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52.急展開①

 その夜。


「……眠れない」


 なかなか寝付くことが出来ず、何度もベッドの上で寝返りを打っていたけれど、諦めて上体を起こしボーッと窓の外を見つめる。

 眠れない理由は分かっている。


「……全てあの人のせいだわ」


 幼馴染であり元婚約者の彼は、前世の乙女ゲームでは紛れもない攻略対象者。

 彼が恋に落ちるのは、悪役令嬢である私ではなく、正真正銘ヒロイン……マリー様のはずなのに。


(どうして突き放しているのに、私に執着するの?)


 困るのだ。私が()()()()()()()()()()動いてくれなければ。

 でないと、私が転生した意味がなくなってしまうのだから。

 それなのに。


「……私も、“氷属性の魔法のお守りが欲しい”なんて言って墓穴を掘るなんて、どうかしている」


 諦めてくれると思っていた。

 嫌な女を演じれば、私のことを嫌いになってくれるはずだと。

 だって彼にとって、マリー様さえいれば、私の存在は邪魔なはずなのだから。


(なのに、どうして……)


 やはり、このままではいけない。

 彼には何がなんでも私を諦めてもらわないと。

 そう思い、もう一度作戦を立て直すために机に向かう。

 そして、ランタンに火をつけようとして……、違和感を覚えた。


「……あれ?」


 おかしい。無詠唱でつくはずのランタンに、灯りが灯らない。

 嫌な予感がして、今度は呪文を唱えてみる。


「火・(ともしび)


 そう唱えても、目の前にあるランタンに火がつくことはなく、いつもなら発動時に感じられる魔力さえも感じられない。


(……まさか)


 信じられない思いで自分の手のひらを見つめ、やがて辿り着いた答えに、その手のひらから全身にかけて血の気が引いていくのが分かった。





「どういう、ことだ……?」


 生徒会室。

 翌日の放課後、姿を現した私が開口一番に告げた言葉に、生徒会の面々が驚き目を見開く。

 グレアム様の言葉に、私は笑って答えた。


「そのままの意味よ。私、明日から休学するの」

「どうして……」


 今度はエディ様に尋ねられた私は、一度瞼を閉じてから静かに言葉を発した。


「魔法が、使えなくなったからよ」

「「「え……?」」」


 生徒会室が一瞬にして凍りついたのが分かり、ギュッと拳を握る。

 その中で口を開いたのは、いつになく動揺したカーティスだった。


「う、嘘でしょう? つい昨日まで、使えていたじゃないか」

「残念ながら本当のことよ、カーティス。

 ……実際に見て貰えばわかるかしら」


 私は生徒会室にも置いてあったランタン目掛けて口にする。


「火・灯」


 そう呪文を口にしても、やはり何も起こらない。

 その様子を見ていた彼らが息を呑んだのを聞き、私は苦笑する。


「ね、この有様よ。いつもだったら無詠唱で使えていた魔法さえも発動しない。

 そんな私が、学園にいるのはまずいでしょう?」

「そ、そんな……、ヴィ、ヴィンス先生は!? ヴィンス先生に尋ねたら、また元通りになるんじゃ」


 エディ様の言葉に首を横に振れば、彼の顔が絶望の色に染まる。

 私は息を吐きながら口を開いた。


「ヴィンス先生にも相談したけれど、原因は分からないそうよ。

 それから、魔法がまた今まで通りに扱えるようになるかも分からない。

 だから、休学という形を取らせてもらうわ。

 あぁ後、マリー様とシンシア様、生徒会の面々以外には魔法が使えなくなったことは公表しないつもりだから、他の生徒達には何か聞かれても上手く誤魔化しておいてね」

「……確かに、それが良いのかもしれないな」

「っ、兄上……!」


 グレアム様の言葉にエディ様が怒ったように口にする。

 グレアム様はそれを一瞥してから、私に向かって口を開いた。


「魔法が使えなくなったのは、きっと一時的なものだ。

 ルビーは人一倍頑張っていたから、今は身体を休めるべきだというお告げなんだと思う。無理をせず、特訓は控えて休むと良い」


 そう口にしたグレアム様の言葉で、私の中で何かがふつっと切れた。


「……それでは、今まで努力してきた意味がない」

「え?」


 私の呟きは、グレアム様には聞こえなかったらしい。

 今度は顔を上げると、驚いたような顔をする彼に向かって大きな声で言った。


「私が今まで血の滲むような努力をしてきたのは、“百年に一度の災厄”で戦うためだったのよ!! ……それなのに、こんなところで足踏みしろと言うの!?」

「違う、そういう意味で言ったのでは」

「分かっているわよ、魔法が使えない私は、生徒会にいる資格もこの学園にいる資格もない!

 ……身体を休めるといい、なんてあなたに言われても、何の励ましにもならない!

 分かったような風に言わないで!」

「……!」


 そこまで口にしてハッとする。


(っ、私、なんてことを……っ)


 これでは八つ当たりではないか。

 自分が魔法を使えなくなったことに苛立ちを隠せず、人に八つ当たりするなんて……。


「……ごめんなさい、もう、行くわね」

「っ、ルビー!」


 グレアム様が名を呼ぶけれど、それには後ろを振り返ることなく生徒会室を後にすると。


「ルビー様……」

「!」


 そこには、マリー様とシンシア様の姿があって。

 既に事情を話している二人に向かって小さく笑みを浮かべると、口を開いた。


「待っていてくれたのね」

「……大丈夫、ですか」

「え?」


 驚く私に、マリー様とシンシア様が駆け寄ってきて不意に抱きしめられる。


「え、ちょ、ちょっと?」

「無理をしないでください」

「私達の前では、笑わなくて良いですから」


 そんな二人の言葉に、今度こそ平然を装っていた心が決壊する。


「っ、私、なんて、酷いことを……。自分の、せいなのに」

「違います、ルビー様のせいではございません」

「そうです、ルビー様はいつだって周りのために頑張って来られたのですから、胸を張るべきです」


 声をかけてくれるマリー様とシンシア様の言葉に、私はただ泣いてしまう。

 そうして、二人は言葉を続けた。


「ルビー様の教えを胸に、“百年に一度の災厄”から、学園を、この国を必ず守ってみせます」

「その前に、ルビー様の魔法は必ず元通りになりますから。それ以上に、パワーアップしてそうですし」


 シンシア様の言葉に、私は思わずクスクスと笑ってしまう。

 マリー様は「そうですね」とシンシア様の言葉を肯定してから言った。


「だから、魔法が使えるようになったら、学園に戻ってきてください。

 それまで、生徒会の皆様と私達、皆で待っていますから」

「もちろん、他の生徒の皆様には上手く伝えておきます!」

「マリー様、シンシア様……」


 私は二人の肩に手を回し、ギュッと抱きしめて言葉を紡ぐ。


「ありがとう。大好きよ」

「「……!!」」


 そう言って身体を離すと、驚いた様子の二人に笑って別れを告げる。


「またね」



 こうして突然魔法が使えなくなってしまった私は、学園を休学という形で後にし、エイミス辺境伯領へと戻ったのだった。


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