47.本編-編入生-②
「さて、これでほぼ全て学園を案内したわけだけど……」
そう言って隣を歩くマリー様に目を向ければ。
「……つ、疲れたわよね」
「は、はいぃ……」
疲れた表情をしているマリー様の姿で。
私は苦笑いして言葉を添える。
「登校一日目で全て案内するのは、さすがに無謀よね。何せ広大だもの、詰め込みすぎてしまってごめんなさい」
「い、いえ!」
マリー様は全力で首を横に振って言った。
「むしろ、私のためにお時間を割き丁寧に説明して頂いてありがとうございます!
おかげさまで、主要な場所を覚えることが出来ました」
「良かったわ。もし分からないことがあったら遠慮なく私に聞いて。それから……」
チラリと時計台を見やり、彼女の方に目を戻すと笑みを浮かべて言った。
「疲れているところ申し訳ないのだけど、もう一つ付き合って欲しいところがあるの。
気を遣うことになるけれど……、あなたは知っておいた方が良いと思うから、案内させてもらっても良いかしら?」
「は、はい!」
彼女の言葉に笑みを浮かべ、歩き始める。
向かった先は。
「……生徒会室?」
そう扉にかけられている教室札を見て首を傾げた彼女の言葉に頷き、ノックをしてから扉を開ける。
「皆、お疲れ様」
ちょうどこの時間は、それぞれ生徒会の仕事を終えて皆が集まる時間帯だったため訪れると、彼らは返事をしながら私の後ろにいた彼女の存在に気が付く。
「えっ、マリー嬢も連れてきたの?」
「えぇ、この機会にあなた方に紹介しようと思って」
私の後ろでおどおどしている彼女に向かって微笑むと、生徒会の面々を示して言った。
「彼らが私と共に生徒会役員をしている方々よ。何か分からないことがあったら、遠慮なく声をかけると良いわ」
「は、はい……!」
生徒会の面々は私以外は男性だ。
(ここは乙女ゲームの世界で彼らが攻略対象者なんだもの、当たり前と言ったら当たり前なのかもしれないけれど)
「では、マリー。先に自己紹介してくれる?」
そう言って緊張している彼女の背中を優しく押せば、彼女は緊張したような顔をしながらも何度も練習した淑女の礼をして言った。
「お初にお目にかかります、マリーと申します。
どうぞよろしくお願いいたします」
そんな洗練された所作を見て、カーティスが口笛を吹く。
「さすが。ルビーから聞いて教室でも思ったことだけど、本当に貴族令嬢と言われても遜色ないよ」
「あ、ありがとう、ございます……?」
困惑したようなマリー様に向かって「褒められているからそれで良いのよ」と笑ってから、手を叩いて口にした。
「これで顔見知りになったのだし、これからは、“聖女”ではなく名前で呼んであげて。
それから、あなた方からも自己紹介してもらえる? 今後マリー様が学園生活で不自由しないように手助けして欲しいの」
私の提案に彼らは頷くと、一様に彼女に向かって自己紹介を始めた。
その挨拶を聞いて思う。
(……うん、大体はゲーム通りね)
この場面もまた、ゲーム中の大事な場面だ。
役割的には、彼女を生徒会の面々に紹介するのは私ではなく、担任であるヴィンス先生のはずだったけど、彼女が攻略対象者達と面識さえ持てば、多少の誤差があっても大丈夫だろう。
(それにしても)
彼らが紹介している間、横目でチラリと彼女を見やれば、やはり緊張した面持ちの彼女の姿があって。
(あなたは誰ルートを選ぶのかしら?)
淑女教育の一環で、皆の前では思ったことを顔に出さないようにと言ってしまった手前、彼女がどの殿方をお好みなのかがやはり気になってしまう。
(王道はやはりグレアム様ルートなのよね。次に人気があったのはエディ様。コンプリート報酬にあったヴィンス先生ルートが、この世界では最初から解放されることがあるのかしら……?)
