そう彼を制し、冷たくなっていく身体を一歩、一歩と後ろに動かす。
その光景を皆が見て、声にならない悲鳴を上げた。
あと一歩後ろに下がれば、私の身体は真っ逆さまに落ちる。
つまり、底の見えない崖の下で待ち受けるのは、死と、生贄に選ばれた私の世界が広がっているのだ。
その間にも、氷はゆっくりと手のひらから胸、お腹へとかけて身体中に広がっていく……。
「……マリー様」
「……!」
今まで上の空だったマリー様が、ハッとしたようにこちらを向く。
その姿を目にして、また涙が溢れそうになるのを堪え、笑みを浮かべる。
先ほどとは違う、温かな笑みを浮かべて紡いだ言葉は。
「不甲斐ない姉でごめんね、マリー。いえ、真理亜。大好きよ」
真理亜。それは、前世の妹の名で。
何も知らないはずの彼女はその名に、涙を流す。
そして、今度はグレアム様に向かって声をかける。
「グレアム様」
「ッ、ルビー」
「あなたのことを、たくさん傷つけた。ごめんなさい」
グレアム様は王子様とはとても思えない、みっともないくらいに涙をこぼす。
それはきっと、私も同じ。
だから。
「あなたが気に病むことは、何もないから。
だからどうか、私のことは忘れて。
私の分まで、必ず生きて。それから……」
言いたいことは、沢山ある。
けれど、どれもひっくるめて伝えたい言葉は、あなたに伝えても苦しませるだけだと分かっている。
だから。
「っ、私、あなたのことが」
その先の言葉を口にすることなく、代わりに唇の動きだけで伝え笑みを浮かべて見せれば、無事に伝わったようで彼は目を見開く。
そして。
「……さようなら」
勢いよく地を蹴り、真っ逆さまに落ちていく……。
「「ルビーッ/お姉ちゃん‼︎‼︎‼︎」」
そんな大好きな人達が私の名前を呼ぶのを最期に、私の意識は、驚くほど穏やかでゆっくりと、落ちていったのだった。




