54.急展開③
メリークリスマス! 本日は2話更新いたします☆
※途中視点が切り替わります
さらに月日は経ち。
(……今日が終業式、だったかしら)
息を吐き、手のひらを見る。
魔法が使えなくなってから二ヶ月ほどが過ぎた今、魔法がまた使えるようになるどころか、使い方すらもう思い出せない始末。
「魔力の流れを全く感じないことが、当たり前になるなんて」
辺境伯家の者としてあるまじき姿だ。
(こうしている間にも、魔物はどんどん活発化していると聞く)
辺境伯であるお父様は、エイミス騎士団を率いて各地を転々としている。
その魔物の数も日に日に増えており、瘴気も濃くなっているため、お父様が屋敷に戻らない日々は続いていた。
(まだ幼い弟は魔法を上手くコントロールすることが出来ない)
もしもその間に屋敷に魔物が現れたら……と考えていたその時。
「…………!!!!」
何気なく眺めていた窓の外、遠くの方にいつか見たあの真っ黒な煙……禍々しい瘴気が、こちらへと向かってくるのが目に飛び込んできたのだった。
(マリー視点)
終業式。
(……この半年の間、目まぐるしすぎて、まるで自分でないような不思議な感覚のまま時間だけが過ぎていったわ)
そんなことを考えながら、生徒会会長であるグレアム殿下が演説しているお姿を拝見しながら、ボーッと物思いに耽ってしまう。
(未だに自分が聖女だと言われても、信じられない……。
だって私は、両親の顔さえ分からない孤児として育てられたのよ? それでも十分可愛がっていただいたし、少し男の子達と上手くいかなかった以外は何の不自由もなかったわ。
……でも、本来なかったはずのこの居場所に私が居ることが出来ているのも、魔法が使えるようになったのも、この学園でかけがえのない友達に出会えたことも、全てあの方のおかげなのよね)
あの方。それこそが、私の憧れであり尊敬する女性……、ルビー・エイミス様なのだ。
初めてお会いしたのは、孤児院でお使いを頼まれ、街でお買い物をしていた時のことだった。
魔物に襲われかけたところに、ルビー様が身を挺して守ってくださった。
そして親切にも声をかけてくださり、混乱していた私に一つ一つ説明してくださった。
質問にも、嫌な顔を一つせず答えてくださった。
それだけではない、今思えば生徒会の方々に紹介してくださったのも、サポートしてくださったのも、全て私が学園で困らないようにするためなのだと気が付いたのは、ルビー様がこの学園を去ってから。
そう、ルビー様は今、ここにはいない。
ルビー様は魔法を使えなくなってしまったからだ。
そのことを知っているのは、生徒会の皆様と私、シンシア様、それから先生方のみ。
誰に尋ねても原因は分からず、ただ分かることは、ルビー様がいなくなった学園は一瞬にして輝きが失せてしまったということ。
それは私だけに限った話ではなく、生徒会の皆様も、事情を知らない生徒の皆様も、そして誰よりも、グレアム殿下が一番思い詰めた表情をしているように見受けられた。
(……ルビー様)
思えば、いくつか引っ掛かる点があった。
魔法が使えなくなる前から、ルビー様の言動に違和感を覚えることがあったのだ。
(まるで、何かを予感しているような……)
使えなくなった後もそう、ルビー様はエイミス辺境伯領に帰る間際、私にあるお願いをしたのだ。
それは……。
「マリー嬢!」
「!」
終業式を終え、廊下を歩いていた私が不意に声をかけられ顔を上げれば、エディ殿下が焦ったように私の手を掴んで言った。
「説明する暇はないから、一緒に来て……!」
「は、はい!」
エディ殿下に手を掴まれているという状況に一瞬ドキッとしたものの、殿下の尋常でない様子に嫌な予感が胸を占める。
(……まさか、あの方の身に何かあったのでは……)
違う、そんなことがあるはずがない、でも、とただひたすら嫌な予感が当たらないことを祈りながら手を引かれるまま向かった先は生徒会室で。
エディ殿下は扉をノックすることなくドアノブを開けようとする、よりも先に扉が勢いよく開いた。
「「!」」
エディ殿下と二人驚き目を見開く。
それは、先ほどまで壇上で目にしていたお姿とは別人のように見える、グレアム殿下の姿で。
それは、グレアム殿下の顔色が明らかに悪いことにあった。
「グレアム!」
後ろからそう声を発し、グレアム殿下を引き留めたのは、深刻な表情をしたヴィンス先生で。
ヴィンス先生はそのまま言葉を続けた。
「一回落ち着くんだ! 対策を立てなければ、君も危ない!」
「落ち着けるわけがないだろう!? ルビーが……、ルビーが危ないというのに!!」
グレアム殿下の言葉に、声を発したのは私の手を掴んだままのエディ殿下だった。
「……っ、まさか!!」
「エディ!? 何か知っているのか!?」
グレアム殿下が掴みかからんばかりの勢いでエディ殿下に詰め寄るけれど、エディ殿下はハッとしたように口を抑え、俯いてしまう。
(エディ殿下も、何かご存知だというの……?)
