51.本編-一学期交流会-③
「城で行われる誕生日パーティーで、君をエスコートさせてほしい」
そんなグレアム様の言葉に、私は。
「……はぁ!?」
思わず大声を上げてしまうと、彼はビクッと肩を震わせた。
私が声を上げるのも無理はない、だって。
「あなた、エスコートの意味が分かっている!?
家族以外のエスコートというのは、最も近しい間柄の男女という意味合いで取られるのよ!?
それなのに、この私に……婚約を解消した身でパートナーを務めろと!?」
「分かっている!!」
「!?」
私の声よりも大きな声が、彼の口から飛び出る。
その剣幕、というより逆ギレではと思うほどの声量にカチンときた私に気が付いたらしく、彼はハッとしたように慌てて言った。
「あ、いや、その……、ごめん、こんなことを言っても君を困らせるだけだとは分かっている。
だが、俺にはやはり、君以外の女性をパートナーにすることは考えられない」
「!」
グレアム様は自然と私の手を取る。
振り払いたかったけれど、振り払うことが出来なかった。なぜなら彼の手は。
(……震えてる?)
「俺は昔も今も、ずっと君だけだ。君しか見えていない。
婚約を解消されても、この気持ちを見て見ぬふりは出来なかった。
その証拠に、それがマナー違反であると……、ましてや王太子という身分でと君に怒られてしまうかもしれないが、君でなきゃ、ダメなんだ。
君以外の手を、俺は取りたくない……っ」
「……っ」
そう言って、背を屈めた彼は私の手に顔を近付けた。
驚いて手を引きそうになったけど、その手の甲に冷たい感触を感じる。
(え、まさかとは思うけど泣いているの?)
驚いている私に、彼は涙声で言葉を続ける。
「幼い頃から、君だけを想っていた。
今更、婚約を破棄……、いや、解消された身で君に縋り付くのはみっともないと、分かっている。
だが、俺は君以外が隣にいることが考えられないんだ」
「……だから、マリー様の手を取らなかったの?」
私の言葉に、彼がハッとこちらを見る。
月明かりに照らされ、涙が目元で光っている空色の瞳は、息を呑むほど綺麗で。
(嫉妬してしまいそうなほどに美麗な顔ね)
そんな顔を歪めてまで私に固執するなんて、と思っていると、彼は私の問いかけに答える代わりにもう一度念を押すように口にした。
「今のままでは君がこの手を取ってくれないのは分かっている。だが、俺は君を諦められない。
君が選んでくれる男になりたい。どうすれば良い?」
あまりの必死な様子に、少し迷った後引き気味になり尋ねる。
「……あなたドMなの?」
「ド……!?」
絶句した彼に、はーっと長くため息を吐いてから、繋いだ手とは反対の手を彼の顔に伸ばし……。
「!?」
涙を拭う代わりに、ぎゅむっと頬を摘む。
「な、何をしているんだ……?」
「私」
彼の言葉に応えるように笑みを浮かべて口にする。
「泣き虫な男性は嫌いよ」
「!?」
私の言葉に、慌てて繋いでいない方の手で彼は自身の目元を拭う。
その必死な様子に、思わず小さく笑ってしまう。
もちろん、彼に気付かれないようにだ。
そうして彼が、スンと鼻を鳴らしながら恐る恐る尋ねる。
「これで、どうだ」
「そうね……」
私は腕を組み考える。
(来月は彼の誕生日。グレアム様の願いが、私をエスコートするという願いなら……、いえ、やっぱりパートナーなんて安易に引き受けるものではない)
ましてや、元婚約者という身分であり、グレアム様はこの国の王太子なのだ。
その手を自ら手放した私が、もう一度取ること自体がありえない、けど……。
(私が断ってしまえば、グレアム様は諦めて一人で出席なさるかもしれない)
それは大いにあり得ることだ。現に、私が婚約を解消してから一度もパートナーを同伴していない。