なんて余計なお世話だと思うけれど、前世プレイしたゲーム知識を思い出しながら、彼らと彼女の様子を見ている内に最後の一人であるグレアム様が自己紹介する番になり、彼は口を開いた。
「俺はスワン王国王太子のグレアム・スワンだ。よろしく」
「……え!?」
驚きのあまり思わず声を出してしまった私に、グレアム様が怪訝そうな目で私を見る。
「どうした」
「ど、どうしたも何も! 聖女である彼女に対する自己紹介がそれってあんまりではない!? いつもの王子様スマイルはどうしたの!?」
ツッコミを入れた私の言葉に、生徒会の面々も一様に頷く。
(だって、黙ってなんかいられないわ! ゲーム中での彼の挨拶は外行き……、第一人称に“私”を使う完璧王子様のはずでしょう!?)
シナリオがいくら改編されているとはいえ、さすがに挨拶が素っ気なさすぎるし適当すぎない!? と思ってしまう私に、グレアム様は首を傾げた。
「だって、彼女にはこの前既に自己紹介しただろう?
それに、君が彼女と行動を共にしているんだ、外行きの顔をしてもいずれ俺の本性などバレるのも時間の問題なのだから、最初から隠す必要がないと判断してのことだが」
「そ、そういう問題、なのかしら?」
「そういう問題だろう」
あまりにも当然だと言ってのける彼に拍子抜けしてしまう。
(た、確か彼の第一人称が“俺”になって素を見せるようになるのって、かなり好感度が上がって親密になってから、よね? それが最初から“俺”になるのって……)
グレアム様の好感度は既に高いということかしら?? と頭の中が疑問符で埋め尽くされる私をよそに、隣にいたマリー様がクスッと笑い、聞き捨てならないことを言う。
「お二人とも、仲がよろしいのですね」
「ち、違うわよ!?」
ここで彼女に誤解されたらグレアムルートがなくなる! と慌てて否定したというのに。
「そうだ。俺達は仲が良い。幼馴染であり、元婚約者でもある」
「そうね、今ではただの腐れ縁だけど!」
「俺としては君が良ければ今すぐにでも婚約者に戻ってもらいたいが」
「うふふふふふ、寝言は寝てから仰って♡」
何を考えているんだこのバカ王太子! とマリー様に誤解を与えまいと必死で言い繕おうとしていたその時。
「随分賑やかな声が聞こえてきたと思ったら君達か。マリー嬢もいるんだね」
扉を開けて部屋に入ってきたのは、ヴィンス先生の姿で。
マリー様はヴィンス先生に淑女の礼をして言った。
「お、お邪魔しております!」
「エイミス嬢に学園を案内してもらったのかな? うち、広いから大変でしょう?」
「は、はい! でもルビー様に丁寧に教えていただいたおかげで頭に入りました」
「そう、それは良かった。心なしか、エイミス嬢も君が来てより生き生きとしているから、今後も仲良くしてあげてね」
「ぜ、是非!」
そんな二人のやりとりを聞いていたカーティスが首を傾げる。
「あれ? マリー嬢ってヴィンス先生とも仲が良いの?」
その疑問に私が答える。
「あぁ、それね。ヴィンス先生は学園がお休みの週末、我が家でマリー様に魔法を教えてくださっていたのよ。
これも、国王陛下のご意向でね」
「マリー嬢の魔法って、言わずもがな光属性のことだよね? ヴィンス先生が教えられるの?」
そういうや否や、ヴィンス先生がパチッと指を鳴らす。
その瞬間。
「「「!?」」」
部屋全体が暗くなり、代わりに点々と光が現れる。
その幻想的な光景に誰もが息を呑む中、ヴィンス先生はにこりと笑って口を開いた。
「言っていなかったかな? 私もほんの少しだけだけど、光属性の魔法が扱えるんだ」
「「……え!?!?」」
その事実を知らなかったカーティスとシールド様だけが声を上げる。
そんな二人に、無詠唱で光属性の魔法を出現させたヴィンス先生は、悪戯っぽく笑ってみせたのだった。