「エディ、教えるんだ! エディもルビーも、何を隠しているんだ……!」
グレアム殿下がそう今度こそエディ殿下の両肩を掴んだ、その時。
「……っ、マリー嬢、それは……?」
「え……?」
今度は、部屋の中にいたカーティス様に話を振られ、その指先が私に向けられていた。
指先が示す先を辿ると、そこにあったのは首からかけていたペンダント……、ルビー様に贈られたそれが。
「……光っている!?」
確かこのペンダントは、とルビー様の言葉を思い出しハッとしたのと同時に、このペンダントの作り手であるヴィンス先生が声を上げた。
「マリー嬢、そのペンダントを握り彼女の名前を呼ぶんだ!」
「っ、はい!」
ヴィンス先生の言葉に頷き、祈るように光っているペンダントを握り、ギュッと目を閉じる。
確かにルビー様はこう言っていた。
『もしも何か困ったことがあったら私の名前を呼んで。
そうすれば、私の元へ飛んで来れるようになっているから』
それから、
『たとえ私が離れていようともあなたを見守っているから。せめてこのお守りが、あなたの心の拠り所であり続けるよう祈って。
あなたも、このペンダントを見て私が味方だということを、どうかいつまでも忘れないでいて』
(っ、やっぱりルビー様は、こうなることを分かっていたから、私にこのペンダントを託してくださったんだ……!)
ペンダントが手のひらの中で熱いくらいに急激に温度が上がるのを感じながら、閉じた瞳を開き、あらん限りの声で叫んだ。
「私達を、ルビー様の元へ……‼︎」
刹那、パァッと視界が眩いばかりの光に包まれたと思った束の間、一瞬にして景色が変わる。
そして、目にした我が目を疑う光景に、私とグレアム殿下はほぼ同時に絶叫に近しい声を上げた。
「「ルビー/ルビー様‼︎‼︎」」
そこには、瘴気に飲み込まれたルビー様の姿があって。
助けるため走り出そうとした私とグレアム殿下だったけれど。
「「ダメだ!」」
「「え……?」」
またしても引き留めたのは、エディ殿下とヴィンス先生で。
グレアム殿下が怒ったように口を開きかけるよりも先に言葉を発したのは、必死な様子のエディ殿下だった。
「本当はこうなる前に止めたかった、けれど、出来なかった。だって、ルビーは」
エディ殿下の言葉が不自然に途切れ、刹那、彼の身体が傾ぐ。
皆が名前を呼び、駆け寄ろうとしたところで耳に届いたのは、あの私に優しくしてくださった声とは裏腹に冷たく、背筋がゾッとするほど人間離れした美しい声だった。
「ふふ、悪い子ね。約束を破って自ら話そうとするなんて」
「っ、ルビー、なのか……?」
グレアム殿下の問いかけに、こちらに視線を向けたのは紛れもないルビー様、だけど……。
「「「っ……」」」
瘴気に塗れたルビー様の瞳は燃えるように紅く、亜麻色の髪は漆黒に塗りつぶされていて。
そんな姿で、ルビー様はおかしいというように笑って言った。
「そうよ? 私は紛れもないルビーであり、そして……、“百年に一度の災厄”に選ばれたのは、他でもないこの私よ」
「「「…………!!!!!!」」」
ルビー様の言葉に、この場にいた誰もが全員、凍りついたようにその場から動けなくなってしまうのだった。