国王陛下だってそれがマナー違反だと分かっているだろうから、何度もパートナーを探すよう彼の説得を試みたはずで。
だけど、彼が頑固として首を縦に振らなかったのだとしたら。
私は一度目を閉じると、ゆっくりと目を開けため息交じりに口を開く。
「……分かったわ。パートナーのお話、受けても良いわよ」
「ほ、本当か!?」
「ただし、条件がある」
「条件?」
首を傾げた彼に、私は一度息を吸ってから言葉を発した。
「氷属性の魔法を習得し、その魔法が込められたお守りを私にくれるのなら考えてあげる」
「氷属性……」
グレアム様の呟きに対し頷く。
(氷属性というのは、水属性の魔法使いが魔法を極めてようやく習得出来る属性。
国王陛下でさえも習得することを断念した、とても高度な魔法だと聞いているわ)
ゲーム上ではそんな魔法があることを知らなかったけれど、ルビーの記憶の中には残っている。
氷属性の魔法をいつか習得するのが夢なんだと、幼い頃私によく話していたことがあるから。
私の言葉に驚いたままの彼に向かって告げる。
「とても難しい魔法でしょう? 私も希少な魔法である氷属性に興味があって。個人的に見てみたいから、もしあなたが習得して私にその魔法が込められた石をお守りとしていただけたら、パートナーの件を考えてあげても良いわ」
「…………」
グレアム様は予想通り押し黙ってしまう。
(それはそうよね、氷属性の魔法なんてゲーム中では名前すら出てこなかったもの)
授業で氷属性の魔法を行使したり、ヒロインにさえ話したりもしていなかったため、前世では話題にもならなかった。
私が知ったのも転生してルビーとなってから。
つまり、彼はゲーム中で氷属性の魔法を習得できなかったに違いない。
(ルビーとして記憶にある限り、氷属性の魔法を扱えるようになりたいというのは、“将来の国王として認めてもらいたい”からだった。そんな切実な理由で習得しようとしている魔法を、たかが“興味があるから”なんていう理由で欲するなんて、酷い女でしょう?)
しかも、習得出来ないと踏んでの無謀な提案なのだからなおさら。
そのため絶対断るだろうと思っていた私の耳に届いたのは、私が予想していた言葉とは反するもので。
「……分かった」
「え?」
驚き顔を上げた私に、グレアム様は口を開くと意を決したように告げる。
「必ず、氷属性の魔法を習得して、お守りとして君に贈るとしよう」
「……しょ、正気なの!?」
思わず声を上げてハッとするが、時すでに遅く、いよいよもって怒るだろうと顔を上げれば、グレアム様は笑っていて。
「やっぱり。君は無謀な提案だから俺が断ると思っていたんだな」
「……っ」
図星を突かれ、咄嗟に言葉に出来なかった私に、グレアム様は口を開く。
「……俺が氷属性の魔法を習得し、お守りにして渡せば、君はこの手を取ってくれるんだな?」
「か、考えると言ったでしょう!」
「はは、つれないな。……だが、君が選んでくれる男になるのなら、なんだってやる」
「どうして」
こんな面倒な女と、と口にすることはできなかった。
それはグレアム様が切ない表情で、笑って告げたからだ。
「もちろん、君のことが好きだからだ。幼い頃から、ずっと。君だけを想っていた」
「……!」
「婚約者でいた頃は素直に伝えることが出来ず、自分を不甲斐なく思うが。
今は君のためなら、君が望むことなら、何でも叶えてあげたいと思う」
(……どうして?)
あなたに相応しいのは、私なんかじゃない。
それでも、私はその気持ちを嬉しいと思ってしまうのは……、どうかしている。
その上、彼が氷属性の魔法を習得しないでほしいと祈る気持ちと、やっぱり習得して欲しいと願う気持ちとで揺れてしまい、こんな提案をして結果的に自分の首を締めたことを今更ながら後悔するのだった。




