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4.王太子殿下との婚約解消②

「……身嗜みはバッチリね」


 小さく呟き、鏡に映る自分……学園の制服に身を包み、記憶にあるルビーの姿とは様変わりした自分の姿を見て、自然と口角が上がる。

 視力が悪いわけでもない、ただ命令されるがままに鬱陶しかっただけの伊達メガネも、決闘をしても決して緩まないようにきっちり固めていた三つ編みも、もう必要ない。

 そして、それらを取り払った外見は、紛うことなく私自身の意志の表れでもある。


「これら全て私が望み、私自身の手で行ったことだもの」


 そう、私の希望により、学園に私の侍女はいない。

 実家である辺境伯家の家訓は、“自立した人間であれ”。

 その言葉の裏には、“騎士をまとめる立場にある者、いついかなる時も自ら考え行動し、家臣を頼らず家臣を守れ”、そんな思いが込められている。


 だから私も、我が家の騎士道に従い、誰の手も借りず、何でも一人で出来るように幼い頃から訓練してきた。

 尤も、そんな私を見た父は唖然としていたが。

 何はともあれ、自分で出来ることを人にやってもらう意味はないと、私付きの侍女はこの学園にはいないのだ。


「私は一人で大丈夫」


 そう幼い頃からの口癖を呪文のように呟き、踵を返す。


 今日からいよいよ二学期が始まる。

 新生ルビー・エイミスの初の登校日であり、二度目の人生の私にとっては、これが初めての学園登校日……、なんて考え、浮かれる暇はなかった。


(……やはり、注目されているわね)


 学園に一歩足を踏み入れれば、至る所から感じる視線。

 無理もない、あのいつも俯き加減で気弱で地味だったルビー・エイミスが、堂々と胸を張り、晒された素顔は王太子とは引けを取らないほどに洗練された美貌の持ち主なのだから。それに。


(注目を浴びるのはこちらにとっては好都合……計算通りよ)


 いつものルビーだったら、注目が集まることを苦手としていた。

 それは、自分に自信がなかったから。

 だから王太子に命令されるがまま、外見をあえて地味にし、隠れるように生きてきたことも記憶にある。


(全てが王太子のせいなわけではない。けれど、ルビーは彼の婚約者であることを負担に感じていたのも事実)


 幸い、婚約解消を進言したところ、国王夫妻は惜しみながらも認めてくださった。

 家族は困惑していたけれど。

 それでも、この意志を覆すことも、ましてや後悔などしていない。


(私が目指すのは、ハッピーエンドでもバッドエンドでもなく、最高の自由なのだから)


 突き刺さるような視線に臆することなく、胸を張り真っ直ぐと前だけを見据える。

 騎士の教えを元に姿勢良く、けれど気張りすぎず自然に綺麗にも格好良くも見えるように。

 そうすれば、どこからともなく感嘆の声が上がる。

 全てを計算づくで行い、教室まで続く長い廊下を歩いていた、その時。


(……うわ)


 予想していたことだけれど外れて欲しいと願っていた現実が残念ながら的中してしまい、思わず漏れ出そうになったため息をグッと堪える。

 見据えた廊下の先で待ち構えていた人物は、言わずもがな。


「……スワン王太子殿下」


 一応淑女の礼をすれば、彼は呟くように言う。


「昨日より他人行儀になっているじゃないか」


 そう人前ではあまり見せたことのない、珍しく機嫌の悪い表情で私を見つめる彼に対し、完璧な笑みを浮かべて告げる。


「あら、まさしくその通りですわ。だって私達は、婚約を解消した仲ですもの。赤の他人です」


 わざと周りにいる生徒達に聞こえるように口にすれば、彼らは案の定ざわめきが起こる。


(そうよ、周りが私を見ていたのはただ外見が変わったからだけではない。王太子殿下との婚約を解消したことが真実かどうか、気になって仕方がなかったのでしょう)


 人気高い王太子殿下のことだもの、私が退いた次期王太子妃という座に就きたい女性達がこぞってこれから泥沼の戦いに挑むのでしょうね、と目を細めたところで、王太子殿下は肩を震わせ、声を荒げた。


「何故今頃、俺の元を離れたんだっ! 幼い頃から幼馴染として……、婚約者としてずっと一緒にいたというのに……っ」


 今度は泣きそうな表情を浮かべ、詰め寄ってくる。

 だけど、たとえ一国の王太子である彼を傷つけたとしても、意志が揺らぐことはなく。


「王太子殿下は、存外聞き分けが悪くていらっしゃいますのね?」

「え……」


 どういう意味だと言わんばかりに見開かれた碧眼の瞳を見つめ、周囲にも聞こえるように言った。


「目が覚めたのです。今までの自分は、自分ではなかったと」

「……?」


 やはり何を言っているのか分からないというふうな表情をする彼に向かって、今度こそはっきりと告げた。


「つまり、私の人生にあなたは必要ない。そういうことです」

「……!」


 これ以上ないほど見開かれた瞳に映る、自分でも冷たすぎると思うほどの無表情な私。

 周囲の喧騒も遠くに聞こえるけれど、きっと王太子にこんなことを言ってのける私を非難しているに違いない。

 それでも。


「私の人生をあなたにとやかく言われる筋合いはありません。……それに、あなたとの婚約ははっきり言ってデメリットでしかありません。悪いですが、私では荷が重すぎるので他の方を当たって下さい」


 その言葉に彼は大きく息を呑む。

 きっと他の方を当たれなどと言われるとは思わなかったのだろう。

 けれど、はっきり言って未練がましいのが嫌いな私にとって、今更彼が縋ってくるのが鬱陶しくて仕方ない。


(私のためにも早く次の女性を見つけて幸せになってちょうだい)


 そう考えてから、あぁ、その心配はないのかと思い至る。

 だって彼には、いずれ覚醒し、“聖女”と呼ばれるようになるヒロインがいるのだから。


(その運命的な出会いとやらも、後半年なのだからもうすぐよ)


 どうぞお幸せに。

 そう心の中で呟き、立ち去ろうとした私の足元に何かが落とされる。

 その何かが手袋だということに気が付き、眉を顰め顔を上げれば、彼は右手を上げた状態でどこまでも澄んだその瞳を真っ直ぐと私に向け、口を開いた。


「俺と決闘してくれ、ルビー・エイミス」


 決闘。その単語に更に顔を顰めてみたけれど、これで受けなければ騎士の名折れだということを知っていて、なおかつ私がそれを受けないはずがないと分かっている時点で。


(……策士だわ)


 まあ、いずれこうなることも予想していたことだから、それが早いか遅いかの違いよね。

 新学期早々、とは思うけれど。


(良いでしょう)


 私は床に叩きつけられた手袋を掴み、胸の前でギュッと握る。

 信念を貫き通すために。


「その決闘、受けて立ちます」


 そう言葉を紡いだと同時に歓声が上がる。

 そんな彼らの間で、この後やりとりされるのが勝敗の賭け事であり、見物という名の野次馬の皆様が大勢いらっしゃることなど予測するまでもない。

 王太子殿下は周りを一瞥してから、私とすれ違いざまに口にした。


「詳細は追って連絡する」


 要するに、彼は私達の決闘に野次馬の方々を招待するつもりはさらさらないらしい。


(そんなこと知ったことではないけれど)


 先程も言ったように、噂はどこからともなく流れるものなのだから。


「……まさか、新学期早々決闘を持ち込まれるとは思わなかったわ」


 まあ、こちらにとっては好都合だし、勝てば良いだけのことだものねと結論づけ、周囲の目が王太子殿下に向いたのを良いことに、早々にその場を後にしたのだった。

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